太陽
真花
太陽
君のところに行かなくちゃ。伝えなきゃいけないことがある。
僕は部屋にいたのに急に外で、空が真っ白になる。そのまま白は降りて来て、街が白に打たれて粉々になる。消えてしまった街の中に一人、立ち、地面も白に染まって、僕だけが色を持っている。だが、服は脱色された。もしかしたら僕の瞳も白くなっているのかも知れない。後ろを振り向く、白だけが続いている。右も左も同じ。もうこの世界は僕と白だけなのかも知れない。
いや違う。感じる。君はいる。
僕は走り出す。君がいるはずの方へ。
白の空に虹が架かる。七色が、分解する。バラバラになって、僕に向かって降り注ぐ。あっちからこっちまで全部に虹の欠片が刺さり始める。
僕は避け切れずに赤の帯に触れる。
赤にはこの世にある全ての怒りが含まれていた。
あの日、君が僕を殴ったときの君の気持ちが流れて来た。君の想いを踏み躙ったのは僕だった。殴られたところが今じんじんと痛む。どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。君に謝らなくちゃいけない。
赤の帯を抜けると、青の帯に触れた。
青にはこの世界に沈殿した全ての悲しみが含まれていた。
君が僕から離れなくちゃいけないと僕に言った日。君は胸を張って、泣かなかった。だから気持ちがなくなってしまったと思った。だが違った。君は胸の中で泣いていた。それが流れ込んで来た。
僕の目から涙が流れ出る。手で掬っても止まらない。
次は黄色の帯だった。
黄色は地上にある全ての嫉妬で満ちていた。
僕のことが流れて来た。
君に過去があることは知っていた。だが、それが君の口から語られたとき、僕は過去を殺したいと思った。君から過去だけを抜き出して殺せればいいのに。
僕ははらわたが燃えるような感覚に走る速度を緩める。黄色の帯を抜ける。
すぐに紫に当たる。
紫は色欲を束ねていた。
また僕のことが流入する。僕が愚かにもセックスのことばかりを胸の中心に置いていたとき。君を想いながら別の形で性欲を発散させていたこと。それ自体は罪ではないと思うが、積み重なって方向違いを向いてしまっていた自分がいたことは、恥ずかしい。
だが今は違う。君だけを見ている。
藍色の帯は暴力を、橙色の帯は嘘を、緑色の帯は怠惰を、それぞれ集めていた。
僕は結局全ての色の帯に触れた。
目の前にはもう虹の欠片はない。ぐっと足に力を入れて加速する。
また、真っ白になる。
雨が降って来た。僕は遮るものを持っていない。濡れながら走る。
雨はぬるかった。白い空間に、白い線として全てを覆った。雨からは一粒につき一つの感情が僕に流れて来た。虹にあったものはなくて、喜びや嬉しさ、楽しさが粒に込められていた。その中の一粒が口に入った。僕の全身を、誰かの勝利の瞬間の気持ちが襲う。だが、それが僕のものでないことは分かる。すぐに、誰かの気持ちは溶けて消えた。皮膚から入り込むのは浅く、多様で、それでも虹と違って苦しくなかった。
いずれ雨が上がり、太陽か月か分からない丸いものが空に浮かぶ。白い。
暖かいから太陽なのだろう。僕は乾いていく。僕に付着した他人の感情がなくなっていく。僕は僕だけになって、白い太陽の下、走り続ける。
地平線に一本の木が見え始めた。あそこが目的地だ。
木の下には真っ白なドレスに身を包んだ君が座っていた。僕は駆け寄る。
弾む息を素早く整える。君は僕を見ている。何も言わずに見ている。僕も君をじっと見る。
「待たせた」
「ううん。永遠と一瞬は同じだから」
「たくさん傷付けた、いっぱい泣かせた」
「大丈夫だよ」
「……愛してる」
「私も――」
僕は君を抱き締める。
迷っていた君の腕も、僕に力を込める。
白ばかりだった世界に色が戻って来る。色の素を水のように流して染めるみたいに。あっという間に色のある中に僕達はいて、粉々になったはずの街の真ん中で抱き合っていた。人もたくさんいて、僕達を見て拍手をくれる。
体勢を元に戻したら、人の祝福のアーチを潜る。
「どこに行こうか」
「どこへでも」
虹も雨もいらない。太陽だけは今も白いから、そっちに行こう。人の群れを背中に、僕達は歩き出す。
(了)
太陽 真花 @kawapsyc
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