第5話 神様の独言:Πίστευα ότι θα είχε τελειώσει σε ένα μήνα περίπου.δεν μπορώ να το πιστέψω

「橘君、停まらないで。あなたが停まったら私、どうしたらいいの?」:蝶原柚羽(4256年6ヶ月13日3時間42分1秒)


「分かってるけれど、どうにもならないよ」


「もっと自分を好きになって。そうしたら残り時間が延びるわ」:蝶原柚羽(4256年6ヶ月13日3時間41分32秒)


 無茶だ。

 いかにも簡単なようで、自分を愛するほど難しいものはない。

 まして蝶原さんほど橘陵太じぶんを愛するなんて、とてもできない。僕は自分が大したことないのを知っている。自分を愛するなんて無理だ。


「ごめん、蝶原さん。これが限界みたいだ。本当にごめん」


 ――どうして。


「え……」


 どうしてなの。

 と蝶原さんは言った。


「私はこんなにあなたが好きなのに、どうしてあなたはあなたを好きになってくれないの?」:蝶原柚羽(4256年6ヶ月13日3時間40分44秒)


「…………」


 そうだ。

 それは確かに失礼なことだ。


 彼女がいるのに。

 好きだと言ってくれているのに。

 自分が好きじゃない、なんて。君の目は節穴だと言っているも同然だ。


「蝶原さん」


 世界の謎は解けないが、せめて時間を延ばすんだ。彼女を一人にはできない!


 そのとき不意に、柔らかななにかに包まれた。

 蝶原さんだ。彼女が僕を抱きしめてくれている。


「大好き。大好きなの。自信を持って。昔、私を助けてくれたのはあなた。残り時間の謎を解いたのも、壁の文字を見つけたのもあなた。川辺さんや橋本君が友情を感じたのもあなた。……あなたにとっては何気ないことでも私にとっては本当に嬉しかったことなの!


 私を好きになってくれたのも橘君よ。だから、だから――」


 目の前が蝶原さんしか見えない。


 そうだよな。蝶原さんもそうだし、梨華も僕を好きだからしばらく動けた。橋本だって、あとは任せたと未来を託してくれた。それに僕は蝶原さんを、蝶原柚羽を愛することができた。いま僕の腕の中に彼女を感じられる。だったら。




 僕だって、満更じゃないよな!




 そう思った瞬間だ。




 蝶原さんが顔を上げた。

 理由は分かっている。僕の残り時間はもう切れたはずだ。

 それなのに僕は、まだ動いている! 慌てて教室の掛け鏡を見た。




 橘陵太(9999年11ヶ月30日23時間59分59秒)


 蝶原柚羽(9999年11ヶ月30日23時間59分59秒)




「この数字」


「橘君!」


「蝶原さん! ……自分のこと、好き?」


「好きよ。橘君が愛してくれる自分だもの」


「蝶原さん。僕も、……僕もだ!!」


 自分のことも蝶原さんのことも。

 大好きだ! 心からそう思えた――

 心から――


「ひとりになんかするもんか。ずっと、ずっと一緒だ。蝶原さん!」







 ……。







 はっ。

 顔を上げる。


 教室中がざわついていた。

 橋本が「戻ったのか」とつぶやき、梨華が「灰色の壁がなくなってる~」と叫ぶ。一瞬で停まったサッカー部の連中は、梨華たちに怪訝そうな顔を向けている。彼らには時間停止の自覚がないらしい。


 夢じゃなかった。

 僕は確かに、あの世界にいたんだ。

 ということは――


柚羽ゆずは!」


 彼女の席に顔を向ける。

 柚羽はそこにいた。

 僕の隣の席に。


「陵太、蝶原さん。えっと、何日ぶり? どうやって元に戻ってきたの~?」


 前の席にいる梨華が尋ねてくる。

 僕らは照れて笑った。


「1万年経ったら、元に戻ったよ」


「はっ!?」


 梨華が唖然とする。

 僕らはまた笑った。




 あの残り時間カウンターは、恐らく限界を突破したせいだろう。あれからアップもダウンもせず、実に約1万年の時を刻んだ。


 その間、僕と柚羽は二人でイチャラブしていた。

 約1万年、ずっと!


 もちろん溺愛し合っていただけじゃない。

 僕らは図書室の本を駆使して、例の壁に書かれた謎の文字を解読した。

 結論から言えば、あれはギリシャ語だった。そしてこう書かれていた。


【Αυτό είναι ένα κόλπο του Θεού και ο κόσμος θα επιστρέψει στην κανονικότητα του χρόνου.】(これは神のいたずらで、残り時間がなくなれば世界は正常に戻る)


 いたずらかよ。

 ふざけんな神様。


 と腹が立ったのも束の間、僕らはすぐに喜んだ。

 なぜって、大好きな人と約1万年も二人きりで過ごせるからさ!

 梨華たちが元に戻ると分かったのも良かった!


 学校のあちこちで叫び声が聞こえた。停まっていた人とそうでない人との間で、悶着が起きているようだ。とにかく世界は戻ったのだ。


「1万年も一緒にいたって。じゃあこれから二人はどうするの?」


 梨華の質問に、僕は笑顔で答える。


「世界が戻ったのなら、まず僕らがやることはひとつだ」


 灰色の壁はもうなくなった。

 だから。


「「海を見にいこう!」」


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それは人類史上最長の学園溺愛ラブコメディ 須崎正太郎 @suzaki_shotaro

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