それと、私

真花

それと、私

 ダンボールのような雨。

 君の背中。

 キーボードを叩く音。

 私は裸のままベッドの上で、頬杖を枕について君を見ている。雨の音とキーボードの音が混じり合ってオーケストラになっている。君はもうずっと振り向かない。

 君は小説を書くことに夢中だ。それは今に始まったことじゃない。だけど、その始まりには私が噛んでいたことを覚えているだろうか。一番最初に物語を作る遊びを提案したのは君じゃない。でも、私は結局一話も完成させなかった。君はそれからずっと、もう何年も書き続けている。二人の時間が君が書くこととか、書いたものを読むこととか、その感想や指摘を言い合うこととかに侵食されるのは、そんなに嫌なことじゃない。ほんの遊びが熱中になって、多分君の夢になった。その始まりが私であることが誇らしい。

 きっと私達にとって一番ラッキーだったことは、君の書いたものが私にとって面白いことだろう。もし違ったなら、二人は一緒にいられなくなった。それくらい、君にとって書くことは大切なものになった。

 君は首を鳴らす。

 振り返りはしない。

 もし空から降っているのが雨じゃなくてイクラだったら。オレンジ色に染まる世界の中、私達は走り出す。そのときばかりは君も小説のことを忘れる。食べるかな。イクラまみれになった体をシャワーで流し合いながら、イクラの話をする。そして君はパソコンに向かう。

 生きている間に書いているのか、書いている隙間に生きているのか、私から見たらもう分からない。夢中ってそう言うものなのかも知れない。私は夢中になったものがあったかな。……高校生のときと、働き始めたときはそうだった。いつしか夢中はそれが平熱になって、色々な感情はあっても自分とそれとの間にはゼロではない距離が保たれるようになった。君と小説はゼロだ。それは美しいことだ。

 私をこうやって放置するのは美の内側の行為なのだ。

 仰向けになる。布団をお腹に掛ける。

 じわじわと暖かくなる。

 雨はリフレインのように降っている。

 キーボードの音が重なる。

 君の背中は見えない。見えなくたって、繋がっている。

 天井に向かって、思い切り笑顔を作る。

 私は勝っている。

 いつか最後の言葉を君が吐くとき、必ず小説ではなく私の名前を呼ぶ。

 だから、私は勝っている。

 君は小説を書く。どうあってもその道をたがわないだろう。君は歩き続ける。どこまで行けるか知らない。きっと関係ない。


 進み続ける人の影、それは君、それと、私。


(了)

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