第6話

 だが反対に金、通り魔的暴行、己の欲のためだけに人を殺した人間の弁護に当たってしまった場合は、気が重く、弁護をするモチベーションも低かった。佐々木はそのような場合、力を入れずに弁護をしていた。

 そんな弁護士であった佐々木亮司にむかって弟の元治はこう言ったのだ。


「兄さんのように人の役に立ちたい。誰かを助ける事を仕事にしたい」


 瞳を輝かせて亮司に言って来た時は、自分の仕事に対する姿勢を恥ずかしく思えた。

 弟とは八歳離れており、元治は兄を慕っていたし、亮司も年の離れた弟が可愛かった。


 小さい頃は、家でよく遊んでやり、勉強も教えてやった。大事な可愛い弟だった。

 勉強を頑張り薬学を学び、晴れて社会人になった時には、腕時計をプレゼントされた。


 亮司は本来なら自分が弟に贈るものだ、それは元治が持てばいいと受け取りを拒否したのだが「小さい頃から勉強を見てもらったり、色々と相談にも乗ってくれ、就職活動の時も情報をくれたりしただろ? 兄さん仕事で忙しいのにさ。だから感謝の気持ち。受け取って貰わないと困る」


 佐々木亮司にしては大した事ではなかったのだが、弟がそこまで言うのであれば、受け取らないのも失礼になる。


「ありがとうな、元治」


 そう言って頭を撫でてやると、「もう子供じゃないんだからさ」と照れくさそうにしていた弟を思い出していた。


 元治も仕事に就き、会う機会は少なくなってはいたが、男兄弟の割にはまめに連絡を取り合っていた方だろう。何だかんだ言って、佐々木亮司は年の離れた弟が未だに可愛かったのだ。


 その弟が殺された。


 連絡を受けた時、佐々木亮司は地方に出張へ出ており、電話口の両親から車に轢かれたと言われたので、事故にあったのだと思っていた。


 だがそうでは無かった。弟の遺体を棺で見た時は綺麗清掃されていたが、弁護士の立場を使い現場写真を見る事ができた。その写真を見た時、手は震えが止まらなかったのを、彼はまだ覚えている。自分が知っている弟の顔ではなかったのだ。


 生まれて初めて、体の中心から血液に怒りが混じり、全身に隈なく循環している様だった。弟の死は、酔っぱらったチンピラが絡み、殺したのだ。佐々木亮司にとってそれは殺人というものでは無かった。遺体の損傷からリンチにあって惨殺されたのと同じだ。


 両親は当時、警察から連絡を受け、事故に遭った様だと聞かされ気が動転し、電話をよこしてきたようだった。両親は憔悴しきってしまい、母親に至っては、目も当てられぬほどに老け込み心を閉ざしてしまった。


 だが話しを聞くにつれ、犯人は直ぐに捕まるだろうと考えていた。しかし一向に捕まる気配が無い。それどころか目処さえ立っていないと聞かされる。警察は当てにならないと判断し、地道に現場付近を何度も聞き込みをするようになった。


 煙たがれようと、しつこく現場付近を聞き回った。そしてようやく掴んだ情報。それを葬儀にきていた三浦という刑事に渡した。この時佐々木亮司は、自分自身で復讐しようかと考えていた。だが弟はそんな事を望むだろうか。


 弁護士である兄を尊敬した弟。そんな弟をがっかりさせたくないと、ギリギリのところで思い留まったのかもしれない。


 それが犯人だと分かっている三人を警察が解放した時に、佐々木亮司のストッパーが外れてしまったのだろう。彼は事故に見せかけて三島と南部を殺害する事にした。


 佐々木亮司は芋づる式に上がった二人を徹底的に調べ上げ、最初に殺害した三島が麻薬常習犯であり、ある雑居ビルにある空室に出入りしている事を突きとめた。そして弁護士とはいえ、それなりの伝手があったので、つかない様に麻薬を入手し、そのビルを見張る事にした。三島が現場に来るまでそんなに時間はいらなかった。


 佐々木は指紋など、自分の痕跡を残す事が無いように、最新の注意を払い近づいた。ビルの一室に入ると、急な訪問者で驚いた三島だったが、訪問者が弁護士であり、今回の件で面倒な事になった。探すのに苦労したと伝えると、それなりに納得したようだった。


 それでも警戒をしているのは見てとれたので、持ってきた酒と手に入れた麻薬をちらつかせ、自身も黒い所があると見せる。すると三島は犬のように尻尾を振り、佐々木を自分の横に招いた。だが彼は座らず、口から出まかせを吐き、相手の同調を仰ぎ、話しのつまみとして酒をどんどんと飲ませた。


 机には薬を炙った後や注射器や放置されている。持ってきた酒は安物ではあったが、度数が高かったため、あっという間に三島は潰れた。


 佐々木は机に置かれた注射器を、手袋をした手で取り、持ってきた薬を全て三島の体に流し込んだ。三島は呼吸困難を起こし、生簀からまな板に上げられた魚のように体をくねくねさせ、もがき苦しみ始めた。


 佐々木は様子から三島が死ぬと確信して部屋を出た。


 それから他のクライアントからの依頼を消化させつつ、次の機会を狙っていた。着信履歴などを残さないため、南部の出入りするビルは既に把握し、直接話しかけるようにしなければならない。


 佐々木は依頼を処理した後は南部を待ち伏せる為に、ビルの前にあったファーストフード店で出入り口の監視を始める。カウンター席は路面に面してガラス張りなっており、好都合な場所であった。

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