ドラマーIN US#9 隣の秘密、我が家の秘密

矢野アヤ

隣の秘密、我が家の秘密

 今年もまた始まった。というのは、カリフォルニアの夏の風物詩、山火事のこと。2018年の時も、またか、と深刻に捉えていなかった。

 ところが山からの火はあっという間に住宅地に侵入し、市の人口の三分の一に当たる三万人に避難命令が出された。数日後には全市民に向けて、避難の準備をし自己判断で避難するようにとのアナウンスが流された。煙で火の状況が把握出来なくなっていたのだ。その頃になると黒い灰が降り始めた。私は必要なものを玄関先にまとめた。

 我が家の近くに、息子同士が小学校から高校までを共に過ごした友人R宅がある。この時一家は母国デンマークに帰省していた。Rからメールが入る、家にある貴重品を彼らの車に積んで、その車で避難してほしいと。ここではお互い外国人。何かと助け合いが必要な間柄、家と車の鍵の置き場も聞いてあるが、こんな時、離れている方が不安だろうと心が痛んだ。

 彼女の持ち出しリストはA4用紙を埋めた。金貨銀貨等が数箇所に分けて保管してある。それもかなりの量。”大判小判がざっくざく”と昔話が頭に浮かぶ。こんな時なのに。ということは、私は近所のいじわるばあさん? 友人の家の隠し事を知ることは、頼まれたこととはいえ罪悪感のような、後味の悪さを伴うものだと知った。

 ニュースで風向きをチェックしながらソファーで仮眠する夜を数日送った頃、ようやく消火の兆しが見え始めた。世界中から集まった消防士達の命をかけた働きのお陰で、私たちは守られたのだった。タイヤのパンクから引火して始まったカリフォルニア史上最大となったこの山火事は、81000ヘクタール(東京都の三分の一を超える)を焼き尽くした。焼失した家屋1000棟、死者6名。規模を考えると最小の被害で済んだことに救われた。

 帰国したRとはその後、貴重品リストについては一言も触れていない。それにしても、私が揃えたものといえば、貴重品のバッグ、アルバムと聖書とノート類、後は数日分の服。一行で足りる。このことをRは知らない。

 友人の秘密は、秘密のままが良い。火事で学んだ教訓の一つ。


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