コックピット
みこ
コックピット
ドゥン!
ハヤトが照準を合わせ、右レバーについているボタンを押す。
するとすかさず、目の前の“敵”が大きな炎を上げて爆発した。
ボンッ……!
「うしっ!」
声に出す。
「俺、流石じゃん」
一人用のコックピット。
他に人がいない場所なら、そんな独り言も許される。
そんな気がして言ったのに。
「一機やっただけじゃんか」
そんな声と共に、チームメンバーである4人みんなの顔が、通信機能を使って目の前に映し出される。
「なっ!聞いてんなよな」
「勝手に聞こえてくるんだっつーの。ハヤト、独り言でかすぎ」
「そういうカイこそ、こないだすっげーうるっさかったじゃん!」
そんなつまらない言い合いをしていると、全員のコックピットに通信が入った。
「今回の作戦は終わりだ。これより帰還行動に入る」
帰還行動と言われ、それぞれがおとなしくなった。通信が切れる。
しっかりと椅子に背をつけて、どのスイッチもいじらない様に。
そうしながら、簡素な岩山の景色だけが映る画面を見ていると、段々と景色は遠くに去って行く。
ハヤトが乗っているロボットが、自動操縦で後ろへ下がっているのだ。
と言っても、これは”演出“に過ぎない。
特に、この最後の帰還部分には揺れる演出は付いていないから、静かに流れて行く映像を眺めるだけだ。
数分かけて“基地”の中に入っていく映像を眺め終わると、コックピットの後ろ側にあるドアが自動で開く。
ガシュン、と大きな空気が抜ける様な音と共にコックピットの外に出ると、そこは広い事務室のような場所だった。
そしてそこには、丸くて大きい、本格的なコックピットゲーム『トライアーズ』が5台置いてある。
まだ仮だというちょっとダサいロボットイラストの下に、ゲーセンでよくあるボタンの説明書きやコイン投入口などが付いている。
同じくコックピットから出てきたさっきのチームメンバーと顔を合わせた。
「ハヤト〜!やったじゃん!」
ちびのエーコがタックルをかましてくる。
「だっろ〜」
はしゃぐハヤト達に声をかけてきたのは、その事務室でパソコンやら何やらと向かい合っている数人の大人の一人、カタギリさんだ。
カタギリさんは、チームとこのプロジェクトの連絡役をやってくれている。
このプロジェクト、というのは、ゲーム大会で勝ち残ったハヤト達5人が賞品として参加している、この『トライアーズ』の試乗の事だ。
つまり、このゲームはまだ市場に出ていないのである。
「いいデータが取れたよ。これで、CPのレベル設定も上手くいきそうだ」
そんな風に、新作ゲーム試乗会は、ハヤト、カイ、エーコ、それにアキヒロとタクヤの学生ばかりの5人で、2週間泊まり込みの予定で順調に進められていた。
その時までは。
ドゴン……!!!!
その日、カイの機体が、すごい音を立てて爆発した。
「カイ!!」
「や……られ……っ」
リアルにも、通信は途切れ途切れのまま、カイの機体が自動操縦で基地へ下げられていく。
「はーあ、カイが一番先にゲームオーバーかぁ」
タクヤがつまらなそうに言う。
「ここは4人で乗り切る!」
アキヒロが気合を入れた。
そこからは、その日は順調だった。
順調に敵を倒し、順調に基地へと戻る。
「今日は夕食のときに、カイをなぐさめてあげよ?」
そんな事を言っていたのに、コックピットを出ると、カイはもうそこには居なかった。
「帰ってしまったよ」
「え?」
カタギリさんの言葉に、ハヤト達は、理解不能だという顔をした。
「帰ったって……僕らに何も言わずに?」
「ああ。言い忘れてたかな?この試乗会は、一度ゲームオーバーになるとそこまでなんだ。レベル1まで落ちて、データが取れなくなってしまうからね。
カイくんも、恥ずかしくなって挨拶もせずに帰ってしまったんだろうね」
「あいつ……」
連絡先も聞いてないっていうのに。
まあ、大会の名前は覚えているから、アカウント名で辿ればなんとかなるか……。
「それにしたって、ちょっと薄情なんじゃない?」
タクヤは、憤りを感じているみたいだった。
「これから誰が落ちても、恨みっこなし。必ず最後に最後に打ち上げしよ?」
おかしいと思ったのは次の日だった。
タクヤの機体が爆破され、戦闘不能になった後、コックピットから出たハヤト達が、タクヤにも会えなかったからだ。
「なんかちょっと……おかしくね?」
少し震える声で、アキヒロが言う。
けど、アキヒロの声が震えている理由は、もっと別の所にあった。
「俺…………見たんだ。
直、前に……、タクヤと動画通信しててさ。撃たれた瞬間…………」
アキヒロの顔は真っ青だった。
「撃たれたタクヤが…………、画面に映って…………。血が飛んで。真っ赤で。頭……っ。目も…………」
「は?」
ハヤトとエーコは、まさか、と思う。
何かの冗談に決まってる。
冗談じゃなければなんなんだと思う。
けど、ハヤトはその事についてもっときっちり考えて置くべきだったと思った。
翌日、アキヒロがまるで自殺するように、敵に飛び込んで行った。
「アキヒロ!!やめろ!!」
「ごめ……ん。ハヤト…………」
敵の機体に飛びつくように腕を突き刺したまま、アキヒロは爆破した。
「なんで……っ」
頭の中を昨日の話が巡る。
画面に……?
だって、そんな事。
その時、見たような気がした。
アキヒロの機体から飛び出す、見慣れた丸いコックピット。
そして、相手の機体から飛び出してきた、見慣れた丸いコックピットだ。
「…………」
呆然としていると、耳に、
「や、やだっ!離して!」
と声が入ってきた。
慌てて振り向く。
「エーコ!!」
エーコの少し丸みを帯びた機体の脚は、敵の機体の腕に絡め取られていた。
「離せ!!」
機体で直接、敵の腕を踏んだ。
「離せ!!離せ!!」
ガン!!ガン!!
その衝撃と共に、コックピットに今まで感じた事のない衝撃を感じた。
今まで、すごい再現能力だと思っていた。
その衝撃。感触。
まさか!!まさか!!
頭の中で反芻する。
目の端に、敵がこちらを狙ってきているのに気付き、機体ごとエーコの機体に飛びついた。
「エーコ!!」
「ハヤト!!!!」
ガシュン!!!!
その時、静寂に包まれた。
画像は映っている。
いつもの、岩山ばかりのフィールド。
青い空。
どうやら、音声だけが切れてしまったようだった。
ゴン!
すごい揺らぎと共に、ハヤトのコックピットが落ちる。
横になり、過ぎ去っていく景色と。
ガツン!!
強い衝撃。
「な……んで、コックピットがこんなにリアルに転がるんだよ……。危ないよ……」
通信を入れようとしたけれど、音声関連は全て壊れてしまったらしく、雑音すら入らない。
けど、外に出ればいつもの事務室のはずだ。
ハヤトは、後ろを向き、コックピットのドアをなぞった。
「……?
取手とか、ないの?」
苦しさのあまり、笑いが込み上げてくる。
「は……はは。嘘だろ、こんなの。
カタギリさん!モニターしてるんだろ!!?」
ドアを叩くけれど、分厚い鉄板のようなドアは、うんともすんとも言わなかった。
その代わり、丸いコックピットが、またぐらりと揺れた。
「うわっ」
その衝撃で、大きく空気の抜けるような音がして、ドアが少し開いた。
ホッとしたのも束の間。
鼻をくすぐる砂埃の匂いと。
吹き込む砂まみれの風。
「やめてくれよ。こんなの」
それが、ハヤトが知ってしまったこの『トライアーズ』の秘密だった。
それから、数分後にズルズルとコックピットごと引っ張られ、やっと再会したカタギリさんは、何か言っていたけれど、もう覚えていない。
ただ、包帯を巻き、ベッドに寝かされたハヤトが眺める窓の外には、青い空が見えた。
コックピット みこ @mikoto_chan
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