青と白

電楽サロン

青と白

 山の端までくっきり見える。久しぶりの青空だった。

 妻の出産を知らされた。駆け足で車に向かいながら、妻の容態を尋ねた。

「すぐに回復しますよ」

 看護師の言葉に胸を撫で下ろした。出産は土曜日の予定だった。

 道は混んでおらず、信号に引っかかることもなかった。赤信号も待ち受けていたように青に変わる。全てが順調だ。

 頭の中で、名前の候補を思い出す。女の子でも男の子でも呼べる名前にしようよ。そう言ったのは彼女の方だった。

 じゃあ、生まれてきたら候補を言い合おう。

 そう言ったのは私の方だった。

 灰色の病院が見えてきた時だった。

 ぼとっ

 ふと見上げると、フロントガラスに楕円形の塊がついていた。白く半固形の塊だった。

 どろりとガラスを伝う。ゆっくりと目で追った。よく見ると胡麻のような点がいくつもあった。

 魚卵のように、小さな眼球がびっしりとこちらを見ていた。

 私はシートに背中を押しつけた。固まった腕が、ハンドルを右に切ってしまう。予想外の動きに対向車のタイヤが悲鳴をあげる。金属同士が接触する不快な音がした。

 砕け散るガラス。その瞬間も、眼球たちは私を見続けていた。予定調和の結末を見逃すまいとして。

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