第21話 やさしい気持ち

 俺たち四人は子猫を連れ、職員室にいた白城先生を一年一組の教室に呼び出した。


 残る問題はこの真っ黒の子猫。学校近くの家の子かと思い、何軒か訪ねてみたがどこも違っていた。当てもないまま周辺をうろうろしていると、見るからに猫が捨てられていそうなくたびれたダンボール箱が公園にあった。


 悪魔が何やら猫と会話を始めたと思ったら、「ここがこの猫の家だって」と言い出した。猫と喋れるなら最初に言え!と声を張り上げたが、


「専門じゃないからなんとなくしか感じないんだもん。この場所に来たら強く感じたんだ」


 専門ってなんだよ。




 ……その場所に戻す訳にもいかず、学校に連れ帰り、担任の白城先生に相談しようということになった。


 ひなたが猫を抱き、少し背の高い先生を見上げる。


「猫?」

「捨てられていたんです。俺たちの家、どこも飼うのは難しくて、どうにかなりませんか?」


 やっぱり元兄弟だけあって、並ぶと似てるんだよなぁ……前世を思い出す。律佳も同じことを考えているみたいで、微笑ましい表情をしている。



「うーん、学校では飼えないしなあ……」


 白城先生は少し考えた後、ぽん、と手を叩いた。


「そうだ、俺の家で飼うよ!」

「えっ、ほんとですか!?」

「今も1匹猫がいるし、大歓迎だ!」


 ひなたはパァッと満面の笑みを広げ、猫を撫でた。


「おまえ~おうち見つかってよかったなぁ~!」


 はぁ……猫とひなたの黄金比……(?)めちゃくちゃかわいい……すりすりされてる猫がうらやましい……


「亜紀くん興奮してるでしょ」


 左側の耳もとで水を差してくる悪魔を肘で押しのけた。律佳は俺の右側で悪魔に向けて怒気を発している。


 その間にも、子猫は先生の腕の中に渡り、よしよしと撫でられている。


「こいつ人懐っこいなぁ」

「ですよね。すごくかわいい。……なのに、捨てる人がいるなんて……」


 悲しそうなひなたの声に頷く。ひなたが助けたからよかったけど、あのまま木の上で、誰も気づかないままだったらと思うと……


「そうだな。この世には、何も考えずにペットを飼って、面倒を見きれず簡単に命を放り出すような人がたくさんいる。理由がある人も中にはいるだろうが……それでも、こいつはお前たちに助けてもらえて嬉しかったんじゃないかな」

「先生……」


 しんみりとした空気を払うように、先生は、にっ!と元気に笑った。抱き直した子猫の顔をこちらに向けた。


「ほら、なんか嬉しそうな顔してるだろ! それに、なんといっても俺と一緒に暮らせるんだ! いっぱい可愛がってやるからなぁ~!」


 すりすりと顔を寄せられ、目を細めた猫からは少し迷惑そうにしていた。そんなやりとりに俺たちはつい笑ってしまう。

 笑いながらひなたが、


「ちょっと嫌がってません?」

「気のせい、気のせい!」

「あはは、先生は俺よりポジティブかも」

「俺は元気でポジティブなのが取柄だからな! まあ、それで失敗することもよくあるんだけど……」


 ソール王子もそうだった。明るくて、でも少し抜けていて……クレール王子や騎士団長が上手くサポートしていた。今日一日で前世で関わった人たちと出会って、今まで思い出さなかった懐かしい記憶が鮮明に蘇ってくる。


 クレール王子の最期が記憶に蓋をしていたのかもしれない。前世はつらいことだけじゃなくて、楽しいこともあったんだ……どうして忘れていたんだろう。


「そういう欠点を朔夜が支えてくれていて、感謝してる。あいつと俺は正反対なんだけど、俺のことよく分かってくれてる。朔夜も猫が好きだし、喜ぶよ!」


 会長、猫好きなんだ……あの仏頂面で猫と触れ合ってるところが全く想像できない……苦笑いしていると、こっそり律佳が耳うちをしてきた。


「そういえば、騎士団長はよくモンスターに懐かれていなかった?」

「確かに」


 騎士団長は剣の腕も間違いなく国一番だったが、竜とか妖精とか……人間には扱いが難しいモンスターも手懐けて使役していたな。それを思えば猫好きなのも頷けるか。


 先生と会長が兄弟であることをすでに知っている俺たちとは別に、ひなたは首を傾げた。


「え? 朔夜って……」

「ああ、隠しているわけじゃないし、いいか。生徒会長の白城朔夜は俺の弟なんだ」

「弟ぉ!?」

「名字、同じだろ? まあ似てないからなぁ、言わないと誰も気づかないんだよ。あ、そうだ。朔夜はまだ生徒会室にいるだろうし、さっそくこの猫と会わせてやるか! じゃあお前たち、早めに下校するんだぞー!」


 先生は太陽という名に相応しい笑顔を見せ、ばたばたと廊下に出た。が、急ブレーキをかけて振り返った。


「明日、もう一匹の猫の写真見せるなー!」


 そう言い残し、慌ただしく手を振りながら走り去っていった。会長と先生がどう生活しているのか純粋にすごい気になる……


「兄弟なんだ……びっくりした……亜紀と律佳は呼び出されてたときに聞いてたのか?」

「そんな感じ……」


 嵐の去った後のように静かになった教室に、悪魔のつぶやきが響いた。


「あの猫、喜んでたよ。先生の家が暖かいといいなぁって。あと俺たちにお礼も言ってた。助けてくれてありがとうって……はは、猫にもお礼言われちゃったな」


 悪魔の声色は、棘のある、からかうような物言いじゃなかった。あたたかいものを心に染みこませているような……


「……そっかぁ。助けれてよかった……」

「なんだろ、ぽかぽかする」


 胸を押さえる悪魔の白い手をひなたは柔らかく見つめた。


「嬉しい、ってことじゃないか?」

「嬉しい? 自分以外に優しくして、嬉しい……? 俺、悪魔なのに?」

「もー、悪魔とか関係ないだろ! お前が俺を助けたからあの猫も助かったんだ。桜花のおかげだよ」

「そっかあ……」


 ひだまりのように、にっこりと笑うひなたに、悪魔はだんだんと頬を染めた……いや、なに良い雰囲気になってんだ!?


「おい悪魔、ひなたと見つめ合うな。殴るぞ」

「ひどーい、りふじーん」

「亜紀に近づくな!」

「近づいてきたのは亜紀くんのほうだけど」


 悪魔の胸ぐらを掴むと、今度は律佳が間に入る。これから毎日これが続くのか……気が遠くなるな……

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