前世で殺めた人を好きになってしまった

櫻月そら

前世で殺めた人を好きになってしまった

 俺は前世の記憶を持っている。

 幼いときは、これが何か分からなかった。

 血生臭い、幼児には刺激が強すぎる光景が、昼夜を問わず、映画のように頭の中で流れ続ける。


 成長するにつれて、これは妄想ではないかとも思うようになった。

 しかし、毎夜のように夢に見るそれは、あまりにもリアルで――。


 高校生になっても、あの夢は続いている。

 決して気分の良い内容ではないため、常に寝不足気味だ。

 入学式で思わずあくびをすると、数列前に座っている女子が振り向いた。


 彼女だ――。


 夢に出てくる女性が、彼女だとすぐに分かった。俺が前世で殺めた、隠れキリシタンの姫君。


 烏の濡羽色の髪、陶器のような肌に長いまつげ。殺してしまうのが惜しいくらい美しい姫だった。

 そして彼女は最期の瞬間まで、うめき声ひとつ上げずに気高く散っていった。

 その尊い姿を目にして、手にかけた自分のほうが地獄に堕ちるのではないかとさえ思った。


 彼女の首が晒されるのは耐えられないと思い、とっさに抱きかかえて城を抜け出した。

 そして、景色が美しく、人目につかない竹林の奥深くに亡骸なきがらを埋葬する。


 夢はいつも、ここで終わる。


 そして今、あの女性ひとが目の前にいる。

 現世いまの彼女の容姿も可愛らしいとは思うが、当時のものとは少し異なる。


 腰まであった艷やかな黒髪は、肩に付くくらいの長さに。

 意志の強さを表したように切れ長だった瞳は、ほんの少しだけ柔らかく丸みを帯び、おっとりとした印象だ。


 しかし、魂が反応するとでもいうのだろうか。一目で彼女だと確信した。

 

 視線が合うと、彼女は驚いたような表情をして顔を背けた。


(まさか、向こうも……?)


 夢はいつも自分の視点で流れるため、自分の姿が当時と似ているのか、まったくの別人なのかは判断がつかない。

 ただ、声は変わっていない。声が同じだということは骨格が似ているはずだ。髪も染めていない。

 彼女の目には、当時の姿が映っているのだろうか? しかし、現状では確かめるすべはない。


 そして、幸か不幸か何の導きか、彼女とは同じクラスになり、席まで隣になってしまった。


(何か話したい。でも、何を話せば……)


「……賛美歌、好き?」

「は?」


 突拍子もない俺の問いかけに、周囲が少しざわついた。無理もない。初対面の女子に振る話題ではないだろう。

 しまった……、と自分でも思ったが、口が勝手に動いてしまったのだから仕方ない。


「……ステンドグラスは好き」


 額に手を当てて、うなだれる俺に向かって、彼女は小さな声でそう呟いた。

 それは、まるで、数百年前の出来事……、前世の記憶についてのヒントを彼女が与えてくれたようにも感じた。


 高校生活はそんな始まりだったが、現代の学生らしく、テストに体育祭、文化祭などの思い出をクラスメイトとして彼女と一緒に重ねていく。


 そして、進級しても彼女とは同じクラスだった。今年は修学旅行もある。

 運命のいたずらが続くかのように、行き先は長崎だ。コースには、大浦天主堂も組み込まれている。


 彼女と同じグループになれたのは嬉しいが、場所が場所だ。しおりを見ながら、嫌な汗が自然と吹き出す。


「修学旅行、楽しみね。長崎に行けるの、嬉しいな」

「そうだな……」

 

 彼女とは、クラスメイトとして特に問題なく交流している。おそらく、今の言葉も他意はないと思う。

 ただ、彼女が本当に前世の記憶を持っているのなら、その限りではないかもしれない。


「……俺は長崎ちゃんぽん食べてみたいかな」

「食い気ばっかりね」


 そう言いながら、彼女はくすくすと笑った。


「私は……、アイスクリンが食べたいな」

「そっちも人のこと言えないだろ」

「そうだね」


 彼女の相づちを最後に、会話はそこで途切れた。



 そして、あっという間に修学旅行の出発の日になり、現地でも滞りなく日程は進んでいく。


 大浦天主堂を訪れる日は、どこか彼女は朝からぼんやりしているように見えた。


(やっぱり、この子も……)


 彼女は、前世の記憶に繋がるようにも受け取れる言葉をときどき口にする。しかし、決定打になるようなことは言わない。お互いに。


 天主堂の受付けを通って、礼拝堂の中に入ると荘厳な空気に圧倒される。

 椅子に腰掛けて、しばらくすると、彼女は声も出さずに涙を流していた。


「……どうした?」


 この言葉をかけるのには勇気がいった。


「ちょっと、感動しただけ……」

「そうか」


 それ以上の言葉が見つからず、ポケットティッシュを差し出すと、ありがとう、と彼女は涙を流しながら微笑んだ。


「……ありがとう」


 ささやくように、彼女が二度目の礼を言う。


「ティッシュくらいで大げさな」

「ううん。本当にありがとう。すごく……、すごく嬉しかった」


 心臓がドクンと大きく脈打つ。


(違う。ティッシュのことじゃない)


 あの時の……、前世でのことを言っているのではないかと、今までの会話のなかで一番強く感じた。


 しかし、俺に殺された彼女が礼を言うことがあるとすれば、遺体を傷つけられないように隠したことくらいだ。

 むしろ、恨み言をぶつけられるほうが自然ではないか。


 拳を握りしめた俺の汗ばんだ手に、彼女の小さな手が重なった。


「本当にありがとう」

「何回、言うの。それに……、あれは礼を言われるようなことじゃない。むしろ――」


 話の途中で、彼女は自分の唇に人差し指を当てて、しぃーと吐息だけで俺の言葉を遮り、瞳を細めた。


「もう、いいの」


 その言葉に、俺は何も返せなかった。



 修学旅行から帰ると、部活にテストにと、いつもの日常がまた始まった。


 変わったことといえば、進学について本格的に考え始めたことと、彼女が俺の恋人になったことくらいだ。


 あの礼拝堂の一件のあと、どちらからともなく好意を告げて、付き合い始めた。

 しかし、どちらも、いまだに前世の記憶については触れていない。


 十中八九、彼女も前世の記憶を持っている、とは思う。

「あれは礼を言われるようなことじゃない」という俺の言葉に対して、彼女は「もう、いいの」と言った。

 記憶がなければ、会話の内容が噛み合わないはずだ。


 しかし、もし違った時、変な奴だと思われても困る。現世での、今の関係を壊したくない。

 そんなふうに悩みながらも、彼女とは記憶を共有しているに違いないと、どこか確信している自分もいる。


 もし、本当に彼女が前世の記憶を持っていたとして――、俺が遺体を隠した理由を彼女は分かっているのだろうか。


 それから、俺が一番知りたいことは、たとえ前世であっても、自分を殺した相手を恋人にしようと決めた理由だ。


 時の流れや、彼女の慈悲で赦してくれたのだとしても、果たして恋愛感情を抱くことはできるのだろうか。


 どの答えも、互いの胸の中にしかない。

 いつか、それを語り合う日が来るのか、それとも墓まで持っていくのか――。


 どちらにしろ、今生では、彼女と同じ墓に入りたいと思うほど惚れてしまっていることは、今はまだ秘密にしておこう。

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