第4話
わたしはもうだめだ。だから、わたしの代わりにわたしが考えることにした。まず、部屋の中にあるものを探した。わたしの持ち物だ。スマホは没収されたらしい。ただ、カメラや眼鏡、虫眼鏡と南京錠のかかった黒い小さな箱。そしてメモとペンがある。
部屋に散らばる書類に目を通す。やはり、博士は眼鏡をかけていたらしい。そうだ。博士、いや母はカメラが好きだった。なるほど、徹底的だ。
まだ準備段階だろうに。
だが、あいつを殺すには決め手が足りない。ペンで殺せるなら苦労しない。どうする。もうすぐあいつがやってくる。
妻がいなくなった。知らなかった。彼女に出会うまで意味が存在していた世界でも、彼女がいなくなるとこうも無意味に感じるものなのらしい。
私は娘を置いて家を出た。それから、彼女の完成させられなかった論文を書いているうち、気がついた。娘を利用すれば、実質的な妻が帰ってくるかもしれない。私をa、妻をbとすると、娘は(a+b)/2だ。つまり、二倍してaを引けばいいのではないか。簡単なことだった。
幸い、娘は妻に似ている。
さらに、共感性の高い人間は、他者の記憶を自分のものとして記憶することがあるらしい。
意識の前提を崩し、妻の人生を娘に流し込み続ければ、実質的な妻の完成だ。
この白い部屋に閉じ込められてから、体内時計が壊された。ただ、あいつは周期的にやってくる。そうは言っても、殆どがわたしの勘だそろそろくるはず、それしか分からない。私は扉の後ろで待ち伏せする。
わたしはかけた変装用眼鏡を押し上げた。。
瞬間、扉が、開いた。
それはいつもよりゆっくりとしたものに感じた。あいつ、父は白衣を着たまま入ってくる。カルテのようなものを手に。真っ先に、わたしの方へ向かう。b、つまり母の影を残させる方には、父は必ず眼鏡をかけさせる。
手を伸ばしてくる。まだだ。あいつは何か話しかける。まだだ。ペンを取り出す。まだだ。あいつは何かを記入するため、目をわたしから逸らした。
今だ。
私は父を刺した。あの黒い箱に入っていた、護身用の小さいナイフだ。南京錠はフェイクで、箱の裏側に生体認証があった。私が、私だからできたことだ。
父は倒れる。念入りに、確実に、もう一度刺す。こいつのバインダーには、日記帳が挟まれていた。
わたしはもう一度、わたしを見る。日記帳を持って、立ち上がった。
アベレージパラドックス 宇宙(非公式) @utyu-hikoushiki
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