転生したら人間でした

明和里苳(Mehr Licht)

エルフの過去世を思い出した平凡男

 僕は田中大颯。大颯と書いてエルフ。大をエルと読ませようとか、母のイカれっぷりも大概だが、これが特に気にも留められないほど、周りはキラキラした同級生で溢れている。まあいい。これが時流ってヤツなんだろう。


 日本の地方都市で、普通に小学生やって、普通に中学生やって、普通に高校生やって。だけど僕には一つだけ、誰にも言えない秘密がある。僕は前世、エルフだった。いわゆる異世界ってところだ。こんなの誰にも言えないし、言ったって信じてもらえない。逆はよく聞くけどね。ファンタジー小説とか。


 しかし、前世がエルフって言っても、こっちでは何のアドバンテージにもならない。長身痩躯で、イケメンで、頭が良くて。それは全て過去のことだ。現在は中肉中背、どこに出しても恥ずかしい量産型陰キャ。そもそもエルフって、みんな引きこもりで陰キャだ。そして長身イケメンって言われても、エルフはみんなそうだから。それから、エルフにモテとかないから。みんな究極の草食系だから。寿命の長さに対して、人口の少なさでお察しだ。


 前世も今世も、平凡オブ平凡。どこを切っても偏差値50の僕だけど、どうしてこんなに残念なのか。自分でもよく分からない。




 前世由来の特殊能力といえば、精霊と会話が出来ることくらいか。あっちと違ってこっちの世界にはあまり精霊がおらず、魔素も乏しいけど、存在しないわけではない。精霊と言えば幻想的に聞こえるが、要は目に見えないエネルギーと呼んだ方がいいだろうか。この力で、人間以外の生物とも、ある程度の意思疎通を図ることができる。しかし、


『雨だ。今日は雨だ』


 下校途中の農道。カエルが、これから雨が降ることを喜んでいる。しかしそれは、雲行きを見れば誰でも分かることだ。その他、


『虫だ!虫が美味ェなァ!』


 カラスが喜んでいる。


『何見てんだよ。あっち行け』


 野良猫が睨んで来る。万事こんな調子だ。彼らの意思を汲み取ることが出来ても、さほどアドバンテージにはならない。あと、オカルト番組なんかを見ていると、時折画面に映っていないものが見える場合もあるけれど、


「亡くなったお祖父様が見守っていらっしゃいますよ…」


 という美談の後ろで、写真のお爺さんが


『アー、ケツかゆい』


 とか言いながら、股引ももひき姿でウロウロしていたりする。人間、肉体を失ってもそうそう人格は変わらないものだ。というわけでまあ、特殊能力があっても、やっぱり僕は残念だってことだ。




 僕は普通に高校を卒業して、普通に大学へ進学した。エルフは知能に優れた種族だと言われているが、特別成績が良いわけでもない。だって、たった18年であんなに勉強を詰め込むなんて。この世界の人間って本当にすごい。


 都会に出ると、いよいよ精霊を見かけなくなった。目に見えないエネルギーを感じ取ることは出来るが、誰も皆一様に疲れ切っていて、エネルギーが枯渇寸前であったり、淀んだりしている。野生生物も、カラスやネズミくらいか。彼らも田舎に比べて殺伐としている。元エルフの僕には、特に居心地の良くない世界だった。


 こんな生活の中じゃ、そりゃあっちの世界を描いた異世界小説が人気が出るのも分かる。こっちはこっちで、便利だし何でもあるけど、向こうは自然豊かで心癒されたよな。あっちに居た時には、あまりに長閑のどかで暇を持て余し、今度はもっと知的好奇心が満たされる人生をと望んだものだ。だけどその結果がこれ。以前の望みはこれ以上ないほど叶えられているのに、人間という奴は(森人エルフもだけど)、無いものねだりな生き物だ。


 とその時、足元に幾何学模様が浮かび上がり、パアアっと輝いた。知ってる。これ、召喚陣だ。魔素の少ないこっちでは作り出すことが出来ないが、あっち側からなら、頑張れば作れないこともない。まるで絵に描いたような展開に戸惑いながら、僕は元居た世界に召喚された。




「おお、勇者よ。よくぞ我らが招きに応じてくれた」


 石造りの広間から謁見室に呼び出され、玉座にはでっぷりと太った王様。一瞬で、「あ、アカンタイプの召喚や」と理解した。王様の話では、世界に魔王の脅威が迫り、異界の勇者にその命運が掛かっているとのこと。んなわきゃーない。


 しかしここで、僕が下手にこの世界の知識を持っていると知られれば、面倒臭いことになりそうだ。僕は無知を装って、「エル」と名乗った。


「では勇者エルよ!世界に平和を取り戻してくれ!」




 謁見が終わり、王宮の中に部屋を与えられる。教育係と呼ばれる監視役が付けられ、早速彼らに都合の良い洗脳と戦闘訓練が始まる。僕は人間に生まれ変わって、すっかり魔力も体力も失ってしまったが、コツは分かってる。精霊とも問題なくコンタクトが取れるし、すぐに勘を取り戻した。


 教育係に「ここはどこか」と聞くと、アベニウス王国だって。知らない。人間ってすぐに離合集散を繰り返して、国を作っては潰し合ってるもんな。彼らに都合よく改変された歴史書を当たると、ここは僕の死後200年の世界。この国は、以前巨大な宗教国家があった場所だけど、あえなく空中分解して勃興した国家の1つ。そして、魔族領に国境を接している。要は、「侵略したいから、あっちの元首を暗殺してちょんまげ」ってことだ。頭が痛い。


 瞬く間に戦闘スキルを身につけ、魔法まで自在に操るポテンシャル。彼らは僕を都合の良いコマとして喜んだ。時折、豪奢なドレスを着飾った姫君が「まあエル様、さすがですわ!」と媚を売りに来たり、「一緒に魔王を倒そうな!」と暑苦しい騎士が馴れ馴れしく握手をして来たり。だけど彼らが、裏で「結婚をチラつかせてこき使おう」とか「アイツが魔王を倒したら、適当なところで背後から切り捨てよう」とか相談してるのは、全部精霊が教えてくれる。本当に、腐った王侯貴族のお手本みたいな奴らだ。




 とりあえず、ある程度魔力を取り戻したところで、かつての古巣に転移。人間が結界を超えて森人の里に現れたことに、里のみんなはひどく警戒したが、


「…祖父じいちゃん?」


 僕の孫で現族長のバルタサールが、魔力を読み取って、僕の正体を理解した。


 僕は死後転生してからのことを、彼らに語った。


大颯エルフだってアハハ!」


「人間にニンゲンって付けるようなもんじゃん!」


「え、あっちじゃ俺らモテモテなの?じゃあ俺もあっちに渡ってみようかな」


「やめとけ。あっちは魔素も少ないし、思ったより窮屈だぞ」


「えー」


 森での生活は、平穏だが退屈だ。森人は、長い寿命を持て余し、刺激に飢えている。外の世界から同胞が帰って来ると、いつもこんな感じだ。特に僕が、異世界から転生して帰って来たとなれば。


 しかし本題はここから。


「またアイツらか。全く、異世界から一般人を召喚とか、懲りねェな」


「最近流行ってんだよな、そんで大体魔王領に攻め入っては、返り討ちにされるのがオチなんだけど」


「毎回適当にあしらって送り返す魔王様って、気苦労が絶えないよな」


「まあ、族長の俺から一報入れとくか」


 僕も族長だったから、魔王様の顔は知っている。森人の僕らよりも長命で、物静かなお方だ。族長とはいえ、100年単位でくじ引きして持ち回りで押し付け合うだけの、異世界あっちで言う町内会長みたいなモンなのに、魔王様はいつも僕らに分け隔てなく接してくれる。人格者だ。


「じゃ、見つからんうちに、そろそろ帰るわ」


「お疲れ〜。またな〜」


 孫との別れもあっさりしたもんだ。僕、一旦死んで異世界から戻って来たんだぞ?ま、下手に泣かれるよりは、いいけどさ。




 その後の展開は、面白くも何ともない。魔王様が差し向けた魔族の方々が、人間に姿を変えて、いとも簡単に王宮へ潜り込み、あっという間に実権を掌握した。人間のまどろっこしい洗脳や、ちゃちな魅了なんかとは違う。視線を合わせただけで、記憶どころか人格すら改竄してしまうヤバい奴。すっかり「改心」した「綺麗な王侯貴族」たちは、それまでの圧政が嘘のように善政を敷き始め、アベニウス王国は瞬く間に発展を遂げた。


 3年後、魔族の方々が王国を引き上げるのと同時に、僕も魔族領に連れて行ってもらった。


「この度は迅速なご助力、感謝致します」


「頭を上げよ、エル殿。…いや、ダーグ殿。久しいな」


 うわ、前世の僕の名前まで覚えてらっしゃる。上司にしたい魔族ナンバーワンだ。彼もこういった事例には慣れていて、洗脳班のマニュアルまであるらしい。だけど、人間の世界は人間の手でやって行くべきだし、干渉は最低限に留めているらしい。まさに上司にしたい魔族ナンバーワンだ。


「して、貴殿はあちらに戻りたいのかな?」


 僕は頷いた。こちらに残ることも考えたけど、今世はあっちでの人生を全うしてみたい。


 そうして僕は、魔王城から元の世界に戻された。召喚に遭った元の場所、元の時間軸にピッタリだ。これが結構難しいんだよね。世界には無数のパラレルワールドが存在するし。アベニウス王国が行った、「誰でもいいから来い」みたいなアバウトな召喚とは、訳が違う。




 その後は何もなかったかのように、いつも通り。ただ、あっちで過ごした3年分の記憶はあるから、魔素の少ないこっちでも、多少の魔法が使えたり、身体強化が使えたり、そんな程度。だけどそれは内緒だ。だってそもそも、田中大颯エルフって名前だけでも大概なのに、異世界に戻って帰って来ましたなんて、冗談にしても程がある。


 これが、僕のささやかな秘密。

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