バレンタインデーとあいつ

秋色

Valentine

 明日、学校に行ったら、何て言い訳しようか。さっきからそればかり考えている。


 大体、こんな日にクラスメートの家にゲームしに行くんじゃなかった。いくらポカポカ陽気の春みたいな午後だからって。そう、オレは後悔した。


 本当に後悔した。よりによってバレンタインデーにあんなイケメンの家に行くなんて。小学六年といえ、やっぱ違うんだ。ああいうイケメン男子は。別にアイツ、颯斗はやとが嫌なやつってわけではない。でも颯斗の部屋に行く途中、通り過ぎたキッチンのテーブルに置かれた縞模様の包み。その包みにはピンク色のリボンがかかっていた。


 颯斗のママが言った。「早坂陽毬ってクラスにいるでしょ? そのコがさっき持って来たのよ。バレンタインのチョコレート。開けてみる?」


「開けなくていいよ。適当にどっかに置いといて」


 そんなつれない颯斗の言葉に今日はイラッとしてしまった。なぜなら陽毬はオレの隣の席の女子で、結構仲がいい子だからだ。

 最初に話したのはオレが三角定規を忘れて陽毬に借りた時かな。授業で使う三角定規なのに、すみっコぐらしのファンシーな絵が付いてるやつで、あいつらしかった。美人になるようなコじゃないけど、ほっこりする笑顔がかわいい。

 テレビのストップモーションアニメ……と言うのかな? 人形アニメ? 

「森のプリンス」 

 二人ともその同じ番組のファンで、よく前の日の感想を話し合ったりする。時には「昨日の泣けたね」なんて涙ぐんでる陽毬。そう、アイツは図体がデカいから、デリケートそうには見えないけど、とてもデリケートなんだ。


 いつかの放課後を思い出した。偶然帰り道が一緒になった陽毬とオレ。その日の午後は午前中の晴天がウソみたいに雨がザーザー降り出してた。二人とも「親に言われて傘を持ってきててよかったねー」なんて話してた。

 通学路の横に広がる公園に、ポツンと置き去りにされたサッカーボールが1つ。元々、古くてボロボロだったに違いない。

「誰かが捨てたのかも」とオレ。でも陽毬は「ボールが可哀想」なんて言って、木陰にボールを置き、自分の傘をその上に広げて置いた。まるで花壇のチューリップみたいなピンク色の傘を。

 “どうでもいいけど、これはオレに相合傘で帰れって事かよ?”なんて心の中で呟く自分。でも陽毬はお構いなしに、雨の中を濡れがら自分の家まで走って行った。



 陽毬と特別仲がいいと思っていたのはオレだけなのかな。やっぱ陽毬も普通の女の子みたいに颯斗のようなイケメン男子が好きなのか。でも雨の中を走る陽毬を思い出すと、心は磁石の針が正しい方角を指すみたいに元の位置へ。いや、アイツはやっぱ特別だ。


 颯斗から、「部屋でちょっと待っててくれ。友達に電話してくるから」と言われ、部屋にとり残された。オレはしばらくして部屋を出て行く。


 颯斗の家を出ていく前に、颯斗の母親には「僕は、今日は塾があるのを思い出したので帰ります。颯斗くんに、そう伝えておいて下さい」と言った。


 ちょっとした抵抗。颯斗の家を出ていく前にオレはある秘密の仕掛けをした。緋毬のチョコレートの包みを豪華な応接間の白いグランドピアノの上に置いた。まるであの時のボロボロのサッカーボールがピンク色の傘の下で安らぎの地に引っ越したように。

 今、アイツのチョコの包みも、いきなり日の目をみたような、照れくさそうな笑顔を見せている気がした。

 そして見えない涙の雨の降る中を走って家に向かって走った。



〈Fin〉

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バレンタインデーとあいつ 秋色 @autumn-hue

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