第8話

 三浦は佐野が発見された現場検証を行っていた。

 酒を飲みながら仕事をしていたが飲み過ぎてしまい、トイレに入ったつもりが冷凍室だった。


 誰が見てもそのような状況であり、他殺の証拠もなかった。監視カメラは設置されてはいたが、佐野が作業していた場所にはなかったので、何も映し出されていない。


 しかし三浦は、三島、南部、佐野が死んだのは偶然ではなく、佐々木亮司の仕業だと考えていた。だが何も証拠は無く手掛かりもない。まるで風が通り過ぎただけの状態だ。


「三浦さん? どうかしましたか?」

「いや」


 元村は何か言いたげな顔で三浦をじっと見ているので、声を掛けてみた。


「どうかしたか? 元村」

「三浦さんも、不思議に思っているんですよね? 本当にこの三人の死が偶然の事故死なのか」


 三浦は何も言わない。天罰だと言えばそれもあるかもしれない。何も無い以上、思っていても口に出すのを躊躇われた。しかし元村は話しを聞いて欲しいのか、待っても返事がないので痺れを切らしたのか、話しを続ける。


「俺は、もし自分の考えている事が三浦さんと同じなら、このまま全てを事故死、不慮の事故でいいと思うんです。あんな殺され方をしたにも関わらず、逮捕までは至たない。分ってはいるんです。自分は刑事なんで仕事をしなければいけない。でも証拠も手掛かりもない。だからこれは事故死で良いんだと」


 元村は冷凍室から出され、地面に横たわる佐野をぼんやりと見ながら、自分を納得させるように話している。


 三浦も気持ちは同じだった。もしかすれば、もっと探りを入れれば何か出てくるかも知れない。だがそんな気にはなれなかったのだ。あの被害者はただ道を歩いていただけなのに、あんな惨い殺され方をした。


 運が悪いと言えばそれまでだが、はたして自分が同じ立場になった時に受け入れる事が出来るだろうかと、三浦は考える。それに現場には何も手掛かりが無い。


 目撃証言も曖昧。三浦も元村と同じだった。全ては不慮の事故であり、天罰なのだと。


「元村、やはり事故死のようだし俺は先に帰る事にする」

「はい」

「それと深く考えるな」


 三浦は乗ってきた車に乗り込むと、ポケットに突っ込んであった名刺を取り出し、書かれている番号に電話を掛けた。

 三十分後、三浦は佐々木亮司と待ち合わせ場所、あの事件現場に立っていた。


「おまたせしました。三浦さん」

「いえ」


 幹線道路脇にある歩道の脇には、真新しい花が献花されている。静かに手を合わせている背後から、佐々木亮司がやってきた。


「ありがとうございます。手を合わせて下さって」

「いえ、こちらこそ大変申し訳ありません」


 佐々木は献花の前にしゃがみ、長い間手を合わせ始めた。彼は弟とその彼女に今、何の報告をしているのだろうか。仇を取った事だろうか。しゃがんでいる彼の背中が、心なしか小さく見えていた。


 佐々木は立ち上がるのを合図に、三浦は話しを始める。


「佐々木さん、弟さんを殺したと思われる三人ですが、全員不慮の事故で無くなりました」


 彼は驚きもせず、三浦の方をじっと見ている。そして一息大きくだした。


「そうですか……実は、知り合いの刑事から情報は聞いました。彼らは法によって裁かれるべきだったのでしょうが、神様が代わって罰を下したのかもしれませんね」


 佐々木のいい分は、いかにも弁護士という言い回しだ。


「本当に神様なんでしょうか」

「どう言う事ですか?」

「ただあまりにも偶然すぎるとは思いませんか?」

「そうですね。ですが人の生死など、誰にもわからない。実際、弟もそうでした」


 その答えは、当事者にしか分からない重みがあった。


「三浦さんは、私の事を疑っているんですか?」

「さあ、どうでしょうか」


 彼は三浦を見る事なく、川のように流れて行く車をただじっと見ている。三浦は続けた。


「だが私は、殺しだと思っている。それも完璧な手口の。だが物的証拠もなければ目撃者もいない。しかし事故死と処理された以上、私もこれ以上は追うつもりはありません。ただ最後にあなたに会っておきたいと思ったので」

「そうですか。三浦さん、私はね今回の事でつくづく思ったんです。自分は被害者の辛い気持ちを分からないなりにも、理解していると。だが全くそうでは無かった。そして弁護士という仕事に対してさえも罪に思えるんですよ。なぜなら少なからず私は、犯罪者を助けていたのですから。ですから二年後には検事の試験を受ける予定です。もし私が検事になれば、またお会いするかもしれませんね」


 三浦に向けられた彼の顔は、能面のような笑みを浮かべている。その笑顔に三浦の背中に氷水が数滴落ちてきたような身ぶるいおこった。


「そうですか……検事に。その時はお願いしますよ。では」

「では」


 三浦は自分から呼びだしたにも関わらず、その場から逃げるように去った。


 残された佐々木亮司は、小さくなっていく三浦の背中を見つめながら、クライアントに電話をかけ始めた。幹線道路の昼間の歩道を歩く者はおらず、ましてや車の川の畔に立つ彼に興味など持つ者はいなかった。彼は風が吹く方向に向かって歩き出した。


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過ぎ行く風 安土朝顔🌹 @akatuki2430

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