第4話 人は安心したいから答えを知りたがる

『一つだけどんな疑問にも答えてあげる』


 なんと質問すればいいのだろう。

 すでに不起訴に終わった事件を掘り返すことはできない。

 真実を知りたい。

 謎を解きたいのは人のエゴ。

 バカ正直に動機を確認するのは躊躇われた。

 なぜ妹に刺殺させたか、なんて聞けるはずがない。

 全ては状況証拠から導いた唯可の推測なのだから。


 だから唯可はずっと気になっていた安心ひかりの供述の不審な点を確認することにした。

 あからさまな嘘。

 あるいは隠喩。

 ミスリード。

 事件を知る誰もが疑問に思うおかしなところ。


「どうしてひかりちゃんはあの男子大学生を『彼氏』などと呼ぶんだ。しかも妹に『奪われた』などと。彼を好きだったわけではあるまい」


「疑問が三つになってますよ?」


「それはすまない。どうして嘘を交えて話すのかを確認したくてね」


 安心ひかりが友達のために件の男子大学生に近づいた。

 目的は復讐。

 いつものように若い少女を物色していた男子大学生を、自ら家庭教師として家に招いたのはわかっている。

 スマートフォンのデータを抜き取ったことからも、それは明らかだ。

 だからと『彼氏』などと呼ぶのはおかしいし、事件を知っていれば不自然でしかない呼び方だ。

 嫌悪感あらわに罵倒しろとは言わないが、楽しげに彼氏と呼ぶ神経がわからない。


「それはですね」


「それは?」


「亜梨沙ちゃんにふざけて『彼氏』って紹介したからです」


「それだけ?」


「はい! そうしたら亜梨沙ちゃんが一瞬彼氏さんを憎々しげに睨んだんです。亜梨沙ちゃんが私以外に興味を持つのは珍しくて」


「……そうか。それで君は」


「妹の願いを叶えてあげるのもお姉ちゃんの務めですからね」


 ニコニコと。

 安心ひかりは言い切った。

 なぜ妹の安心亜梨沙が刺殺事件を起こすことになったのか。


 ◯  ◯  ◯


 帰りの車の中で唯可は一息つく。

 安心ひかりとの会話は疲れた。

 支離滅裂だからではない。

 理路整然と情報が提示されているのに理解しがたいから。

 けれどそういう人材こそ唯可は求めていた。

 まともではない天才ばかりを集めた実験的な学園計画。

 安心ひかりはその一期生にふさわしい。

 そして安心亜梨沙も資格があるだろう。


「……それにしてもまさか妹の亜梨沙の嫉妬心を満たすためにシチュエーションを整えるとはね」


『彼氏』と呼んだら妹が嫉妬して殺意を抱いた。

 自分が復讐するはずの獲物を妹に『奪われた』と言った。

 全て妹の望みを叶えるために。


 狂っている。

 狂っているが納得できて、腑に落ちた。

 安心できた。

 ちゃんと理解できる動機があってよかったと。


「いや……待て。なにかがおかしい」


 そう納得しかけて違和感に襲われた。

 唯可に安心ひかりの情報を提供した警察官のことが思い出される。

 彼も安心していた。

 警察は全てが作為的で怪しい安心ひかりを疑い、調べ上げて、最後はもうこれ以上疑わなくていいと安堵した。

 それでもやはりおかしいと思うから唯可に情報提供したのだ。

 なにがおかしいのかも理解できずに。


「そうか……私は安心させられただけ。納得できる知りたい答えを提示されたから」


 安心ひかりが彼氏と呼んだのは男子大学生が初めてかもしれない。

 けれど同性の恋人ならば以前にもいた。

 安心亜梨沙は姉しか見ていない。

 姉の恋人に嫉妬するのは今回が初めてではないはずだ。

 学校の友人達にも嫉妬していた。

 だから嫉妬心を満たすために刺殺させたのはおかしい。

 それが理由ならばもっと前に殺人事件が起きていないといけない。


「……これが安心ひかりの手口か」


 唯可は警戒していた。

 警戒していたのに思考が誘導されている。


「彼女は本当に面白い生徒になりそうだ」


 ◯  ◯  ◯


 砂浜の波打ち際。

 靴を脱いで、波に足を濡らして歩く。

 こうやって散歩するのが引っ越してからのお気に入りだった。


「次の学校は人里離れた山奥らしいよ。特殊な子供ばかりを集めているんだって」


「……うん」


「面白そうだね」


「ねえお姉ちゃん。私は妹でいいんだよね。捨てないよね」


「どうして不安になっているの? 亜梨沙ちゃん」


 なぜか泣きそうになっている安心亜梨沙の顔を覗き込む。

 そしてそのまま口づけする。


「ん……だって次の学校は全寮制なんだよね? あの人達はどうするの?」


「どうもしないけど」


「……やっぱり捨てるんだね」


「あっ! それで不安になったんだね。安心してよ『ひかりお姉ちゃん』」


 そう呼ばれて安心亜梨沙は顔を引きつらせた。

 幼い頃の虐待が。

 完璧しか許されなかった。

 ヒステリックな母親に罵声を浴びせられ続けたトラウマが刺激された。

 安心亜梨沙が悲鳴を上げる前に安心ひかりが抱きしめる。


「ごめんね亜梨沙ちゃんは『ひかりお姉ちゃん』って呼ばれるの嫌だったもんね。でも安心して。お姉ちゃんは妹を守るもの。妹はお姉ちゃんを慕うもの。だから姉妹は特別なの。『安心ひかり』と『安心亜梨沙』は特別な存在で特別な関係」


「……私こそごめんね。いつもお姉ちゃんを押しつけて」


「ううん。お姉ちゃんでいる方が妹を堪能できるし役得多いというか。でも『安心ひかり』はあの人たちと血の繋がりがあるから。やっぱり捨てるのは不安? 嫌なら今の関係を継続するけど」


「……別にどっちでもいい。お姉ちゃんに捨てられないなら」


「なら安心だね。芹沢唯可さんはいい保護者になってくれそうだし、私達が入学したら二人には海に出てもらおうか。それとも直接殺したい?」


「『安心亜梨沙』はどうなの? 母親はともかく父親とは血の繋がりあるけど」


「ずっと存在を否定されてきたからわからないや。『安心亜梨沙』にとっての家族は泣き虫だけど優しくて妹想いの『安心ひかり』だけだよ」


「『安心ひかり』にとっても家族は抱きしめ返してくれた『安心亜梨沙』だけ」


「……やっぱりあの人達は海に捨てちゃうね。遺伝子検査とかされて亜梨沙ちゃんが『安心ひかり』としてお姉ちゃんにされると困るし」


「その問題もあったね」


 二人が名前と関係性を入れ替えたのはずっと昔の話だ。

 両親を支配下に置く前の話。

 刺殺事件は『安心ひかり』が起こしたもので間違いはない。

 けれど理由は嫉妬ではない。

 二人にとって安心亜梨沙は『姉を慕う守るべき存在』で、姉に近づくものを排斥する存在ではない。


「どうして動機なんか気にするかな」


「納得して安心したいだけ」


「自分勝手だね」


「みんなそう」


「『彼氏』呼びに意味ないのに」


「アレを彼氏呼びは趣味が悪いからやめてほしい」


「だから嫌な顔したんだ。ねえ今まで聞いてなかったけどなぜ殺したの? 亜梨沙ちゃんが襲われたのは私の失敗だけど、亜梨沙ちゃんなら完璧に取り押さえられたよね。私より強いし」


「……安心ひかりって呼ばれたから混乱しちゃってやりすぎちゃった」


「呆れた。アレ……本当に私と間違えて亜梨沙ちゃんを襲ったんだ」


 結局、警察の捜査は全て正しかった。


「新しい学校楽しみだね」


「うん……どんなところだろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

虚言姉妹〜初めてできた彼氏を完璧な妹に奪われて、ケーキバイキングで愚痴っていたら、肉体関係を強要された可哀想な妹が彼氏を刺殺したので、お姉ちゃんは妹のために頑張りました〜 めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定 @megusuri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ