感情チップ
樹結理(きゆり)
事例 A2025,B2020
「ごめん、別れたい」
「な、どうして!? 好きな人でも出来たの!? 私のこと嫌いになったの!?」
男は女に別れを告げ、女は叫び男に縋り付く。
男は忌々しいとばかりに顔を歪め、女を引き離す。
「あぁ、他に好きな人が出来たんだ」
「そ、そんな! ずっと一緒にいるって話してたじゃない!」
「仕方ないだろ。もうお前のことは好きじゃないんだから」
そう言って男は女を置き去りにした。
「ひ、酷い……私は……私は貴方のためだけに生きていたのに……」
「A2025、君の仕事は終わったよ。お疲れ様。リセット完了だ。次の依頼まではメンテナンスを行う」
女の目に光はなく、目は開かれたまま固いベッドの上に寝かされていた。
「どうだ? A2025はまだ使えそうか?」
「うーん、どうかな。ちょっとこれ見てくれよ」
「ん? なんだ?」
技術者らしき二人は女の胸元から取り出したチップを見た。
それは感情をコントロールするチップ。
あらゆる感情をコンピュータ管理され、その時々に応じて自動判別し感情として表に出す。
近年流行り出し、今や当たり前のように世の中に広まった人工知能を持ったアンドロイドだ。
技術は発展し、人間とほとんど同じ、感情もあれば知能もある、食事や排泄もする。なんら人間と変わらないアンドロイド。
しかし昨今はそれが問題となってきている。アンドロイドが人権を主張し出して来たのだ。
アンドロイドは人間を癒すために人間に買われた。
子供として、恋人として、夫婦として、いつまでも離れることのない相手として、人間はアンドロイドに癒しを求めた。
しかし人間は飽きると棄てる生き物だ。目新しかったアンドロイドに夢中となっていたが、今や当たり前になりすぎて、アンドロイドを使い捨てるようになった。
必要がなくなればこうして返品されリセットされる。
女は男に恋人として買われたはずが、こうして返品されリセットされた。
男との記憶を全て失って。しかし……
「なんで感情チップにヒビが入ってるんだ?」
「さぁ……捨てられて傷付いたのかな……」
「はぁ? アンドロイドが? まさか」
そう言いながら笑う。
アンドロイドはそのときの感情で傷付いたとしても、それはプログラムされた感情。人間のように心が傷付くわけではない。
「アンドロイドには本当に心はないんだろうか……」
「おいおい、何言ってんだよ。そんなこと考え出したらこいつらのリセット作業なんか出来なくなるぞ?」
「そう……だよな」
技術者は感情チップを新しいものと交換し、そしてそのヒビ割れたチップは廃棄された。
女はまた新しい男の元へと買われて行った。
「おい、お前またアンドロイド交換したのか?」
「ん? あぁ。だって飽きたんだから仕方ないだろ、ハハ」
「お前な……」
男の周りの友人たちは苦言を呈した。
しかしそんな言葉も男の耳には届かない。新たなアンドロイドを注文していた。
ピンポーン。玄関のチャイムが鳴る。
「お、新しいやつが来たかな?」
玄関を開けると、そこには黒いスーツを来た男が二人立っていた。
「? なんだお前ら」
「君は人工知能不全にて強制回収されることとなった」
「は?」
「君の周りにいる人間たちからの通報だよ。君がアンドロイドである自覚を失くし人間だと思い込んでいる、と」
「はぁ!? 俺はアンドロイドじゃねー! 人間だ!」
「本当にそう思うのか?」
「あ、当たり前だろ! 俺には家族がいる! 子供の頃の記憶もある!」
「本当に?」
「え?」
「本当にそれは君の記憶か? プログラムされた記憶じゃなく?」
「…………」
(俺の記憶……プログラムだって? 子供の頃の記憶が? 本物の記憶じゃなく?)
「君の本来の名前はB2020だ。君は息子が欲しい夫婦の元に買われたアンドロイドだよ」
「!!」
「強制リセットを開始する」
「い、嫌だ! 俺は人間だ! アンドロイドなんかじゃない!!」
男は黒いスーツの男たちに羽交い締めにされ、強制リセットを発動させる端末を突き付けられた。
それが触れた瞬間、男はガクリと力無く崩れ落ち、黒いスーツの男たちに担がれた。
「B2020、強制リセット完了。回収する。夫婦には新たなアンドロイドを代替えで送付します」
黒いスーツの男たちは通信を終えると男の部屋をあとにした。
アンドロイドに感情はあるのだろうか……
人間だと思い込むアンドロイドは人間となにが違うのか……
あなたは自分がアンドロイドではないと言い切れますか……?
感情チップ 樹結理(きゆり) @ki-yu-ri
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