第2話「君の家に遊びに来たよ」

朝、目が覚めると、私はまた孤独だった。なんだ、結局夢だったのか。そうだよ、物事があんな都合よく進む訳ないんだ。でも許されるなら、もう少しあの夢の中で過ごしていたかったな。ああ、今日学校行きたくないな。どうせ怒る人なんて今はいないし、適当な理由つけて休んじゃおうかな。そう思いつつ、朝ご飯とお弁当を準備する。少し前まではお父さんのお弁当とかも作ってたのに、随分と料理も楽になってしまったな。今は一人分の食事作ってしまえばそれで終わりなんだから。お弁当も準備できたので、朝ご飯を食べる。テレビは電気代がもったいないし、暗いニュースも見たくないので代わりにラジオをつける。そして、頂きますと、やっと食べようとしたその時、電話がかかってくる。こんな朝早くから誰だろうか。まさか、父の容態が急変して危ないのか、そんな不安がよぎりつつもスマホを手に取る。

「もしもし、星野です」

「おお繋がった。岩下だけど」

岩ちゃんからの電話だった。なんだ、あれは夢じゃなかったんだ。よかった。

「え、ああ、岩ちゃん。どうしたの?」

「いやさ、実は放課後、マグちゃんの家にお邪魔しようと思うんだけど…大丈夫かなって」

は、え?急すぎないか。確かに私たちはそういうことするような関係になったかもしれないけれど、そうなったのは昨日のことでまだ一週間すら経っていないんだ。なのにいきなり、家に来たいなんて…まあ、普段はどうせ私以外誰もいないから全然いいんだけども。

「いいよ。放課後、片瀬江ノ島駅の前で待ってて。迎えに行くから」

「ありがとう。じゃあよろしくね。ばいちゃ」

電話が切られると、私はスマホを置いてようやく朝食を食べる。来客なんて、いつぶりだろうか。何を振舞ってあげようかな。なぜか少し楽しみだった。

 学校に着くと、クラスメイトの面々とばったり会ったので挨拶をした。その子たちは私の様子に違和感を感じてるようだった。自分は自覚していなかったが、昨日までとは氷上が全く違ったのだろう。

「おはよー」

「あ、星野さんおはよう(あれ、何かいつもと様子が違うな。こっちの方が元気で好きだけど)」

クラスに入ってからも同じだった。まるで人が変わったような感じだったらしい。

 ようやく放課後となり、私は急いで荷物をまとめ下校しようとした。

「どういう風の吹き回しなんだろう」

「何が?」

「いやぁ、星野さん。あんなウキウキしてるところ初めて見たんだけど」

「さあ、彼氏でもできたんじゃね?彼氏できたら私でもああなると思うよ」

「そんなもんなのかな」

「まあ私は彼氏なんぞ作る気ないけど」

と色々会話しているクラスメイトを横目に、私は帰路に立った。片瀬江ノ島駅に着くまで私は一人だったので、音楽プレーヤーでいつも聞いてるお気に入りの曲を聴きながら何を作ろうか考えた。今気づいたのだが、家に自分の友人が来るのは今回が初めてだ。来客は、親の親戚や友人くらいだったし。だから、急に来ると言われた時はびっくりしたけれど、今は本当に楽しみで仕方なかった。早く会いたい。

 京急、東海道線、小田急を乗り継ぎようやく片瀬江ノ島駅に着くと。駅前には待ちくたびれた様子で岩ちゃんが立っていた。

「岩ちゃん」

「おお、来た!」

私の呼びかけに岩ちゃんが応じる。私は少し遅くなったことを詫びて、家に案内した。

「いやぁこんな景色のいいとこに住んでるなんて羨ましいよ」

「そうかなぁ」

「うん。だって私の住んでるところなんて見渡す限りのビルだもん」

私はパンケーキを準備しながら岩ちゃんの話に付き合った。本当に話してて楽しかった。

「そういえば、玄関に飾ってあった女の人の写真って」

「ああ、あれがお母さんだよ」

パンケーキを食べながら母の話をした。岩ちゃんは改めてその話が自分事のようにショックだったようで、もし可能ならば線香をあげさせて欲しいと言ったので、私はそれを了承した。

「ところで、なんで私の家に来たいって」

そういえば、肝心なことを聞き忘れていたので私は岩ちゃんに目的を聞いてみることにした。

「ああ、ごめん。忘れるところだった」

そう言うと岩ちゃんは、鞄から資料を取り出し、私にそれを見せる。

「県外のライブハウスで…対バンを?」

私はそこに書かれた内容を見て驚いた。対バン自体は何度かやってきたことがあるけれども、この資料に書かれた遠征のような形で数日駆けて複数のライブハウスで対バン、交流会を行うということは今までしたことも聞いたこともないから。

「そう。まあそもそもこのバンド自体、そのために結成したようなものなんだけど」

「この、ために?」

「ああ、昨日言えなかったけど。もちろんマグちゃんのことを誘った一番の理由は、私たちがあなたのドラムが好きだからなんだけど、もうひとつ理由があって」

「もしかして、他のどのバンドよりも優れたドラマーが欲しかったから?」

「どこでその察しの良さを覚えた?」

「これでもいちおう歴三年だったからね。そういうことは何となく直感で分かるようになってた」

私はドヤ顔でそう答えた。

「さすが私が見込んだ子だ」

「それほどでも」

私は少し照れた。

「でさ、昨日は勢いであそこまでいってしまったけど、これでもついてきてくれる?」

私は渡された資料をもう一度読み直したのち

「全然いいよ。そもそも私、ドラム返ってくるならどこまでもついていくって言っちゃったし」

とニコッとしながら答えた。

「そっか。ありがとう」

「こちらこそ」

と言いながら私たちは握手した。


「じゃあ私帰るね」

「うん、きょうはありが」

と言いかけたとき

「そうだ。ねえ」

と岩ちゃんは遮るように口を開く

「ん?」

「もしよかったら、線香あげさせてくれない?」

「あ、うんいいよ。ついてきて」

私は母の仏壇のある部屋へ案内し、岩ちゃんに線香をあげてもらった。

「えっと…マグちゃんのお母さん。初めまして。岩下愛咲です。この子と一緒に、私はバンドをやります。どこまでやれるか、私も分からないけど、どうか最後まで見守っていてください」


「ありがとね、本当に」

私は岩ちゃんにお礼した。

「いいんだよこれくらい…ねえ、マグちゃん」

「ん?」

「一緒に、高みめざして頑張ろうね」

「うん、もちろん!」

私は満面の笑みでそう答えた。

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Girls Band Evolution 宮島485/葉鍵伝承会 @miyajima485

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