第22話 あの時返せなかった言葉

 ようやく落ち着いて、赤い夕暮れに染まった空の下、三人と悪魔で帰り道を歩く。


「僕、家こっちなんだ」


 と、分かれ道で律佳が立ち止まった。


「そっか」

「できるなら亜紀の家まで行って……いや毎日でも送り迎えしたいけれど」

「それは遠慮するわ」


 律佳の手が、そっと頬に触れた。


「うん、だよね。それに亜紀、すごく疲れた顔をしてる。亜紀に会えて嬉しくて、たくさん構ってごめんね。今日はゆっくり休んで」


 そんな疲れた顔してたか。こいつほんと、俺のことよく見てるな……心配そうに見つめる律佳を安心させるため、笑顔を浮かべる。


「ん、ありがと」

「今度家には行かせてね。ぜひ」

「う、うん……」


 なんだこの迫りくる笑顔の圧は。


「それじゃあまた明日。ひなたくんも」

「おう!」

「俺は? 無視?」

「亜紀とひなたくんに何かしたらただじゃおかない」


 律佳は氷のように冷ややかな目つきで悪魔を一瞥したあと、俺とひなたににこりと笑いかけて、反対側の道に消えていった。



「さーて、いいとこだけど俺もこのへんでおいとましようかな」


 頭の後ろで手を組んだ悪魔は呑気に伸びをした。ひなたが首をかしげる。


「桜花、家はどこなんだ?」

「家はないけど……今日からお世話になるとこがあるんだ。ちゃんと挨拶しないとだから、先に帰るね。また明日、ひなたくん♡」

「それならよかった。じゃあな」


 悪魔は周りに誰もいないのを確認し、羽を広げてどこかに飛び去っていった。朝からずっとひっついてきたのに、やけにあっさり帰るから、拍子抜けだ。


「便利だなー羽」

「そうだな……」 


 はっ、あいつ、俺のことをちらっと見たくせに、ひなたにしか挨拶しなかった……ガチでひなたに惚れて、ターゲットはひなただけになった……!? それはまずい。それなら俺に向いてる方がマシだ……さらに警戒を強めないと。


「なーんか、いろいろあったな。まだ初日だってのに」

「いやもうほんとに……」

「水無月の言ってた通り、相当疲れてる顔してる」


 やっとひなたと二人きりになれたのに、どっと疲労感が襲ってきた。首も肩もなにもかも重い。悪魔は危害を加えないとか言ってたが、やっぱり神経を張り詰めていた。あいつは俺のトラウマそのものだから……


「……木から落ちて気失って、俺も亜紀に心配かけちゃったし、ごめんな」

「あ、そうだ、そのことで言おうと思ってたんだ。タイミング逃してたんだけど」


 え?と首をひねるひなたの両肩を掴む。


「ひとりであんなでかい木に登るなんて危ないだろ! 無理するな、俺を呼べって、いつも言ってるだろ! ひなたが落ちた時心臓止まるかと思った。ひなたが寝てる時だって、めちゃくちゃ心配した……!」


 ひなたの肩に顔をうずめると、温かいひなたの手が背中にまわる。


「ごめん、亜紀。いっぱい心配してくれてありがとう……」

「うん、ほんとに、無事でよかった……」

「亜紀のおかげで俺は前に進めるんだ。亜紀がそばにいてくれてよかった」



『お前が支えてくれてよかった』


 クレール王子が死ぬ間際に言ってくれた言葉が、重なって聞こえた。あの時、俺は声が震えて涙が止まらなくて、冷たくなっていく王子が現実と思いたくなくて、死にゆく王子に何も伝えることができなかった。王子の方がもっと怖くて痛かったろうに、力を振り絞って俺に言葉を伝えてくれた。


 王子がいたから頑張れたって、俺も言葉を返したかったんだ。クレール王子を支えることができてよかったって、抱きしめたかった。


 それから……最期くらい、愛してるって……伝えればよかったな……



 ひなたの手が、ぽんぽんと心地よく俺の背を叩く。あたたかい。ひなたがここに生きていると実感する。昔を思い出して……疲れも相まって泣きそうだ。


「たぶんこれからも迷惑かけると思うけど、亜紀に隣にいてほしい」

「……俺は、いくらでも迷惑かけてもらいたいし、もっと頼って欲しい。ひなたがいるから俺も頑張れる。いつまでもひなたを支えるから……!」

「ありがとう。亜紀」


 壊れないように抱きしめて、あの時返せなかった言葉を、紡いだ。


 顔をあげると、ひなたはとびきりの笑顔を見せてくれた。浄化された……疲弊した心が潤いを取り戻す感覚……! この笑顔のために、全てを尽くす……!




 二人きりで話せて、ずいぶん心労が回復できた。

 いろいろあったが、本日も無事にひなたを家まで送りとどけることができた。玄関前でひなたが振り返る。


「それにしても桜花が悪魔なんて驚いたな。物語の中だけだと思ってたよ。あいつ、おもしろいし仲良くなれそうだ。もちろん水無月も!」


 悪魔とは仲良くしないでいただきたい。でも、ひなたがそうしたいのであれば、俺に止める権利はない。……ないけど、やっぱり嫌だ……っ 近づいて仲良くなればなるほど、危険度が増すのは明らかだし……


「高校生活、楽しもーな!」

「そうだなあ……」

「じゃ、また明日!」


 先が思いやられるが、兎にも角にも、ひなたが楽しいのがいちばんだ。ひなたの平和を脅かす魔の手から、俺が必ず守る!


 俺は拳を握りしめ、固く心に誓ったのだった……

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【BL】生まれ変わりの騎士と王子〜幼馴染として必ずあなたを守ります〜 すももゆず @smmyuzu

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