ある影の幸せ
「
「駄目かしら」と、
じわじわと苦虫を噛んだかのように、表情を渋らせていく
「あー……ほんまずっこいわ。そない言われたら、その特別な地位を手放されへんやん」
「ふふ、姐さん達に色々と教わってきたもの」
「それは、ほんまずっこいわ」
敵うわけない、と
「それに、前に言ったと思うけど、私には特別な人がいるから」
「はぁ……やっぱりあかんか。遠くのナントカより近くのっていうから、イケる思ったんやけど。じゃあ、俺と
「ひゃあ!?」
いきなり、
「せや! つまり、一緒に住んでもええってことになるやんか!」
「ちょ、ちょっと
下ろして、と言おうとするのと重なって「
(だとすると……)
「
頭の中で「ごめんよ」と聞こえる声は、遠言を使った
「悪いね、
今度は
「至急って何かあったの、虎文。どこに行けばいいの」
「場所は――」
◆
白梅宮の扉を開けた瞬間、内側から引っ張られた。転がり込むように部屋へと入ると、背後でバタンとすぐに扉が閉められる。
まったく。どうして、彼はいつもこんないきなりな対応しかできないのか。
「……今、私は休暇中なんだけど?
手を握る相手を、湿った目つきで見上げる。
「それはちょうど良かった。ここで過ごせば良いじゃないですか」
相変わらず、嘘くさい笑みをする男だ。
「虎文は? 私、彼に呼ばれて来たんだけど。至急だって言うし」
「ああ、それは陛下が俺のために。いやあ、皇族の方の神能ってすごいですね。遠く離れた
なんとなく読めてきた。
「……
「近頃は、殿下も積極的に参政されるようになって、よく日華殿の執務室にいらっしゃるんですよ。お二人は会うたびにあなたの話題を口にされましてね、今日もそのような感じで」
「わかったわ。それで、何気なしに
「ええ。あなたが幼馴染みだという男と家族になろうとしていると、殿下が騒ぎ出したので、陛下が阻止に動かれましてね」
「えぇ……神能の使い方が俗っぽすぎるわぁ」
確か、神能は使うとすごく疲れるから、滅多に使わないと言っていなかったか。もっと重要な場面で使うべきだろう。
「もうっ、また何かあったのかって、心配しちゃったじゃない」
「ご安心を。あれから、昼も夜も陛下は安心して過ごされてますから」
「それなら良かったけど」
大人しく隣に腰を下ろすと、腰を抱き寄せられる。
「ここに私が来るのは、十日に一度だって決めたじゃない」
「今日は緊急事態だったので仕方ありませんよ。俺の
「
ただし、
家族を守りたかった。虎文を
大切な人達を守るためには、影の中で生きていく必要があった。
自分の存在が誰かを不幸にする可能性があるのなら、その不幸をすべて摘み取って、大切な人達を守っていく――それが、
その代わり、十日に一度。白梅宮で
「
「十日に一度は会える俺のほうが、牽牛よりも幸せ者ですね」
「ふふっ、誰と張り合ってるのよ」
格子窓から射し込む太陽の透明の光は、すり硝子を通して真っ白になっていた。
白く、透き通った、光り輝く暖かな陽射し。
「眩しい……」
「慣れますよ」と、
ただ光の中に座って過ごすだけの時間の、なんと穏やかなことか。
身体も思考も、すべて暖かで柔らかな繭に包まれた心地だ。
「……眠くなってきたわ」
彼の手はそのまま
瞼が重くなる。
視界が狭まり、目に映る景色が真っ白な光だけになる。
頭を撫でる優しい手。
頬に感じる自分と違う心地好い体温。
冬の澄んだちょっとひやりとした空気。
涼やかな鳥の鳴き声。
魚が跳ねた水音。
「
頭を撫でる手が一瞬だけ止まったが、すぐにまた撫でてくれる。
「ええ、ずっと傍にいますから。安心しておやすみなさい、俺の可憐な人」
すべてが平穏だった。
ああ、これが幸せなのね――。
◆
とある時代。
いっときは皇帝の寵妃とされた彼女だが、不思議なことに、彼女の姿を見た者は驚くほど少なかった。
彼女の宮に人けはほぼなく、しかも決まった者しか近付くことができなかった。
しかし、時折宮からは幸せそうな男女の笑い声が聞こえてくることがあり、いつからか、子の声もまざるようになった。
誰しもが首を傾げた。
この宮には誰が住んでいるのだろうと。
宮に立ち入ることができた者達――皇帝、王弟、皇帝の寵妃、皇太后、そして皇帝の護衛兵――に訊けば、彼らは口を揃えて言った。
『ここに住むは、可憐な人だ』と。
【了】
――――――――――――
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
お疲れ様、よかった、など思ってくださったら、下部より★を入れてくださると、次回作の気力になります!よろしくお願いいたします。
皇帝の影は、後宮の可憐~男装皇帝は護衛兵の性癖を歪ませる~ 巻村 螢 @mkei
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