第20話 悪魔と友達

 そのうちに、乾いた拍手が耳に入った。悪魔が手を叩きながらニヤニヤと笑っていた。その姿に涙はすぐに引っ込んだ。


「うんうん、お熱い友情……いや、愛情か。その信頼関係、やっぱいいねぇ……」


 雰囲気ぶち壊すな。ひなたに浸らせろ。

 恨めしく睨みつけていると、ひなたが俺と悪魔の顔を見比べた。


「……亜紀。桜花が悪魔で、お前と昔に何かがあった……でも桜花は俺を助けてくれた。これは事実だ」


 うん、と頷くとひなたは微笑み、悪魔のほうに体を向けた。


「お前がいなかったら俺は今ごろ大怪我してたよ。ありがとう、桜花」


 相手が悪魔と知っても、ひなたには嫌悪のひとつもなかった。ただ真っすぐに感謝を伝えた。前世を思い出していないから言えるんだろうけど……いや、ひなたなら殺された相手だったとしても、助けられたなら包み隠さず感謝するかもしれない。


「あんたまでお礼を言うなんて……ふふ、本当におもしろいね。やっぱり会いにきてよかったなぁ」


 悪魔はベッドの上で胡坐をかき、むかつくほど楽しそうに左右に体を揺らしている。ひなたはそんな悪魔に臆せず笑いかけた。


「なぁ、桜花……俺と友達になってくれないか?」

「とも、だち……」


 ぴたりと動きを止め、悪魔の真紅の瞳が見開かれた。


 まてまて、友達!? この悪魔と!?


「え、何言って、ひなた……こいつは悪魔だぞ!?」

「わかってるよ」

「ダメだ! 悪魔は危険なんだ! 何するかわかったもんじゃない!」

「……少しだけ亜紀は静かにしてて」


 ひなたは人差し指を口元に当てた。そう言われると、はい、と黙るしかなかった。悪魔と友達になるなんて、そんなこと……!

 動きを止めていた悪魔は笑い出す。


「あはは、馬鹿だね。亜紀くんの言う通り、俺は危険な悪魔だよ。亜紀くんと戦って、もっとひどいこともした。人間にとって害悪の存在。いつあんたらを襲うかわかんないのに、友達になろうなんて……」


 笑い飛ばす悪魔に、ひなたは右手を差し出した。


「悪魔と友達になっちゃダメなんてルールはないだろ? 悪魔とか人間とか関係ない。俺がお前と仲良くなりたいんだ。友達になる理由なんてそれだけで……というか理由なんていらないだろ」


 ……ひなたらしいな、と思った。

 分け隔てのないひなたには、種族の違いでさえも関係ないんだ。クレール王子は死ぬ間際『悪魔を倒せ』と俺に言った。悪魔が国民を襲うことを危惧したからだ。今の悪魔から殺気は感じられない。

 もし、あの時悪魔が攻撃をしてこなければ……王子だったら仲良くなれたのかもしれない。殺しあわなくても、失わなくてもよかったのかもしれない。


「本気……なの?」


 あまりにも真っすぐな言葉に、ずっとにやにやと笑っていた悪魔が戸惑いを見せた。


 ひなたはめいっぱいの笑顔ではっきりと……言った。


「もちろん!」

「……っ!」


 心臓を射抜かれた音が聞こえた……! このパターンはあれだ。長年ひなたと一緒にいたから分かる。


「ひ、ひなたくん……!」


 ――そう、ひなたは持ち前の真っすぐな明るさで、人を虜にする天才なのだ。予感通り悪魔は頬を真っ赤に染めていた。真紅の瞳にはハートマークが浮かんでいるように見えた。……完全に堕ちた!


 悪魔は前のめりに、ぎゅっと強くひなたの手を握った。


「やばい……きゅんきゅんしちゃった……ともだち……なろう♡」

「やった! ありがとな、桜花」


 ハートマークをつけるな! しかも小さく羽を出してベッドから少し浮いている。いつのまにか長く細い尻尾も姿を現し、悪魔の心の高ぶりを現すようにくねくねと動いている。


「ともだち、かぁ……なんだかどきどきするな……♡」

「もしかして人間の友達は初めてなのか?」

「うん、はじめて……♡」

「そっか、なんか嬉しいな。改めてよろしく!」


 な、なんかさらにいい感じの雰囲気になってるんだが……!?


 悪魔はふわっと浮いてひなたに抱きついた。


「そうだね、改めて……よろしくね、ひなたくん♡」


 そして、ひなたのすべすべのシルクのような頬に2回目のキスをした。あろうことか、そのままペロペロと舐めだした……!!


「ああああああああ!!!! 悪魔ァ!! てめ、こらぁぁぁ!!!!」

「ちょ、くすぐったいって!」

「ひなたくん……好き……♡」


 天然の人たらし。その対象は人間だけにとどまらず、悪魔にまで……新たな発見だ……


 その後、俺の大絶叫を聞いた律佳が文字通り鬼の形相で、子猫を抱いたまま保健室に突撃してきた。それからはもう、めちゃくちゃだったので割愛。

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