4
街の喧騒が、耳鳴りのように響く。
ぐにゃりぐにゃりと歪んだアスファルトの地面は頼りなく、浮かんでいるようにも沈んでいるようにも感じる。自分の『殻』の遥か上空から細い糸で繋がった人形を動かすように、ただ前へ前へと足を機械的に動かしているような、そんな感覚と共に光の洪水が視界を満たした。
街中を彩るイルミネーションだと判るまでに、少し、時間がかかった。
ざあああああっという音と共に車が横を通り過ぎて行く。
行き交う人の顔にはどことなく笑みが浮かんで、幸せそうな日常の光景を垣間見せられている気分になる。
酷く憂鬱で、思わず溜息が漏れた。
世間は相も変わらず浮かれ気味だ。
クリスマスは過ぎ、次は年末だ、正月だと騒いでいる。どうせそれが済めば、次はバレンタインだ、その次は新年度だ、さあゴールデンウィークだと、年柄年中何かの理由をつけては騒々しくするのだろう。それが世間というものだから。
僕も、相も変わらず何もできずにいる。
あの日訪れた教会を、あれから何度も探している。だがそれらしい建物も、跡地も、手掛かりらしいものは何も見つからなかった。
僕が見た幻なのか、それとも、何かが僕に見せた幻なのか。
「自分が嫌になる」
ぼそりと言う僕の肩を、力いっぱい、彼女が叩いた。
「いった……」
「まーーーた性懲りもなく凹んでるんでしょう。今度は何?」
「あの、お願いだから、力加減を…」
情けないけれど、正直にそうお願いする。
彼女というのは、そう、彼女のことだ。ガールフレンドではないのかもしれない。なんだか良くわからないけれど、彼女は僕にとても親切で、とても面倒をよく見てくれる。
よく、叩かれるけれど。
「うるさい、痛いってことは生きてる証拠!」
無茶苦茶な理論を振りかざして、でも彼女はよく笑う。
こんな僕と居て何が楽しいのか、僕にはさっぱりわからない。なぜ一緒に居てくれるのか、なぜ僕に良くしてくれるのか、なぜ、僕の隣でそんなによく笑うのか。
聞いたところで答えはいつも「うるさいなー」のひと言だ。
「ほら、買い物付き合って。まだまだお店回るんだよ!」
「2日に分けない? そんなにいっぱい持てな…」
「わけないっ! まったく軟弱なんだから。荷物持たせようなんて思ってないわよ。自宅に送るから平気よ」
そう言って元気よく歩き出す。
何もできない僕の手を強引に掴んで。
僕の手を掴むその手から、生きた人間の力強い何かが流れ込んでくるような感覚が僕を包む。
僕にはないもの、僕が持ち合わせないもの。
僕と、世界を、繋ぐもの。
街の喧騒も、行き交う人の騒めきも、笑い合う声も、車の音も、店から流れる音楽も、すべての音という音が驚く程に華麗に軽やかに遠のいて、まるで僕を護るように柔らかで静かな空間ができあがる。あれ程ぐにゃぐにゃと頼りなかった地面がしっかりと足を押し返す。じゃりっという、アスファルトを踏みしめる音がする。
僕の手を片手で掴んだまま、彼女はもう片方の手でアイスを口に運んで、コーンごとバリバリと齧っている。さっきは確か……ピタサンドを食べていたような気がするけれど、まあ、良い。
「あのさ…」
意気揚々と歩く彼女に、僕はこう聞いた。
「僕、生きてても……良いのかな」
少し上を向いてコーンの尻尾をポイと口に放り込んで、そのまま、彼女は僕を見上げている。その目が「何言ってんだコイツ」と盛大に言っているように見える。
怒られるかな、叱られるかな、そんな不安で少し挙動不審になった僕に、彼女は意外にも真面目な顔をしてこう言った。
「当たり前でしょ。生きてて良いわよ」
さも当然と言わんばかりに。
誰が僕を認めてくれなくても、彼女だけが、僕を赦す。
何度でも不安に駆られ、何度でも確かめて、その都度、何度でも赦される。
僕が、生きていても良いのだと―――ここに居ても良いのだと。
(了)
告解【完結済】 なごみ游 @nagomi-YU
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