どこにもない場所
出 万璃玲
どこにもない場所
「この中に、僕らのユートピアがあるんだ」
君はそう言って笑った。なんの
世界は死に向かっていた。
星の軌道が、私たちの知るものから少しずつズレていると報道されたのは、何年前だったか。自称他称を問わない終末論者たちが、一気に騒ぎ出したことを覚えている。人類の歴史を顧みればそうめずらしくもない規模の災害や自然現象は、総じてこれに
しばらく経って、彼らは沈黙した。そうした個人論者だけでなく、科学機関や政府など、公の組織からの発表もいつしか途絶えた。取り立てて騒がずとも誰もが
終末、などといえばイメージは
決して、受け入れたのではない。「こうしている間にもどこかの偉い人が研究を進めていて、驚くような対処法を編み出してくれるに違いない。今までだってそうだったのだから。人類に不可能などない」、自らに言い聞かせ、人は個々の生活に没頭しようとした。
ただ、表面の穏やかさとは裏腹に、笑顔を見せる者はなかった。私たちは光を失った。
――君だけが、笑っていた。
死にゆく世界で、人に癒しを与えたのはAIだった。VRゴーグルを着ければ、一瞬にして望む空間へと
「だけどちゃんとわかっているよ。これがフィクションだってこと」、改良の末、装着しているのを忘れるくらい軽量になったゴーグルを外しながら、人は息を吐く。「これは虚構、
そのカメラのファインダーを覗くと、無数の光が浮かび上がった。水彩絵の具を散らしたような、色とりどりの光沫。吹雪のように舞う花びら。幼い頃に絵本で見た、先端が
廃番のAIカメラ。そのむかし、発売からわずかのうちにVRゴーグルに居場所を取って代わられた古めかしい器械。今や子供の玩具くらいにしかならないそれを、君はずっと大切に抱えている。
「あの子は鈍感だから。世界が死に向かうことを理解していない、だからあんなふうに笑っていられるのよ」、周りの大人たちの言葉など、君にとっては風のそよぎ。君だけが、手の中の世界に本物を見る。夢を、仮想を、現実だと言う。
世界が死ぬ。それは何十年先か、それとも明日なのか。誰にもわからない。けれど、一つ、また一つと、
ねえ。大人たちの言うことなど
――鈍感なのは、誰?
無垢に細まる瞳。全てにおいて
君は鈍感なんかじゃない。見せてくれるつもりなんでしょう、君の真実を、いつまでも。永遠に。
君と二人なら、それも悪くないな。月を失った私の、太陽。もし、いたずらな風のそよぎにくすぐられて
私は今日もファインダーを覗く。君は笑う。
『信じ続けることが出来たなら、それは本物だと思わない?』
どこにもない場所 出 万璃玲 @die_Marille
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