第19話 おもしろい人間たち
誰かが泣いている。
『……いやです、おうじ』
茜色の瞳から零れ落ちる涙。
泣いているのは……亜紀……? でも、なんだか見たことのない服を着ている。
『死なないで、王子……』
王子って、誰のことだ。おまえは、本当に亜紀なのか?
それとも……?
声はだんだんと遠ざかっていく。
深い、底の底へ……
「待っ……亜紀!」
悪魔がひなたを眠らせてから約一時間後。俺の名を呼びながら、ひなたが飛び起きた。
俺の夢を見ていたのか!? どんな!?
内容は気になるが平静を装い、寝ぼけて俺をぼーっと見つめているひなたの顔を覗きこむ。
「ひなた、大丈夫か?」
「亜紀……!」
じっと見つめられた後、俺に向かって両手を伸ばした。俺の頬を鷲掴み、びよびよと伸ばしている。なんだか今日は頬をいじられてばかりだ。
しばらくいじった後手を離し、ひなたは胸を撫でおろした。
「ちゃんといるな……よかった」
「ひなた……寝ぼけてる? 体、変なところないか?」
「あ、ああ……なんか、夢見てた気がして。亜紀が泣いててどっか行っちゃう感じの……よく覚えてないけど……亜紀はここにいるのにな! 変なの!」
暗い顔でぽつぽつと呟くように話した後、俺を心配させないようになのか、顔をあげてぎこちなく笑った。
俺が、泣いてた。もしかして王子が死ぬ時の記憶……? 思い出してはいないみたいだけど、ひなたの中に、前世の記憶は存在しているのか。アルクのことを覚えているのは嬉しい……けど、飛び起きて不安そうにしてたし、やっぱりつらい記憶として残っているんだろう……
「あれ、ここ保健室か? そういえば木から落ちて……あっ、ねこ! 猫は無事か!?」
「猫は今、律佳が見てくれてる。保健室に連れてくるわけにはいかなかったから……」
「よかった……」
僕も行く! 悪魔と一緒なんて危険すぎる! ……と、めちゃくちゃ駄々こねた律佳をなんとか説得した。「今この猫を任せられるのは律佳しかいないんだ!」って言ったら「僕しかいない……!」と納得してくれた。
ひなたと、悪魔と、話がしたかった。
「起きたんだね、ひなたくん」
「!」
仕切られたカーテンの向こうから顔を出した悪魔はいたずらに笑った。その姿にひなたは一瞬、びく!と肩を震わせ、まじまじと悪魔を見つめている。
「保健室っていろんなものがあるね。おもしろくって漁っちゃった」
と、話しながら悪魔はひなたの隣の無人のベッドに悠々と腰かけた。
「羽……なくなってる。夢だったのか……?」
ひなたの戸惑いがぽつりと聞こえた。悪魔は俺の反応を伺っている。このまま夢だったって通すこともできそうだけど……見てしまった事実を隠すことはしたくない。幸い、今保健室には俺たちだけだ。
悪魔の目を見つめ返し、強く頷くと、悪魔は口角を上げ話し出す。
「そりゃあ、羽はしまえるからね」
その言葉とともに、背中から真っ黒の羽が現れた。ベッドの周りを埋め尽くすほどの大きさ。何度か見たはずなのに、非現実的なその大きさに気圧されてしまう。
ひなたは小さく喉を鳴らしてふとんを握りしめながら、ぱくぱくと口を開閉させた。
「あ、ゆ、夢じゃなかった……」
「夢だったらよかったって思った?」
「いや、そういうわけじゃなく、驚いて……」
助けを求めるように、眉を下げたひなたがこちらを向く。
「亜紀は……知ってたのか?」
「……ごめん。剣道の試合で会ったっていうのは嘘なんだ。すごく前に、こいつと会ったことがあって……」
ずきんと胸が痛んで、真っすぐな瞳から目をそらしてしまう。
これだけは言えない。ひなたが自分自身で前世を思い出すまで、絶対に言えない。思い出したら話すから、今は……
「ケンカしたってことか? 悪魔と?」
「ま、まぁ、そんな感じ……」
「勝ったって言ってたよな。悪魔に?」
「そ、そう……あいつが先に仕掛けてきて……いろいろあったけど、俺が勝った」
ベットに座りながら身を寄せ、距離的にも精神的にもずいずいと迫ってくるひなた。戸惑う俺を見て、目の前の悪魔は羽をしまい、笑いをこらえていた。くっそ、高みの見物かよ……!
「ふふ、亜紀くんはとっても強いからね。ま、半分は愛する王子サマの声援のおかげ……」
「おい!!」
思わず声を荒げると、余裕たっぷりに肩をすくめている。
こいつを倒したとき、王子が見てくれていた、信じてくれていた。悪魔への怒りと確実に殺してやるという強い思いがあって、今まで以上の力を出せたんだ。癪だけど本当に王子のおかげだった。
「そういうことで、つよーい亜紀くんたちに、また会いたくなって来ちゃったってこと! あとは人間の生活に興味があってねぇ」
悪魔は俺の言葉を引き継ぐようにひなたに向けて説明を付け足した。ひなたは首をひねり眉を寄せた。
「いまいち話がつかめないな……」
「今は理解しなくていいよ、でも、いずれ……分かる時がくるかもね」
その言葉はひなたに向けているようで、俺に言っているように感じた。きっと、いずれは……
一息ついたひなたは再び俺を見つめた。
「よくわからない……から、とりあえずはいいや。何かあったんだろうけど、亜紀が言いたくないなら無理には聞かない」
ひなたはにっこりと笑い、俺の頭を撫でた。
「まあなんか、理由があったんだろ? 俺は亜紀が意味もなくケンカするとは思わない。亜紀のこと、信じてるから。話せるようになったら、話してくれよ。待ってるから」
「ひなた……」
やばい、泣きそうだ。騙しているようなもんなのに、ひなたはそれでも信じてくれている。嬉しいのに、罪悪感も混じって不安定な心がこぼれてしまいそうだった。
「ごめん、ありがとう……」
「いいよ。幼なじみなんだから、そんぐらいお安い御用だ!」
勢いあまってひなたを抱きしめていた。涙をこらえながら、背中をとんとん、叩かれるたびにひなたのやさしさを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます