第226話 半年ぶり
これは夢だ。すぐに理解する。
「
「おいおいレオン、いいのかよ。あいつ能力全部上がったぞ?」
「まぁいいよ。ハンデみたいなもんだから」
「おまっ、そんなこと言ってっと……」
頬をぴくぴくさせている彼女は、腰に携えていたレイピアを抜いた。
「あーぁ、怒っちまった」
「別に怒ってないけど? ただそんなに悠長なこと言って大丈夫かなって思っただけ」
たかが模擬戦、されど模擬戦。
負けず嫌いな彼女が反応しないわけがなかった。
「大丈夫だよ。だって、大人になってから勝率変わったし」
「子供の時はレンちゃんの方が負けてたから、今は
「これからどんどん差が開いていくよ」
彼女は白魔法使いながらにも、戦闘面では抜群のセンスがあった。
変則的な身のこなしと、予想外の攻撃。
今までの俺はそれで苦戦を強いられてきたが、最近はそうでもない。
何故なら俺は、彼女の癖を見極めたからだ。
鈍足な攻撃と最速な攻撃を分けた戦いをする彼女は、必ず二撃目が鈍足な攻撃となる。
それはどの場面でも同じで、一度距離を空けて様子を伺ったとしても、その攻撃の癖は変わらない。
「お姉ちゃん、頑張って!」
「えっ? レティナは俺の応援じゃないの?」
「今日は違うよ。お姉ちゃんが勝ってるところが見たいから」
はぁ……レティナはあっちの味方か。
少し落ち込むけど、まぁいいだろう。
「レティナ、お姉ちゃんが勝ってるところ見たいの?」
「うん! 見たい!」
「じゃあ、本気で勝たなきゃね」
姉妹の絆とはなんて美しいのだ。
その絆を打ち破ってしまうのは、少々心が痛む。
だが、それはそれ。これはこれ。
悪役にでもなった気持ちで、彼女を完膚なきまでに負かしてやろう。
「じゃあ……行くよ!」
地面を蹴る音がした。
そして、一瞬のうちに彼女が俺の懐に入っていた。
流石は能力を最大まで上げる補助魔法、
素のマリーと同じくらいか、それ以上の俊敏さがある。
だが、まだまだ俺の反応速度よりは幾分か遅い。
一撃目を防ぎ、二撃目の追撃が来る。
遅い。いつもと同じ癖まだ直ってないみたいだな。
彼女の癖が変わらない理由はもちろんあった。
それは俺がわざと試合を長引かせているからだ。
初手で決着を付ければ、彼女は必ずと言っていいほど自分の癖に気づくだろう。
俺は少し意地悪なので、ずっとそれを秘密にしているというわけだ。
卑怯とは言わせない。
自分で気づくのが自身の成長に繋がる……という言い訳をしてみる。
「くっ!」
わざとらしく苦戦している表情を装い、彼女の二撃目を防ぐ。
防戦一方ではあまりにも不自然なので、俺の方からも攻撃する。
「頑張れー! □□□□」
ふむ。
マリーも彼女の味方か。
たまにはこういうのも悪くは……
「他事考えれる余裕はあるの?」
そう不機嫌そうな彼女から幾重にも繰り出される刺突。
それを何とか全て弾ききる。
「
闇の空間に手を入れ、もう一本剣を取り出した俺は力ずくで彼女を抑え込んだ。
「いつもと同じ展開だね」
「へぇ~、レンちゃんはそう思うんだ?」
にやっと口角を上げた彼女は俺との距離を取った。
ふっ、自分から距離を空けるなんて……少し早いけどここが潮時かな?
次で終わらすか。
対する俺も、思わず口角が上がってしまう。
「レティナ~、マリ~。見てて~。次で終わらすから~」
余裕そうにぶんぶんと手を振る彼女。
そうして、構えを取った彼女は俺を見据え、一足飛びで飛び掛かってきた。
なんだ。
いつもと変わりないじゃないか。
残念な気持ちのまま、俺は胸目掛けて一直線に突いてくる彼女の攻撃を防ごうとした。
が、
「っ!?」
俺の元へ届きそうになるその刃が突然失速する。
と、途端にその刃は俺の胸から顔へと方向転換させた。
せっかく助走をつけたのに、これでは当然威力が落ちる。
少し驚きはしたが、こんなもの俺に通用するはずがない。
そう冷静になりながら、二本の剣で彼女の攻撃を抑え……ようとした。
「なっ!?」
想像よりもずっと重い一撃。
その一撃によって、身体の重心が揺らぎ、剣が大きく弾かれた。
おそらく肩を極限まで伸ばし、威力を高めたのだろう。
もしも俺がこの一撃を防がず避けていれば……なんて考えるが後の祭りだ。
両手を宙に浮かせた俺と、追撃が辛うじてできる彼女。
どちらが早く先に動けるかなんて明白だった。
「っ」
この後の事を想像して、俺は思わず瞼を閉じる。
で、できるだけ痛くしないで……
「いたっ」
ぎゅっと抱きしめられる感覚と共に、無様に背中から倒れた俺は恐る恐る瞳を開ける。
「私の勝ちだね、レンちゃん」
ふ、ふむ。
勝ち誇った表情はいいのだが……これは負けても嫌な気が全く起きないな。
「凄い! お姉ちゃんの勝ち!」
「レオンちゃん相手にやるわねぇ」
「ふふ~ん。凄いでしょ?」
勝敗がついた俺たちの元へみんなが近寄ってくる。
「うん! ねぇ、お姉ちゃん最後のあれって狙ってたの?」
「もちろん。レンちゃん私の癖見抜いてたから」
「気づいてたのか」
「当たり前でしょ。ちなみに最初からわざと同じ癖を見せて、レンちゃんを油断させてたの」
「へぇ~。私も戦い方もっと考えないと」
「おいおい、レオン。おめぇ手抜いてたわけじゃねぇだろうな?」
「抜いてないよ。本気」
「ちっ」
俺が負けた事が気に入らないのか、カルロスが舌打ちをする。
すると、
「カルロス、不機嫌にならないの。ちゃんとレンちゃんは手加減してたよ?」
俺の上に乗ったまま、彼女はそう言った。
「えっ? し、してないよ」
「じゃあ、何で
「そ、それは……その……」
言い淀む俺に彼女は微笑みながら言葉を続ける。
「怪我させたくなかったんでしょ?」
「勘違い……だよ」
「レオン、お前それダメだぞ? 何のための模擬戦だと思ってんだ」
「……」
「確かにそれで勝っても嬉しさが半減するわね」
「レンく~ん?」
皆が皆、俺を責めるような眼差しを送ってくる。
当然の反応だろう。
いくら俺がそう思って戦っていても、負ければただ彼女の尊厳を傷つけるだけ。
蔑みや罵倒は素直に受け入れるつもりである。
でも……なんで今日になって彼女はそう言ってきたんだろう。
今までも闇魔法を使わない模擬戦をしていたのに……
「半減なんてしないよ」
「えっ?」
「嬉しさが半減することなんてない」
そう言った彼女は、何故か幸せそうな表情をして言葉を繋いだ。
「だって、レンちゃんが私を大切に想ってくれてるのが、伝わってくるんだもの。半減なんてするわけないでしょ?」
彼女は負けず嫌いだ。
勝負ごとに関して手加減されたとなれば、むきになるものだと思っていた。
そう思っていたはずなのに……
「……ずるいなぁ」
そんな直球に言われると、恥ずかしくなってくる。
そして、どうしようもない愛しさも込み上げてくる。
「おい、ちょっと待て。俺はいつもレオンにボコボコにされてるんだが……」
「そういう事じゃない?」
「おい、レオン! 嘘だよな? 嘘って言ってくれ!」
頼む、カルロス。
少し黙れ。
手で顔を隠し、カルロスの嘆きを無視する。
俺はそうして火照った顔を冷やした。
「……久しぶりに見たな」
眠りから覚めた俺は、上半身を起こす。
頬を拭ってみるが、涙は出ていないようでホッとする。
でも、ぽっかりと空いた穴は以前と健在だ。
「大丈夫か?」
「えっ、クロエの方が起きてるんだ」
「なんだ、方って」
「……いや、何でもないよ」
すぅすぅと寝息を立てているレティナにそっと触れる。
すると、心が安らいでいく感覚がした。
今までは必ずと言っていいほど、レティナが先に起きていた。
きっと俺の涙を拭いてくれるためにそうしてくれたのだろう。
だが、夢を見なくなって半年ほど。
レティナの寝顔を見ることが多くなった気がする。
「クロエはいつから起きてたの?」
「少し前からだ。それより大丈夫か? お前泣いてたぞ?」
「えっ? でも、泣いた跡なんてないけど」
「私が拭いてやった。感謝しろ」
なるほど。
そりゃ気づかないわけだ。
「ありがとう、俺は大丈夫だよ。少し怖い夢見ただけ」
「お前所々可愛いところあるよなぁ」
「……レティナには秘密にしといて。幻滅させたくないから」
「そんな事で幻滅するはずないと思うぞ?」
「頼む、クロエ」
「お、おお。分かった」
真剣に訴える俺に、クロエは動揺しながらも了承してくれる。
レティナは前よりも明るくなった。
何かを吹っ切ったという感じもするのだが、俺を悩ませていた症状が目に見えて治まっているからだろう。
だから、隠さないといけない。
俺がまだ思い出せない夢を見るということを。
そう決心した俺は、レティナが起きるまで昨日の続きをクロエに話して時間を潰すのであった。
【後編開始】そのパーティーに白魔法使いはいない 涼 隼人 @hayabusa0614
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