///破/鏡//

空烏 有架(カラクロアリカ)

散らばる破片に映るのは

 これは私が大嫌いだった女の話。



 どこにでもイジメられる人っているけど、あいつはその典型だった。もう奇跡的なくらい何やってもキモいから。

 いつもキョロキョロしてて落ち着きがないし、身だしなみも適当だった。髪はボサボサ、制服も親戚からのお下がりで、サイズ合ってないしヨレヨレ。微妙になんか臭いって、みんな言ってた。

 そういうのがクラスにいるとさ、誰だって不愉快じゃん。


 だから無視してた。私だけじゃない、クラス全員であいつを「存在しない者」として扱った。

 あー、人によっては、ムシャクシャしてるときは軽く殴ったりもしてたかな。まあ先生にバレない程度にね。私は一度も手は出さなかったけど、ほら、そもそも触りたくなかったからさ。

 当然でしょ? まともにしてないほうが悪い。


 なのに……何が一番キモかったって、あいつの私を見る眼。


 私はクラスでっていうか、学年トップでかわいいって言われてた。友だちも多いし、あとこの学校の子なら誰でも知ってるくらい有名な超イケメンの先輩とも付き合ってる、言うなればスクールカースト最上位。みんなのお姫様ってワケ。

 それをさぁ、あいつ、仲良くなれないかな~みたいな眼してこっち見てたんだ。

 ありえないし、こっちはおまえなんか視界にも入れたくないっての。見の程知らずにもほどがある。


 何回か話しかけられたけど、ずっと無視してたらそのうち寄っては来なくなった。

 でも見るのはずっと見てたの。気付いて眼が合うと恥ずかしそうにパッて顔を逸らすんだけど、しばらく経つとまたじっと見ている。本当に気持ちが悪かった。

 マジで思ったよね、死んでくれって。



 高校を卒業して、これで縁が切れたって私は清々してたけど、実際は少し違った。

 あいつはまだ見てたんだ。大学は違ってもキャンパスは同じ市内にあるところに通って、下宿するマンションも隣の部屋で、毎日ずっと私の部屋の物音を聞いてた。

 被害妄想じゃない、全部本当のこと。盗聴器だって仕掛けてた。それどころかベランダ越しに忍び込んで、隠しカメラまで仕込んでたんだから。


 買い物のときもそっと後ろからついてきて、私と同じ物を買って、カメラ越しに同じ料理を作って食べた。

 服もメイクも全部同じ。

 彼氏だけは『同じ物』にはできなかったけど、私に合わせて身だしなみを整えるようにはなったから、適当な男を見つけられた。そして私が部屋で彼とときは、あいつも部屋でそいつと

 私ももう付き合ってる相手は例のイケメン先輩じゃなくなってたけどね。まあそれはどうでもいいか。


 ここまで言えばわかると思う。あいつは私の生活をトレースして、私と同じになろうとしてた。

 私も途中でなんか変だなって気づいて……ああいや、たまたまテレビでストーカー特集を見たんだったかな。それで盗聴器があるかどうか調べましょう、とか言ってたから、ふざけ半分で探してみたら本当に見つかって驚いた。

 怖くてその日は一生懸命物音立てないようにして暮らしたよ。カメラもあるから無駄なのにね。


 すぐ彼氏に相談したら、他にもあるかもって話になって、一緒に部屋中調べてくれた。そしたら五個も六個も出てきたから、もう耐えられなくて泣いちゃった。

 カメラもこのとき見つけられた。結構高くて一台しか買えなかったから、あとはもう残ってるのは盗聴器が一個だけ。といっても、もう一年以上は観察され続けてたから、カメラがなくなったって音でだいたい何してるかわかっちゃうけど。

 でも私はこれで全部なくなったはずだと思って、少しだけ安心してた。

 一応警察にも行ったよ。でも自分たちで盗聴器はあらかた撤去したのもあってか「また何かあったら連絡してください」だって。何かあってからじゃ遅いのに。


 そのあと、しばらくは平和だった。

 けど近くのスーパーで買い物してるときに、見ちゃったんだ。私と同じ髪型で、同じ服を着て、同じ物を買い物かごに入れてる女を。ワケわかんなくてすぐ家に帰ったけど、その女の顔立ちには見覚えを感じていた。

 そして思い出したんだ。高校のとき同級生だった、あいつ――私の中で全部繋がった。盗聴器を仕掛けていたストーカーの正体も、その目的も。

 すぐ彼氏に連絡した。さすがに最初は半信半疑って感じだったけど、私があんまり怯えて泣きじゃくるもんだから、それじゃあしばらく俺んちに泊まれって。


 迷わず彼のとこに行った。それでしばらくは安泰だった。けど、部屋に荷物を取りに戻ると、なんか変なんだ。

 物の配置とか、あとベッドのシワとか、些細だけど前と違ってる感じ。

 というのも当然。じつは私がいない間、あいつは部屋に入り込んで勝手に寝泊まりしてたんだ。もうベランダからじゃない、とっくの昔に合鍵を作ってたから、玄関から堂々とね。


 怖くなったから急いで戻ったら、彼が死んでいた。


 玄関で、仰向けに転がって、お腹に包丁が刺さってた。そう、私そっくりに化けたあいつが私のフリして扉を開けさせて、あとは息絶えるまで十カ所以上も滅多刺しに――警察は十二カ所って言ってたかな、あいつは殺すのに必死だったから数えてなかったけど。

 だってあいつは私を観察し続けるために、私を部屋から連れ出した彼のことが憎かったんだ。いや、そのあとのことを考えたら、もともといつかは殺そうと思っていた。とにかく彼の存在が邪魔だった。


 私は犯人だと思われて警察に連れていかれた。何たって目撃者がいて、私と全く同じ服装の女を見てるんだもの。

 ありえないよ、私じゃなくて、あいつだってのに!



 一応、相談実績ってのがあったからストーカーの話を信じてもらえて、解放はされた。でももうボロボロだった。あいつはまだ捕まってないし、部屋に帰っても落ち着けない。

 もう家族や友だちも頼れない。巻き込んで、彼と同じことになったらって思ったら、怖くて仕方がない。

 どうしようって部屋で震えてたら、玄関チャイムが鳴った。


 あいつが来たんだ。

 私を殺して、なり替わるために。




 ……だから、これは正当防衛なんです。そこに転がってるのがあいつで、私は、私なんだから。



 (了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

///破/鏡// 空烏 有架(カラクロアリカ) @nonentity

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ