第7話
佐々木はジャンクフードが苦手なため、油の匂いが少し苦痛ではあった。しかし元治が受けた苦痛、恐怖を考えると、蚊に咬まれた程度にすぎない。
佐々木はコーヒーを注文し、新聞や本を読みながら時間をつぶしていた。そしてその日がやってきた。
冷たい雨が朝から降続き、空にずっと灰色の雲が居座っていた佐々木はビルから出てきた人物が街灯に照らされ南部だと分かると、コーヒーを捨て、荷物を持って直ぐに店を出る。そして透明のビニール傘をさす南部の肩を叩いた。
「南部さん?」
「ああ? お前誰だよ」
威嚇しながら佐々木の品定めをするように、足から頭頂部までを南部は舐めるように見てきた。
「私、弁護士をしている者でして実は、佐野さんの後ろの方にあなたの事を頼まれまして」
南部は事件で自分に何かあった場合の為に、佐野が気を利かしてくれたと思ったらしい。直ぐに笑顔になり馴れ馴れしく彼に話しかけてきた。
「いやあ、まじっすか? 有難いっすよ」
「今後の為に少しお話でもどうすか?」
佐々木は用意していた酒を見せ、南部を誘った。
「気が利くじゃないですか!」
「いい場所を知っているんで、飲みながらでも歩きましょう」
「いやあ、いい先生っすね。行きましょう行きましょう!」
彼はまず小さめの瓶に入った焼酎を渡し、瓶が空くと同じくらいの大きさの日本酒を渡してやった。飲んでいる酒が空になると、新しい酒の容器を渡し、空瓶はゴミ箱に捨てる。
それを何度か繰り返してくと、彼があらかじめ目星を付けていた場所に就く頃には、真っ直ぐに歩けなくなった南部が出来上がった。
佐々木が時間を見ると二十二時を過ぎている。彼が連れてきた場所は鉄橋で、夜になると人も車もほとんど通らない場所だった。
以前に、この付近の飲食店店主に、遺産の手続きを依頼され、何度か行き来していたので、思いついた場所だった。
雨が降っている為、尚の事人の姿も車も無かった。橋の下は雨で増水した川が泥水色になって激しく流れている。そこへ足元がおぼつかない南部を投げ入れるのは、簡単な事だった。
よろけながら橋に凭れる南部を下から掬うように持ち上げると、呆気なく下の川に飲み込まれた。それはほんの数秒の出来事だった。そのあと彼は、今までそこまで一人でいたかのように、また歩きだした。
そして佐々木は今、佐野が出入りしている倉庫へ来ていた。
佐野は事務所が経営する焼き肉店の肉を毎晩、倉庫から運搬する作業をしていた。作業はいつも午前零時前後にしており、倉庫の従業員も帰っていない。彼は倉庫で作業をしている佐野を訪ねた。
「すみません」
検品でもしていたのか、バインダーとペンを持ちながら、積み上げられた段ボールの間から姿を現す。
「佐野さんでしょうか?」
「ええ」
佐野は他の二人とは違い、まだ社会常識は持ち合わせているようだ。
「実は以前、佐野さんが巻き込まれた事件の事でお話をおききしたいのですが……」
事件と聞いて、佐野の目がつり上がった。そこで尽かさず彼は話した。
「あ、いえ、大した事では無いんです。佐野さんを疑っている訳でもないので。ただこちらも仕事でして、数分だけお時間を頂けますか?」
佐々木は手土産に持って来た少し高めの酒を佐野に見せつける。すると佐野も疑っていないという言葉に安心したのか、倉庫の隅に置かれたパイプ椅子に促され、二人は座って話す事になった。
「これをどうぞ。お酒が好きだと聞いてたので」
「おお! すみません」
「いえ、こちらが突然お邪魔したので」
「で? 聞きたい事って?」
「ああ、それよりお酒、どうですか? 体を少し温めてから」
「そうっすね」
と言い、焼酎の瓶を開けた。
「俺、酒が好きなんですよ。マジ有難いです」
「よかった。喜んでもらえて」
佐々木は勧められても酒は飲まず、そのまま瓶で佐野が酒を飲み始めた。
彼は目の前にいる佐野の首を絞めようかと思ったが、悪までも事故死でなければならない。酒を飲ませながら佐野を良い気分にさせ、持ってきた中瓶の中が三分の一になった頃に、警察に依頼され訪ねてきたと告げた。
「いやあ、有難い」
既に酔って思考が働いていないらしい。それか元々、知識がないのか彼には判断しかねたが、すでにまともに考えられていないのだと感じ取った。
「すみません。トイレ行ってきます」
佐野、冷えた倉庫で酒を飲み続けた為、トイレに行こうとするので、佐々木は真っ直ぐに歩けない彼を補助する形で付いて行った。
倉庫のすぐ裏には肉を冷凍保存している場所があり、彼はそこに佐野を連れて行った。
「佐野さん、鍵、開けて下さい」
「はいはい~」
ポケットから鍵を取り出し、冷凍倉庫の鍵が開くと、佐野はそこをトイレだと思い込み、中に入って行った。冷凍倉庫の入り口は、鉄のレバーを上に上げて開けるようになっている。佐々木は倉庫の奥の方まで佐野を連れて行くと、そこに座らすように置いた。
彼は床に座り込んだ佐野から、液体が漏れ出して来ているのを目にして倉庫を出た。レバーはギリギリ壁に掛かる位まで下し、開かない様に細工をする。中途半端に上げたレバーのドアがしまった振動で、数センチずれてもおかしくは無いだろう。彼はそう考えたのだ。
だが酒で潰れた佐野は、この扉が開閉できるようにしていても、凍死するだろうと思っていた。酒を飲んでトイレに向かった佐野が、間違って冷凍室に入った。漏らした尿がそう証言してくれる。
彼は全てをやり終えると、暖かくなりつつある風が、後押しするかのようにその場を去った。
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