第5話
時間だけが過ぎたある日。隣のG署から連絡が入った。容疑者の一人だった三島が遺体で見つかったと。三浦は急いで現場に向かった。
場所はG署の管轄内に位置する繁華街。夜は男と女の欲望が行きかう場所だ。昼間はその残骸のようにゴミが道路の至る所に残っている。
店が入る雑居ビルの中は不景気という事もあり、夜逃げ同然で店を捨てたオーナーも多い。三島はそんなビルの一室で見つかった。
三浦を出迎えてくれたのは、三十代半ばの小牧(こまき)という刑事だった。
「K署の三浦です。小牧刑事は?」
門番のように立っている警官に彼を呼んでもらった。彼は眼鏡をかけたやせ形で、神経質そうに見えた。
「どうも小牧です。どうぞこっちです」
二人に詳細の説明は不要だった。店に入ると、キャバクラの営業をしていたのか、赤いソファーが置かれている。ただ放置されていた為に、そのソファーは至る所が破れており、机や椅子も床に蹴散らされた様に倒れている。
その店の隅奥のソファーに横たわって三島が死んでいた。ガラスのテーブルには白い粉が散らばり、酒瓶が至る所に転がっていた。
三浦の視線に気付いた小牧が、状況を説明し始めた。
「この酒瓶は三島が持ち込んで飲んでいた物の様です。検視をしてみなければまだ何とも言えませんが、事故死の様ですね」
「事故死?」
「ええ。外傷も見当たりませんし、酒を飲みながら薬を摂取していたために、麻痺していたんでしょう。見て下さい」
小牧はテーブルに散乱している薬の残骸を指差した。小さな袋が五枚ほど散乱している。通常一回にする量は一グラム以下とされている。だいたい一袋一グラム単位で売られそれを小分けにして消化していく。もし一袋が通常の分量だったとすると、死んでもおかしくない。
「そうですか……」
三浦は、これは朗報になるのか複雑な気分だった。
それから小牧は、三島は薬をするためにここをよく出入りしていたと三浦に話した。どのみち事件性もなく、このまま処理されるだろうと言う事だった。
「もし何か目新しい事が見つかれば、連絡おねがいします」
小牧に連絡先を伝えたが、何も無いだろうという表情だった。それでも形式上受け取らずにいかない。
それから三浦は、毎日起こる何かしらの事件で忙しい日々を送っていた。三島の件で佐々木に連絡をしようと思っていたが、それもままならなかった。
そしてある日、川で溺死体が上がった。三浦は捜査の為、現場に駆け付ける事になった。川は昨日降った雨で増水し、いつもに増して濁り、水量が増している。三浦は単に足を滑らせ謝って川に落ちた水死体だろうと考えていた。
現場にはシートを被せられた遺体が横たわり、周りに数人の検視官だけで小規模なものだった。
「三浦、到着しました」
彼は先に到着していた元村に近づいた。
「どうだ?」
「ああ三浦さん。それが……」
元村がシートを二メートル離れて置かれていた遺体を見るので、三浦は中を確認してみた。死体は生きている人間とはかけ離れた色になっており、すぐさま三浦の記憶と一致しなかったが、それが誰だかは数秒後には理解できた。
「南部」
気が付くと元村が三浦に並ぶようにしゃがんでいた。
「そうなんです。検視をしないと詳しい事は言えないそうなんですが、誤って足を滑らせたんではいかと」
三浦は立ち上がり、周りを見渡した。
南部が上がった上流には橋が掛かっており、そこは両端を歩行者専用として区分けさている。
川は住宅街と店舗が程良く融合した町で、橋は生活路として住民が使っていた。数百メートル離れた今の場所からも、青く塗装をされた橋の上を、豆粒ほどの人が歩いているのが見える。
「どうかしたんですか? 三浦さん」
「いや、ただ」
「この前の事件の容疑者が、立て続けに、という事ですよね?」
「ああ」
偶然にしても不自然な死ではあったが、三島の件にしても、不審な事は全く浮かばず、結局は本人の不注意による事故死という結論になっていた。
「検視の結果はいつでる?」
明日中には手元に資料が届くはずです。ですが、事故死の可能性が高いかと」
元村も状況からすればそう言わざる得ないのだろうが、心底納得はしていないようだ。三浦も同じ気持ちだった。そして二日後、佐野の遺体が見つかった。
佐々木亮司が弁護士になりたいと思った最初の動機は、テレビの影響だった。
成長するにつれ司法を身に付ける事により、自分自身は元より何か会った時に、家族や友人、恋人の手助けが出来ると思うようになっていった。
周囲に言えば自己的だと思われるだろが、佐々木亮司は気にしなかった。理由など人様々なのだ。
彼の場合、理由が弱い者の味方になりたいだの、国を変えたいなどであれば、続いてなかっただろうと自身で思っていた。なぜなら殺人事件であれば、その容疑者の弁護をする事もあるのだ。
どんな理由であれ、人の命を奪った事には変わりは無い。ただゴミ同然のような被害者が殺された場合は幾分、気持ちを軽くして法廷に立つ事ができた。
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