第3話 安心家の内情

「郊外にある全寮制の学園でね。特別な人材を集めているのよ」


「特別な人材ですか?」


 安心ひかりは唯可から視線を外して、すがりついている妹の安心亜梨沙の頭を優しく撫でた。

 まるで自分は平凡で、妹の亜梨沙こそが特別だと主張するように。

 一体どこまでが計算された演技なのだろうか。

 それがわからない。

 本当の顔が見えない。

 唯可は様々な人間を見てきた。色々な子供も見てきた。人物分析には自信がある。

 それなのにここまで素顔がわからない少女は初めてだ。


 接しているとおっとりした面倒見の良いお姉さんに思えるから始末が悪い。

 隠す気がないのか、露悪さは言葉の端々に滲み出ているのに。

 警察から疑われるほどに怪しいのに。


 妹が人を殺したのに動揺する素振りはなかったという。

 面会の際も普段通りお姉ちゃんとして妹と接する姿に、立ち会った警察官は恐怖した。あまりに不自然だったから。


 全てのボタンをかけ違えて服を着ているような気持ち悪さ。


 完璧ではないから怪しくて、完璧ではないから疑えきれなくて、完璧ではないことが許せない。

 相対するとお願いだから完璧に演技してほしいと思ってしまう。

 完璧に一般人として擬態してくれれば違和感を覚えずにすむから。


 妹の安心亜梨沙も特別な人材だろう。

 なにせすでに人を殺している。

 中学一年生にしてガタイのいい男子大学生の首に包丁を突き刺す運動能力は脅威だ。

 もみ合いになり腹部を突き刺したなどではない。

 上から下に突き降ろしたのだ。


 当初、警察は座っているところを刺したのだと考えていた。

 けれど荒れた部屋の様子から違うことがわかった。

 亜梨沙は押し倒されそうになったところを一度は逃れ、部屋から逃げようとして顔面を殴打されて床に転がった。

 男子大学生は威圧するために立ってまま亜梨沙を見下していた。

 床に転がった亜梨沙は開封済みの宅配の箱から、鞘に収めてあった包丁を抜いて、棚を足場に飛び上がり、男子大学生の首筋を刺している。

 だから計画性があったと考えにくい突発的な犯行だと判断された。

 最初から男子大学生を殺す気ならば、もっとやりようがある。


 妹にも入学資格は十分にある。

 こういう子供を集めるための学園といっていい。

 けれど今回は妹の亜梨沙ではない。


 本命は姉の方だ。

 調べれば調べるほど不自然で、接すれば接するほど妖しく、疑えば疑うほどに不安になる。

 唯可は安心ひかりをスカウトしに来ている。

 もっとも亜梨沙の精神状態を考慮すれば、姉妹を引き剥がすことはできないのだが。


「私は二人一緒にうちに来てほしいと誘っているの」


「え? 私もいいんですか? 亜梨沙ちゃんみたいに成績良くないですよ」


「あら十分に成績優秀だと思うけど」


「ありがとうございます。それじゃあ転入の手続きお願いできますか?」


「……ずいぶんあっさり決めるのね」


「今通っている中学校は良いところですけど、亜梨沙ちゃんについて良くない噂が出回ってしまっているので」


「そう……それは良くないわね」


「はい」


 都会の情報に疎い田舎でも今はネット社会だ。

 突然転入してきた美少女姉妹。

 妹は姉にべったり依存しており、目立つことこのうえない。

 少し調べれば刺殺事件のことはすぐに分かるだろう。

 問題が起こらない方がおかしい。

 真っ当な理由に聞こえてしまう。


「でも学校の転入……しかも全寮制よ。ご両親の許可は取らなくていいの?」


「お父さんとお母さんには私から言い聞かせますので」


「…………そう。ではこちらの資料を渡しておくから、ご両親のサインをお願いね」


「わかりました」


 こういうところだ。

 安心ひかりという少女が怖いのは。

 自分が安心家の支配者であることを隠さない。

 すでに現在通っている中学校も支配下に置いている。

 起こるべき問題は起こらなかった。

 人殺しの話は出たがすでに解決されている。安心ひかりは学校の中心にいる人気者で、安心亜梨沙は姉にべったりな少女。

 それなのに現在学校で問題が起こっているかのように主張した。


 前の学校でも安心ひかりの評判はよかった。

 成績優秀で面倒見のいいお姉さんで、男女両方に人気がある。

 妹の亜梨沙の評判はイマイチだった。

 成績優秀だが、姉のひかりへの対抗意識が強いと見られていた。

 テストの点数で張り合い満点を掲げながら「お姉ちゃんはどうして満点取らないの? できるでしょ」と言い放つ姿が、クラスで反感を持たれたのだろう。

 調べて見ると、亜梨沙に勉強を教えていたのは姉のひかりであり、亜梨沙の発言は挑発ではなく純粋な疑問だったと考えられる。

 ひかりは妹の質問に「本番に弱いから」からなどと笑顔で答えていたらしい。

 けれど唯可はわざと満点を取らなかったのだと考えている。


 全教科満点だと角が立つから。

 姉妹揃って満点は目立つから。

 完璧な妹と少し劣る姉。そんなイメージを作るために。


 安心ひかりの真意はわからない。

 満点でないことが怪しくて、満点でないのがおかしいと思われるほど頭脳明晰で、満点をとらないのが安心ひかりだ。

 安心ひかりは完璧を嫌っている。


 唯可は安心家の過去を調べ上げた。

 その結果、すでにひかりの支配下にある母親の影響が浮上した。

 父親は商社務めで稼ぎはいいが、亜梨沙の存在からもわかるように女癖が悪く、家にも寄り付かなかった。

 そんな夫と引き取られた亜梨沙の存在がストレスになったのだろう。


 母親はひかりを虐待し、亜梨沙を育児放棄した。

 ひかりには完璧以外許さず、亜梨沙は存在を否定され続けた。

 亜梨沙の姉への依存と姉と同じものを欲しがる性質はこのときに根付いたのだろう。

 自分を存在を肯定してくれるのは姉のひかりだけ。

 姉のひかりと同じでなければ存在価値がない。

 そんな世界で生きている。


 けれどある時を境に、安心家は良好な家庭に切り替わった。

 女癖の悪かった父親は家庭的に。

 ヒステリックだった母親は穏やかに。

 安心ひかりがなにをしたのか。

 そこまで調べることはできなかった。

 けれど現在安心家の支配者は安心ひかりだ。

 父親も母親も安心ひかりの言いなりで、安心亜梨沙には安心ひかりと同じ境遇が与えられている。


 安心家に踏み込んだ警察も困惑していた。

 姉妹の生活圏だけは生活臭があった。

 でも両親の部屋には生活臭がなく、殺人事件が起き他にも関わらず無関心。

 全て「家のことはひかりに一任しているので」と穏やかな笑顔で言い放つ姿は奇妙を通り越して恐怖だった。

 安心亜梨沙の心神喪失診断も家庭環境が影響している。

 両親ともども、いつから心神喪失状態だったのかはわからないが。


 調べれば調べるほど安心ひかりは黒く思える。

 真っ黒すぎて信じたくなるほどに。

 友達とケーキバイキングに参加していたのが安心亜梨沙で、刺殺事件を起こしたのが安心ひかりである。

 双子トリックだ。

 捜査関係者の中にはそんな妄想を抱き、残されたケーキからDNA鑑定を行う者もいた。

 けれど刺殺事件発生時ケーキバイキングにいたのは間違いなく安心ひかりで、殺害したのは安心亜梨沙だった。

 突発的に。

 男子大学生から襲われる形で。


 だからこそ唯可はわからない。

 目の前の安心ひかりがそんなミスをするだろうか。

 男子大学生を殺したのは間違いなく安心ひかりの意志だ。

 なにごとも完璧に行わない完璧主義者。

 だとしても妹に刺殺させる動機はわからない。

 リスクが大きすぎる。


 そんな唯可を見かねたのか。

 安心ひかりが苦笑した。


「ねえ唯可さん。これからお世話になるし、一つだけどんな疑問にも答えてあげる」

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