宇宙人の落とした靴?

@AKIRA54

第1話 宇宙人の落とした靴?


「クッセーッ!」

思わず、サトはそう叫んだ!

彼が手にしているのは、不思議なものだった。見つけた場所は、海岸の砂浜。そこは、母親の生まれた町。母方の祖父が亡くなって、告別式の後。夏休み、数日をこの海辺の町で過ごすことになった。

祖父の家は、海岸のすぐ側にある。漁港も近い。堤防から、アジやイワシが釣れる。

その日は、生憎の空模様で、釣りは諦めた。午後、僅かな雨の間に、彼は砂浜に足を運ぶ。湾曲した海岸線で、外洋から漂着物が流れつく。台風一過には、珍しい貝殻も見つけられる。

その捜索の途中、雲の切間の光を受けて輝くものがあった。それは、防波堤近くの砂に1/3が埋まっていた。

瓶か?と思った。ワインの瓶を見つけたことがあったからだが、瓶ではなかった。

「どう見ても靴だな!シンデレラの靴かよ!」

砂の中から取り出した硝子製のものは、確かに女性のヒールの形をしていた。踵の低い形だった。硝子製だと思うが、透明な表面は、光を受けて、角度を変えるたびに、虹色に輝く。傷もついていない。もう片方あれば、女性用の靴として、十分使えそうだった。しかし……

「クッセーッ!」

となったのは、状態をよく見ようと顔を近づけたからだ。

その異臭に思わず手を離してしまう。

「しまった!割れる!」

幸いその場所は、砂と砂利の混在した地面。運よく砂の多い場所に落ちたのか、「キーン」という音を響かせて靴は無事だった。

「どうしよう?持って帰ったら、お袋に怒鳴られるだろうな」

不思議にもう臭いはしない。そういえば顔を近づけるまでは、異臭はしなかった、と気づいた。

「何の匂いだ?噂に聴くクサヤか?誰かのオナラか?ヘドロが熟成されたか……?とにかく、嗅いだことのない匂いだったな……」


「晩御飯はカレーでいいよ!」

とサトは母の背中に声をかけた。

硝子の靴は袋に入れて、貝殻と一緒に物置に置いた。

手を洗って台所を覗くと、母親が食事の準備をしている。

「えっ?カレーでいいの?」

(独り言を言ったかしら?カレーにするか、焼飯にするか、って?)

「ええっ!カレーなの?私は焼飯のほうが好きなんだけどなぁ……」

とサトの姉のメイがつまらなさそうに言ったのだ。

「カレーね?うん、材料はある。チキンカレーにしましょうね……」

母親のノブは冷蔵庫から食材を取り出した。

「サト!あんた、よくママがカレーにするか、焼飯にするか、って迷っていたのが、解ったわね!私はレシピ本を見てるのを知っていたけど……」

「ええっ!お袋がどっちがいい、って訊かなかったか……?」

「あんた、大丈夫?耳鳴りがしない?カレーの『カ』の字もママは言っていないわよ!」

「そうかぁ?僕の早とちりが偶然当たったんだね……。それより姉貴、イチローさんから、電話があったんだろう?」

「イチローから?いつの話?一昨日はあったけど?」

イチローというのは、メイの恋人で、両方の親も公認の仲なのだ!ふたりは、相性が良い。メイは学力優秀、器量もまずまず。イチローは運動神経抜群で、体育祭のリレーの花形だ。

イチローはインターハイに参加している。予選敗退の連絡があって、今夕には帰る予定。この田舎町で避暑をしないか、とメイが誘っていた。

「そうか、まだだったのか……。俺、先に風呂に入るよ!」

サトがそう言って、台所を後にする。その時、居間兼食卓にある黒電話のベルが鳴り響いた。

「まさか?イチローから……?」


「ヘエッ!サトが僕からの電話がかかって来るのを、予知したのか?」

翌日の昼前に、イチローはバイクでやって来た。ノブに礼儀正しい、挨拶をして、唐揚げ付きのカレーをご馳走になっている。

そのカレーから、昨夕の不思議な偶然と思われる話題を切り出したのだ。

「予知かな?勘違いが偶然に繋がったのだと思うけど?」

「いや、予知と予言は違うんだ!予言なら、『◯◯になるだろ……』とか、未来形の言葉になるんだよ!ところが、予知だと実際に『見て来た』ように感じるから、過去形になったりするんだよ」

「じゃあサトが未来の、ほんの数分後の光景を見たっていうの?あり得ないよ!」

「でも夕食のカレーと、僕の電話、2つも未来を当てたんだよ!偶然とは、思えないだろう?」

「いえ!偶然よ!だいたい、昨日は、カレーになる周期だったのよ!ママのレパートリーと、冷蔵庫の食材からしたらね!それと、イチローからの電話は、かかって来る頃だったわ!こっちへいつ来るのか、連絡して来る予定だったから……」

「まあ、そのふたつだけなら、どっちとも考えられるね!それで、サトはどうしているんだ?」

「釣りよ!この暑いのに、……」

「ふうん!それで何を釣って来るって、予言していかなかったのか?」


「ほう、型のいい『キス』だね!」

イチローがカレーを食べ終えた頃、サトが帰って来た。餌を港近くの釣り具店で買い、店で教えられたポイントに行った。地元の情報は確かで、竿を振るたびに魚が針に掛かる。暑くなる前に納竿して、意気揚々と帰って来たのだ。

(潮回りが良くて、そのポイントはどう投げても釣れるんだろうな)

「あっ!猫!サト!物置の戸が少し開いていたわよ!野良猫が出てきたよ!子猫産んでたら、大変だよ」

と裏庭から、姉の声がした。確かに今、釣具をしまうのに物置に入った。戸をきちんと閉めなかったかもしれない。

「ごめん!ほんのさっき、釣具をしまいに入っただけだよ!子猫を産む時間はないよ!」

と窓越しにサトは答えた。

「まあ、一応確認するわ!中を荒らされていると困るから」

そう言って、メイは物置の戸を開け放ち、中に足を踏み入れた。

様々なものが整理されて並んでいた。祖父は几帳面だったようだ。

釣竿はその中で入口付近の壁に立て掛けた状態だった。

(サトの性格がよく解るわ!)

ざっと中を見回して、メイは呟いた。

(あれ?これは何かな?)

釣竿の脇に、レジ袋が口を縛った形で置いてある。祖父はレジ袋は使わないし、まだ新しいものだ。

(サトの奴ね!何か浜辺で拾ってきたのね)

メイの勘は確かだった。数個の貝殻と、硝子の靴が入っていたのだ。

「あら、綺麗な硝子だわ!あっ!硝子の靴じゃないの!」

傷つけないように一度床に下ろし、両手でその硝子の靴を取り上げた。外光を受けて、七色に輝いた。

「わあっ綺麗!まるでシンデレラの硝子の靴だわ」

履いていたサンダルの左足を脱ぐ。硝子の靴は左足用だった。

「あら、ぴったり!右があれば最高なのに……そうだ!浜辺に片方が残っているかもしれないわ!行ってみよう」


(ないわねぇ。仕方ない!一旦帰ろう!夜に懐中電灯を持って行けば、星もキレイだし、イチローに協力してもらえるわ!)

メイの捜索は空振りだった。

夕食には、キスが天ぷらになっていた。イチローはキスの天ぷらに「ウマ〜い!」と叫んだ。

「ねえ!浜辺に行かない?今夜は星空が綺麗みたいよ」

とメイがイチローを誘った。

「僕も行く!」

とサトが先に答えた。

「あんたはいいの!夏休みの宿題がたまっているでしょ?」

「ええっ!明日のお昼過ぎには、帰るんだよ!今夜しかないじゃないか!」

サトのボヤキにノブが驚いた。

「ええっ?まだ帰らないわよ!パパがお盆休みに迎えに来るのは、5日後よ」

「だって、おばあちゃんの具合がよくないって、連絡があったんでしょう?」

「連絡?あんた、何を言っているの?どこからも連絡なんてないわ」

(アッ!また、電話が鳴るのかしら?)

メイの不安は当らず、夕食の後、メイとイチローは懐中電灯を手に海に向かった。『硝子の靴』をイチローに見せたのだ。

「ヘエッ!懐中電灯の光でも七色に輝くね!」

「そうなのよ!片方しかないから残念なのよ!私の足にぴったりだったのよ!まるでシンデレラの硝子の靴のようでしょう?もう片方がきっとあるはずなのよ」

 浜辺は満天の星空が頭上に広がっていた。

「アッ!あれは何?」

突然、背後からサトの声がした。

「あんた!ついて来たの?」

「それより、何に驚いているんだい?」

「ほら、そこ!すぐ海辺の上に、何かがいる!デッカイよ!」

サトが指差したのは、正面やや右側の暗い海面の少し上だった。

「えっ?何がいるの?」

「メ、メイ!ライトが、浮かんでいる!いや、黒い物体が空に浮かんでいて、その胴体にライトがついているんだ!」

「じゃあ飛行機ね!そうじゃないならヘリコプターよ」

「あんなデッカイ飛行機がこんな低空飛行はしない!ヘリコプターならエンジン音がするはずだ!無音で、しかも、ゆっくり?アッ!少し上昇したぞ!こっちに向かって来る!三角形か、ホームベースを広げたような形だ!ただの飛行機ではないよ!ステルス機なのかもしれない!」

「まるで、UFOね」

その飛行物体は音もなく、徐々に高度を上げ、三人の頭上10メートルの高さから、海岸線の山肌を掠めるように飛び去ったのだ!

「三角UFOだ!」

とサトがそれが消え失せた頃に、呟いた。

「確かに!雑誌で見た、三角UFOによく似ている!しかし、あれは米軍の最新の『ステルス戦闘機』だよ!地球製のものだ!ライトの色が地球ぽかったからね!それにしても、デッカかったな!30メートルはあったよ!それなのに、まったくエンジン音も空気の抵抗音もしなかったね!」

「米軍基地から?」

「僕はUFOだと思う!ステルス機にあんなデッカイ奴はないよ」

「秘密兵器だろうね!開発中で、試作品かもしれないね」


「メイ、サト、朝早くに、おばあちゃんの施設から電話があったわ!お昼を食べたら、帰るわよ!」

日付が変わってから眠った三人は、遅い朝食の席についた。すると、ノブがそう伝えたのだ。

「イチロー君、ゴメンね!我が家の都合で予定を変更させることになって……」

と付け足した。

「サトの予知が当たったな!」

ノブが居間から台所に消えたのを確かめて、イチローが言った。

「ええっ?僕の予知?何、それ?」

「昨日、サトが言った通り、昼過ぎに帰ることになったってことさ」

「そうだった!昨夜のUFOのことで、頭がいっぱいだった……」

「ねえ、サト!変なこと訊くけど、あんた、海岸で『硝子の靴』を拾ったでしょ?」

「ええっ!何で知ってるの?」

「物置を開けたら、レジ袋にはいった見かけない物があったのよ」

「それ、臭くなかった?」

「臭く?そう言えば、潮の香りもしなかったわね?漂着物じゃなくて、誰かが浜辺に捨てたものね」

「そうだ!昨日は雨だったのに、あの靴、濡れてなかったよ!」

「雨は夜に止んだわ!その前に拾ったのなら、雨に濡れてるはずよ」

「雨の止み間に拾ったんだよ!僅か、三十分くらいかな?」

「その間に誰かが捨てて行った、っていうの?あの人気のない浜辺で、誰にも気づかれないで?無理よ!透明人間か、さもなければ……」

「ユッフォー?」

「何?ピンクレディの真似をしているの?あんたがしたら、『アホの坂田』の『アッホ!』の真似にしか見えないけどね」

「サト君!変なことを訊くけど、その靴、変わった所がなかった?」

と、イチローがふたりの会話に割り込んだ。

「持った時、電流のようにしびれたとか?」

サトが言葉を探しているようなので、イチローは言葉を重ねた。

「物凄い、異臭がしたんだ」

と、迷った末に小声で答えた。

「異臭?わたしが持った時は、全然匂いなんてしなかったよ!あんた、洗い流したの?」

「いや!浜辺で拾って、顔に近づけたら、鼻が曲がるというより、モゲる!ってくらいの強烈な匂いがして、思わず靴を落としたんだ。で、拾い上げたら、匂いは薄れているようだから、袋に入れて持って帰ったんだよ」

「そんな強烈な異臭がすぐに消えるかなぁ」

「メイ!その硝子の靴、僕に貸してくれる?ちょっと、調べてみたいんだ」

「いいよ!割らないでね!片方だけど、王子さまが迎えに来るまで、大事にしたいから……」


「どう?何か解った?」

翌日、メイは自宅のある街に帰ってきた。祖母は熱が下がらず、検査入院をすることになった。肺炎の疑いがあるようだ。

「うん!ただの硝子の靴ではないようだ!薄いのに丈夫だ!踵の部分で他の硝子板を叩いたら、板が粉々になったよ!かなりの硬度があるものだ!ダイアモンドほどのね」

「ちょっと!無茶しないでよ!それにダイアで靴を作る?ダイアを『ちりばめる!』なら、解るけど……」

メイはイチローから返された『硝子の靴』に傷がないか?と眺めている。

「だからさ!ダイアじゃないと思うよ!そしたら、地球上の物ではない……可能性もあるだろう?」

「まさか?」

「でも、サトがそれを拾ってから、不思議なことが続けてあったよ!まず、強烈な匂いがすぐに消えたこと。サトが変な『予知能力』を発揮したし、一昨日の三角形の飛行物体……」

「確かに不思議だけど……、偶然よ!強烈な匂いって言ったのは、あいつでしょう?当てにならないわ!もし、そうだとしたら、この『硝子の靴』は、『宇宙人の落とした靴』ってことになるの?」

「あくまで可能性がある!ってことだけどね」

「イヤだぁ!私、その『宇宙人の落とした靴』ってのを履いてしまったのよ!祟りにあうんじゃないかしら……?」

と、メイは怯えるように訊く。

「祟りはないだろう?悪霊じゃないんだから……。綺麗な物だし、片方だから、靴としては使えないけど、インテリアとして飾る、という手もあるよ」

「そうだ!おばあちゃんの病室に花瓶代わりに飾ってみよう!」

(ええっ?祟りがあるかもしれない物を……)


「私ゃあ、どこも悪くないよ!」

と、八十の老女が言った。

個人病院の病室。検査入院をしていた患者の朝の診査に来た医師に、その患者がはっきりとした声を発したのだ!

「まあ一応、心音と肺の音を聴きますね?」

と、若い医師は聴診器を耳に当て、患者の開いた胸に先を当てた。

「正常音だ!昨日とは全然違う!点滴が、こんなに効いたのか……?」

「それで、おばあさんは?」

と、イチローが尋ねた。

「レントゲンの結果、全く、陰りなし!肺炎も肺癌の疑いも全くなくなったのよ!そればかりか、十年前の記憶が蘇ったみたいで、畑のことを気にしているのよ!私のこともちゃんと名前で呼んだわ!ただし、小学校入学した、と思っている……」

「なるほど、十年前だ!」

祖母は再検査の結果、全て正常。肺以外も悪い箇所はなかった。認知症が治ってしまった。それで、施設を出て、海辺の町に帰って行った。

ノブは反対したのだが、彼女の意思は固かった。

「でも、何があったのかしら?お医者さまは、点滴が効いて、奇跡が起きた!っていうんだけど……、点滴で、肺炎や肺癌が一日で消え失せると思う?」

「まず、あり得ないね!メイ!あの『硝子の靴』を病室に置いたんだろう?奇跡が起きたなら、それはあの靴が関係しているとしか、考えられないよ!」

「宇宙人の靴なの?」

「さあ?ただ、あの靴の周りで奇跡としか思えない出来事が起きているんだ!おばあさんがその最大の奇跡だね!」

「ねえ、あの靴どうすればいいの?これからも不思議な事が起こる可能性があるよね?」

「魔法の靴だとしたら、どうする?」

「ねえ、あの靴、元の砂浜に返しに行かない?」

「願い事はしないのかい?」

「いいのよ!おばあちゃんの命を救ってもらったし……」


「今夜も星が綺麗ね!」

メイが浜辺で夜空を見上げている。側にはイチローとサト。

お盆休みの父親と共に、祖母の家に来た。

祖母は肉体は問題ないのだが、記憶が十年前で止まっている。しかし、生活に支障は見つからない。

明日、我が家に帰ることになった最後の夜、空は満天の星空だった。天の川が、頭上を横切っている。北斗七星がはっきりと見える。

「ねえサト!あれから変な予知は言わないわね?」

と、メイが急に口を開いた。

「予知能力だったのかな?単なる、勘違いと偶然が重なっただけだと思うよ」

「きっと、おばあさんの病気を治すことで、あの靴は不思議な魔法を使い果たしたんだよ」

「じゃあ!次の家族のために、あの靴は返さないといけないね!」

「魔法のエネルギーがいるんだよ!あの強烈な匂いはそのエネルギーだったんだよ!」

「一度、宇宙人に返さないといけないわね?どうやって、返せばいいのかしら?」

「今夜のような満天の星空に、UFOが現れるように祈ってみるか!」

「それ、いいわね!三人であの星に向かって、『UFOさん、ガラスの靴をお返ししたいので、出てきてください』って語りかけよう!テレパシーが通じると思うわ!」

メイの提案に賛同して、硝子の靴を砂浜に置き、星空に向かって呪文のように語りかけた。

数十分が過ぎた頃、南の海の上に、ボツリと明るい火が灯った。

「あれ?海の上に光が見えるよ!」

サトがその光に気がついたのだ。

「海の上?船の灯りじゃないの?」

「いや!漁船の灯りにしては、どんどん大きくなってきているよ!しかも海面じゃあない!海上だ!飛行機の低空飛行にしては光が大きい!三角UFOかもしれない」

と、イチローが興奮した声をあげた。その声に反応してメイも海上を見つめる。

三人は無言で、近づく光の球体を見つめていた。

「わあっ!」

三人が同時に驚きの声を出す。光る飛行物体が頭上近くを無音で過ぎて行ったのだ!この前の三角UFOと違って今回は、まるでその形もわからないまま、頭上を横切って消えてしまった。

「た、確かにUFOだわ!飛行機なら音もするだろうし、あんな低空飛行なら、空気の振動が伝わるはずよ!海上は波も穏やかなまま。まるで、何も存在していなかったようにね」

メイが興奮して言った。

「君たちが呼んだから来たんだよ!何も存在していなかったなんて、人間にはあれが見えないのかな?」

と変な機械的な声がした。

「何?サト!何か言った?それともイチローの声?」

「いや!僕じゃないよ!」

「僕でもないよ!男の声のようだったけど……、周りには、誰もいないね」

砂浜には乾電池式のランタンが二つ置いている。強力な懐中電灯を三つ持っている。その光の中に人間らしい影は見えないのだ。ただ、眼の前にはランタンの光で七色に輝く『硝子の靴』があるばかりだ!

「どうやら、こいつを返してくれるようだね?慌てて忘れて行ったんだよ!無事戻って、ありがたい!垢だらけなんだ」

「えっ?あっ!硝子の靴の中に何かがいる!」

と、サトが1mほど離れた砂の上に置かれた、硝子の靴を指差して言った。

「硝子の光でよく見えないわ!明かりを消して!」

確かに強力な懐中電灯の光が、硝子に反射して、かえってその空間が見えないのだ。三人は懐中電灯を消した。

ランタンの光だけでも硝子の靴は輝いている。しかし逆光は収まり、何かが硝子の靴の中にいることは、認識できたのだ。

「誰?いや、どなたですか?宇宙人?」

メイは靴に向かって尋ねた。

すると、靴の中からピョンと、小さな人型の物体が飛び出した。

「全く、地球人の視力はほとんど見えないのかな?そのくせ嗅覚も聴覚も発達していない。天敵が少ない所為で退化したようだ」

と、その物体は日本語を発した。

身長約10cm、身体は硝子のような透明感がある、光を放つスーツに包まれていて、眼と口の部分だけが黒い。腕は比較的長い。腹はぷっくり。人間ならば、肥満体、短足、胴長、O脚だ。

「貴方はどなた?宇宙人のようだけど……。お名前は?どちらからおいでですか?」

「はあ?地球人は礼儀を知らないのか?いや、『礼儀』と翻訳できたのだから、存在するはずだ!それとも退化して、忘れられたのか?」

「あのう、さっきから独り言ばかり、おっしゃっているように聞こえるんですけど?」

「独り言?何を言ってるんだね!私は最初に、ここに現れた理由を述べたはずだよ!それなのに無礼にも、人の姓名と、生まれを問い質すとは!まず、自分の名を名乗るのが先ではないのか?前にこの星に来た時は、皆礼儀正しかったんだが……」

「アッ!申し訳ありません!驚いたもので抜かっておりました。私の名はメイ。こちらの背の高い男はイチロー。そして、この子はサトと申します!」

「五月(メイ)というのか?二人の男を従えているところをみると、女王か?あるいは王女か?よし、先ほどの無礼は許そう!悪意があるわけではないようだ!私の名は●▲だ!生まれは△◐だ!と、言っても理解できまい!地球のお前が使う言語に約せば、姓が海辺、名は太陽かな?生まれた土地は訳せないが、この国で例えると、奈良か?古い首都があった地域だ!何?生まれた地域ではなく、星を知りたいのか?知ってどうする?地球上から、観測できる距離ではないぞ!名を言っても、どの星かもわかるまい!それでもどんな星かを知りたいのか?」

メイはしゃべっていない。テレパシーのようだ。

「君たちは自分の星を『地球』と呼んでいるが、我々からしたら『地球』ではない!『水惑星』だな!いいかね?この星は、水=H2Oが液体状態で存在するのだ!しかも大量に……。水は100℃で蒸発し、気体になる。同じく0℃以下になれば固体になるんだ!つまり、これ程水が存在する惑星は、奇跡の惑星なんだよ!我々の知っている範囲では、最大の液体状態の水量を有している惑星だ!」

「じゃあ、貴方の生まれた星は水が少ないの?」

「ああ、地表には液体の水はほとんどない!極に近い場所に固体状態の水=氷が在り、恒星との位置関係で溶け出し、蒸発するか、地下に潜るかの僅かな時間帯に見ることができる。我々の星は、『砂惑星』。地表の大部分が、柔らかい砂と砂利で埋まっている!」

「それで、貴方は何をしに、この地球にやって来たの?」

「バカな質問だ!もし、君たちが宇宙空間を旅できる機械──『宇宙船』か?──を開発したら、宇宙の何処かに、自分たちと同じように文明?を有している生命体が存在している!それを見つけに行きたい、と思わないかね?」

「思います!では、貴方は『宇宙飛行士』船長さんですね?」

「ううん!残念だが……私は『犯罪者』だ!ただし、殺人や窃盗犯ではない!国王の政策に異を唱えたため、流罪となった。島流しの刑だな!国王の甥だったから、死刑は免れたんだが……辺境の惑星に、自動操縦の囚人用の舟に乗せられ、宇宙空間で、母船から放たれたのさ!この星のことは、それまでの探査で調べてある。人類という、二足歩行の生命体が最も進化した生き物で、ある程度の文明を有していることは、解っているんだ!」

「いつからこの地球に?そして、罪を許されて、元の星に帰れるのですか?」

「いつから?さて?私は時空間を容易に移動しているから、十万年前も現在も同じ感覚なんだが……。あっ!ダメだよ!君たちの未来のことは教えられない!洩らしたら、その瞬間、私は消滅する!はずだ……」

「あのう、変な質問していいですか?」

と、サトが話に加わった。

「そこにある物体!僕らには、『硝子の靴』としか思えないものは、いったい何なのですか……?」


「夢じゃないわよね!」

と、メイが言った。

「ああ、確かに『未知との遭遇』だったよ!」

と、イチローが言った。

砂浜にUFOが現れて、ほんの数分後、宇宙の島流しの罪人は、『時が来た』と言って、光とともに消えてしまった。『硝子の靴』も同様に……

「でも、『硝子の靴』の正体は、『浴槽』だったんだよ!」

と、サトが言った。

「何ヵ月振りかの、母船からの支給品。彼らの入浴は、お湯ではなくて、暖かい砂風呂。この浜辺は人影がなく、夏の太陽で熱くなった砂を雨がちょうどいい温度に下げて、しかも水分とミネラルを含んでいるから、最高の砂だったのよ!そこで砂風呂に入っていたら、サトが現れた!慌てて宇宙船に戻ったけど、浴槽をそのまま、砂に忘れて行ったのね……」

「じゃあ、あの強烈な異臭は?あいつの身体から落ちた垢だったのか!」

「ハハハ、何ヵ月振りったって、地球時間じゃないから、何年振りかもしれないね?そしたら、大量の垢だっただろうね?」

「私、それを素足で履いたのよ!病原菌の固まりがあったかもしれない!」

「でも、ただの浴槽なのに、何故奇跡が起きたんだろう?」

『あの浴槽を探すために、特殊な周波数の探査レーダーを使ったんだ!そのレーダーを反射した、浴槽の材料である♡✦が人間の細胞に何らかの影響を与えたようだ!その材料は、高エネルギーを放出する!たぶん、サトの脳や、祖母の細胞に良い影響を与えたはずだよ!じゃあ!おやすみ!グッド・ラック!』

そんな言葉が、三人には聞こえた。誰もいない砂浜で……

「海辺太陽君のテレパシーだね?真夏の夜の『季節外れのサンタクロース』だったんだよ!」

と、イチローが言った。

メイとサトは同時は頷いて、三人は頭上の星空に視線を移した。

「太陽君のいた惑星の母星はどれかな?」

「母星は見えないって言ってたよ!その位、遠い星から流罪になったんだ!かわいそうだね……」

「うん!じゃあ、彼の幸せを祈ろう!グッド・ラック!」

「あっ!大きな流れ星だ……!」

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