Girls Band Evolution

宮島485/葉鍵伝承会

第1話「君のドラムが聞きたくて」

 人は、必ず一つ居場所を持つという。アニメが好きなら、それを好きとする人の集まりが居場所となるし、勉強が好きなら、秀才の集まる塾とかが居場所となるし、歌が好きな学生なら、合唱部とか音楽サークルが居場所となる。


でも私はどうだろう。



私に居場所はあるのだろうか。



恐らく、今はもう無いと思う。分かりやすく言えば私の居場所はあの理不尽な出来事で奪われた。


「じゃ、お母さん。行ってくるね」


 玄関に置いてある母の遺影に挨拶し、私は家を出る。「星野」と書かれた札のついている家の目の前には一面の海が広がっていて、私はそれを眺めつつイヤホンでお気に入りの音楽を聴きながら駅まで歩くのが好きだった。近所の学生や内陸側から来たであろう学生は、花より団子の如く、スマホを眺めていたり、今日の放課後何して遊ぶか話していたりと、綺麗な海には見向きもしない。そんなことなら、わざわざ江ノ島の方の学校に来なくてもいいんじゃないのかといつも思う。本当にもったいない。


学校に着いた私はクラスメートに


「マグちゃんおはよう」


と挨拶され


「あ、うん、おはよう」


と笑顔で返しつつ、自分の席に向かう。マグというのは私の名前である星野マグワイアの省略形、所謂あだ名というものだ。実は人間不信ぎみなので、あまり人とは会話せずに一人でいたいのだが、これくらいの挨拶はしておかないと後々痛い目見る場合もあるから仕方なくいつもしている。笑顔も本当は作り笑顔みたいなもの。最後に他人の前で本当の笑顔を見せたのは随分と前のことになる。


さっき自分は人間不信ぎみと言ったけれど、生まれたときからそういう性格だったという訳ではない。ちゃんと、きっかけがある。



 私は日本人の父とイギリス人の母の間に生まれた所謂ハーフと呼ばれる子どもだった。私自身は幸いにも元気な子だったのだが、母は病弱で、私が物心つかないうちに亡くなってしまった。それからは父の手一つで何不自由ないように育てられた。強いて言えば、帰っても夜まで誰もいないのでそれは少し寂しかったのだけれど、そんな私の孤独を埋めてくれるものがあった。それがロックミュージック。

九歳の時のある日の夕方、たまたま一人で見ていた音楽番組で一世を風靡した有名なロックバンドが新曲を披露していた。ボーカル、リードギターの音はもちろん、それを支えるベースライン、そして曲のテンポを維持するドラム、全てが本当に魅力的でかっこよく感じた。そしてこの時私は決意した。



お金貯めてドラマーになる!



早速私は行動に移した。遊ばなくなったおもちゃ、読まない漫画を売ったり、やりたいこと買いたいものを我慢してお小遣いを貯金したりして、ドラムセットを買えるように努力した。ただ単にお金を貯めるだけでなく、ドラムセットを買えたときにしっかり演奏できるように、ガラクタを集めて自分なりに練習したりしました。

そして、卒業する直前に遂に目標金額まで貯めることに成功した。早速父に自分の貯めたお金でドラムセットを買いたいという話をすると

「有名になって俺を養ってくれ」

と冗談を言いつつ

「ま、マグワイアならきっと素晴らしいドラマーになるよ」

と私を応援してくれるようなことを言ってくれた。本当に嬉しかったから、私はバンド組んで全力で頑張ることにした。

 中学に上がると、早速自分たちでバンドを組もうと考えてる人がいるという話が耳に入った。その話はどこから流れているのか辿っていくと、古上夕夏、中村ゆり、安武明音という三人組を見つけた。彼女たちは丁度ドラムが出来る人を探していたそうで、私が仲間に加わることを快く了承してくれた。このバンドはギターボーカルの古上さん、ベースの中村さん、キーボードの安武さん、そして私のドラムで編成されていました。古上さんは少し厳しめな人で、ミスに対しては結構詰めてくる人だったけれど、これも大成するためと私は頑張りました。そのおかげなのか、中二の終わりごろにはかなりの人気バンドになり、私たちは学校の人気者となりました。

 ところが、中三になり状況が一変してしまいました。事の発端は父が交通事故に遭い病院に運ばれたことでした。過労で疲れ果ててしまっていた父は、注意力が散漫になってしまっていたのか、車が来てることを確認せず誤って横断歩道を渡ってしまい、はねられたのです。その連絡を聞いた私は大急ぎで都内の病院に向かいました。幸い一命はとりとめたのですが、父は昏睡状態になっていました。つまり、息はしているけど、会話したり、体を動かしたりなどができないという状況だったのです。車に乗っていた方、父の会社の方、親戚の方々が皆優しく、手続きなど協力してくれたおかげでそういう事務的なことで苦労することはありませんでしたが、父の為に今まで自分が何もできなかったこと、父にいろいろ苦労させてしまったことが本当に申し訳なく、悔しくて、私は数日くらい父の傍でずっと泣いていました。その様子を見かねた医者に

「ずっと泣いていたらお父さんも悲しむよ。君が元気にしていた方が父も喜ぶと思うよ」

と言われ、私は立ち上がり学校に行くことにしました。

 覚悟を決めて私は学校へ行きました。先生、友人からとても心配されました。昼休みはバンドのみんなと話がしたかったけれど、先生と緊急で面談することになったのでそれは放課後にお預けとなりました。そして放課後、久々に顔を合わせるので少しドキドキしながらも、それを抑えながら私は練習のスタジオへと向かいました。そしていよいよその扉を開けると、私は歓迎…されませんでした。私が本来いるべき席には初めて見る子が堂々と座っていたのです。私は恐る恐るメンバーのみんなに聞きました

「この子、誰ですか?」

「え、君の代わりだけど。たかが親父さん倒れたくらいで何日も休むようなやつなんかいらないよ」

と驚くべき回答が返ってきたんです。これだけでもショックだったというのに、私への罵倒の言葉はこれだけでは終わりませんでした。リーダーに便乗して他の子も、私をクズだとか、ドラマー失格だとか、他にも思い出しただけで吐きそうになることを沢山言われました。私はもう聞いていられなくなり、泣きながらその場から逃げました。あの大事な、お父さんと買った、あの大事なドラムを残して。

ありえない裏切り方をされた上に、ありもしない噂を流された私は、この日を境に他人を信用できなくなり、クラスの友人とも話せなくなり、一人で過ごすようになりました。放課後は、誰もいない家に帰るか、父の入院している病院にお見舞いへ行くかして過ごしました。お父さんが今目覚めたらがっかりするかな、なんてことも考えたけれど、ここまで負の連鎖が続くと、もう覚めないんじゃないかなと思ってしまって、そういうことに気を遣うのがどうでもよくなっちゃって、勉強する時以外はベランダや電車の車窓から見える景色を眺めながらイヤホンで音楽を聴く、静かで暗い人間になりました。

高校は地元埼玉にある高校ではなく、親戚の家の傍から通えて、父の見舞いにも行けるように神奈川にある金沢高校に進学、そして今に至るのです。あんなトラウマを植え付けられて、またバンドやりたいなんて思えるはずもなく、私は中学の頃と同じような生活を続けています。正直このままで自分大丈夫なのかな、なんて思うこともあるけど、今より状況をよくするにはどうすればいいかなんて今の私には分からない。もしその方法があるというのなら教えて欲しいくらいだ。そう、昼休みの屋上で、一人音楽を聴きながら考えていた。

突然、屋上のドアが開く。屋上はいつも私しかいないから、人が来るなんて珍しいことだった。先生かな、そう思って振り返るとそこには私と同じ制服を着た女の子がぜぇぜぇと息を切らしながらそこに立っていた。そして、私を見るなり

「ねぇ!君もしかして」

と言いながら私に近づいてくる。私に用でもあるのだろうか。でもこの子とは面識がないからそんなことあるはずないのだけれど…

「やっぱりそうだ。君、星野マグワイアちゃんでしょ!少し前に埼玉のバンドでドラムやってた」

え、何で知ってるの。怖い怖い。もしかして新手のストーカーだろうか。

「そうだけど、あなたは?というかなんでそのこと知ってるの?」

とりあえずその子の質問に答えつつ、私は逆にその子に二つほど質問してみた。するとその子は少し落ち着いてから

「ああ、自己紹介し忘れてたね。私は上北沢高校一年の岩下愛咲(いわしたあずさ)って言います。あなたのことは友人から聞きました」

と丁寧に答えてくれた。友人とは誰のことだろうか、もしかして私がいたところの…とそんなこと考えてる場合じゃない。その前に引っかかることがある。なんで東京の高校に通ってる子が、うちの学校の制服を着て、しかもここまで来ているのか。

「え、ここの学校の人じゃないよね?じゃあなんで」

「ああ、それは私の親愛なる岸田っちが協力してくれたおかげだよ」

岸田…そういえば、うちのクラスにそういう苗字の子がいた。入学式の日の自己紹介で

「くるりんってバンドでベースやってます!てへっ」

という痛い自己紹介をした子だ。まさかその子が私がドラムやっていた人だったことに気づいていたとは驚いた。出来れば気づかれたくはなかったが、やはり一度知名度が界隈で広まってしまうとその界隈の人には本人だとバレてしまうのか…それはそうと

「そうなんだ。ところで、私に何の用ですか?」

私に何の用なのだろうか。

「お願いがあるんだ。私、バンド作ろうと思ってるんだけど、人手が足りなくてね…ずばり、君にドラムやって欲しい!」

ああ、そういうことか。まあドラム云々という話が出てきた時点で音楽関連の話なんだろうというのは察していたけど、まさか新しいバンドに入って欲しいという誘いとは…

「申し訳ないけど、私もうバンドやるつもりないから、他を当たってくれない?」

当然私は断った。正直、もうバンドのことは忘れ去りたいくらいだった。

「そう、なんだ。でも私、あなたのドラムやらないなら演奏したくないんだよね」

「そう言われても…無理なものは無理で」

そこまで言われるとは、バンドマンには変人が多いとはよく聞くけれど流石にこの子は変人ってレベルを超えている。さて、どう言えば引き取ってもらえるだろうか。職員室に行って助け求めてもらうか、うーん…

「そうだ、やってくれるなら何かお願い聞いてあげるよ。何でもいいよ」

こっちが言葉を切り出す前に先手を打たれる。お願い、か。そうだ

「じゃあさ、私が使ってたドラムが多分埼玉のライブハウスかスタジオにあるから、それ持ってきてくれたりする?」

まあ、あのドラムが何処へ行ったか私ですら知らないから多分無理だろうけど、とりあえず私はあの大事なドラムが私の手元に戻ってくるならなんでもいい。あれは本当に大切なものだから。

「あちゃーそれは大変なお願いだ」

やっぱり、まあ無理な話だからこそ言ったんだけど。

「ねぇきっしーもっと力入れて持ってよ」

「でも私こんな長距離運んだことないし」

ドアの向こうから声が聞こえてくる。なにか重たそうな物を持っていそうだった。私は無言で声のする方向へ行った。

「どうしたの手伝おう…」

ドアを開け二人が持っているものを見て、私は言葉を失った。そう、二人が持っていたのは



私が大事にしていたあのドラムだった。



 驚きで固まっている私の後ろに、岩下さんが来た。するとドラムを持っていた二人が

「ちょっと岩ちゃん、何で先行っちゃうのよ」

「そうだよ、あなたに言われたから運んでるんだよこっちは」

と岩下さんに対して怒りの意をあらわにした。

「ごめんごめん二人とも。もうその踊り場に着いたら置いて休んでいいから」

と岩下さんが返すと

「言われなくてもそうするよ、もお」

と岸田さんは返事した。

 踊り場にドラムが丁寧に置かれると私は慌てて階段を駆け下り、バスドラ部分を確認した。

「間違いないよ、これ私のだよ…」

なぜ私のだと分かるのかというと、購入直後にバスドラの下の部分に書いた私の名前マグワイアと父の名前壮一の英語表記がちゃんとあったからである。パクられたまま引っ越したから、もう取り返せないと思っていたのに、まさかこんな形であのドラムと再会できるとは思ってなかったものだから、私はその場に座り込んで泣き出してしまった。

「スネアドラムとかは下に停めてる親戚の車の中にあるから安心してね」

と岩下さんが私の肩に手を置きながら言った。

「スネアドラムが無くて泣いてるわけじゃないよぉ」

と私が答えると、岸田さんと一緒にドラムを運んでいた子が少し笑い

「可愛いね」

と言われたが、今はドラムのことが衝撃的過ぎて、それに言葉を返す余裕がなかった。

 二、三分くらい経って、ようやく落ち着いたところで岩下さんの口が動く。

「さ、これで約束は果たしたよ。まああなたが急にいなくなった話聞いた時点で実は何が起きたかある程度は察しがついてたけれど。私たちはあの人たちみたいに裏切ったりなんかしないから。あなたのドラムが好きでここに来たし。もう一度聞くよ?私たちのバンドでドラムやってくれない?」

この二年間、本当に辛かった。父が事故で昏睡状態になってから、不幸の連続だったから。この世界に自分の居場所はあるのだろうか、そんな風に考えてしまうくらいだった。でも、その答えが今ようやくわかった。

「うん、私、またドラムやるよ。岩下さんのバンドで」

私は少し涙目になりながらも、笑顔でそう答えた。


 放課後、私は岸田さんが手配してくれた車で下北沢へと案内された。その車の中で、私たちは互いに自己紹介した。

岩下愛咲。自分の名前はあまり好きじゃないので出来るだけ苗字で呼んでほしいとのことだった。担当はギターボーカル。親戚にバンドをやっている人がいるらしいのだが、別にその人に憧れてギターを始めたわけではないらしい。

青木唯。ベース担当。コミュ障という程ではないが、あまり大勢と何かするのは好きではないらしい(バンドは別物)。気づいたらベースを握っていたとの事だった。

岸田綾乃。この子はバンドメンバーではないが私のドラムに興味があるらしく今回同行している。自己紹介では痛い人に見えたが、実は普段はああいうキャラではなく割と大人しいらしい(自称)。

そして私、星野マグワイア。日本人の父とイギリス人の母の間に生まれたハーフだが、物心つかないうちに母は亡くなり、父に育てられたという話、ドラマーとしてデビューするまでの話、そして父が事故に遭ってからの話をした。。

「そんなことがあったんだ、あいつらがクズって話は知ってたけどそこまでクズだったなんてな…本当に辛い中よく頑張ったね」

バンドを半ば強引に追い出されたという話は知っていたが、そこまで詳しい事情を知らなかった岩下ちゃんたちは、私の境遇に同情してくれた。

「このドラムはね、お父さんと買った大事な宝物だったからさ…ありがとう、本当に」

私はにっこりしながらお礼を言った。

「いいんだよ…えっと」

「あ、星野ちゃんかマグちゃんでいいよ」

「じゃあマグちゃん。そのくらいやって当然でしょ?仲間なんだから」

そうか、私たちはこれから、よほどのことが無ければ長い時間を共に過ごす仲間なんだ。そう思うと、何だか感慨深い気持ちになった。あのバンドにいた頃、こんな気持ちになったことはなかったな…

 楽しく話していると、時の流れは早くなるようで、あっという間に目的地に着いた。幸いにもまだ人の入りが少なかったおかげで、容易にスタジオまでドラムを搬入することが出来た。搬入が終わり、運転してくれたドライバーにお礼を言った後、裏にいた店長さんに挨拶した。車の中で聞いた話なのだが、このライブハウスの店長は音楽番組にも出演のしたことのあるバンドでギターボーカルをやっていたのだそうだ。確かに私も店長さんの姿はテレビで見たことがあった。店長さんはすごい優しい人で、このライブハウスのことは家のように思ってもらって構わないと言ってくれた。あいさつ回りも終わり、ドラムを運び込んだスタジオに入るときっしー(岸田)と唯ちゃんが私のドラム演奏を今か今かという体制で待ってくれていた。

「ああ、この感じ懐かしい」

ドラムセットの椅子に二年ぶりに座ってそう思った。

「そういえば、私ドラムスティック持ってないけど」

「そう言うと思って、はいこれ。私たちからの歓迎の気持ち」

そう言って新品のドラムスティックを渡された。ここまでしてくれるなんて本当に頭が上がらない。というか、ここまでしてもらっていいのだろうか。

「じゃあ、久々なのでちょっと歪かもしれないけど」

そう言って、叩き始める。久々にこのドラムの感触を感じられて私はとても嬉しかった。

「なんか…」

「久々だから仕方ないんだろうけどちょっと微妙だね」

きっしーと唯に少しばかりがっかりされた。個人的には久しぶりにこのドラムと対面できただけでも満足だったが…

「ねえマグ」

岩ちゃんに話しかけられる。私は怒られる覚悟を決めた。

「うん」

「不安な気持ち、本当はまだ残ってるんじゃない?」

「え?」

「顔もそうだけど音聞いててなんか不安そうだなって思った」

「…」

本当にそんなつもりはなかったのだけれど、でもよくよく考えてみれば心のどこかでまたあの時の出来事を繰り返さないかという不安はあった。

「お父さんがそんな姿見たら悲しむよ」

「うっ」

「そうだ、一回叫んでみない?」

「え?」

「叫んだらすっきりすると思うよ」

「で、でもそんなことしたら」

「大丈夫大丈夫。防音壁あるから表には聞こえないし」

そう言って岩ちゃんは叫んだ。私はちょっとビクっとなった。

「ほら、叫んだらすっきりするよ」

さっきの岩ちゃんの叫びで余計に不安が募ったが、このままじっとしてても何も変わらないと思い、息をのんで覚悟を決める。そして

「わあぁぁぁぁぁぁぁ!」

私は大声で叫んだ。そしてその勢いでドラムをたたき始めた。私は叩くことに夢中になってて全く気付かなかったが、あまりの迫力にきっしーと唯はとても驚いていたらしい。私自身も、ここまで爽快な気持ちで叩いたのは、多分ドラム始めて以来だった。本当に気持ちよかった。

「やればできるじゃん、マグ」

岩ちゃんに得意げにそう言われ私はとても嬉しかった。

「私、これからも頑張るよ。より多くの人を笑顔に出来るような、そんなドラマーを目指して」

「うん、一緒に頑張ろう!」

「これからよろしくね」

岩ちゃん、唯ちゃん、そして私の三人で、これから力を合わせて頑張ろう。そう思った。

「そういえば、バンド名聞いてなかったんだけど」

「あ、そうだったね。唯、言ってあげて」

「White Starsだよ」


この、White Starsで!

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