第十四話 聖なる日、なれど災いは密やかに

 非常灯と作動中を示すパイロットランプが眩いと思えるような薄暗い空間。

 モーターやコンプレッサーの稼動する音が耳障りに鳴り響いている、どこかのビルの機械室のようである。

 設置されている機械類や、それらを制御するシステムのアナログさから、施設されてから数十年は経っているだろうことが窺える。

 ついでに床に積もる埃の山の高さから、かなり前から人の訪れたことがないだろう事も。

 『中央制御盤』 とパネルが貼られたボックスから幾つも延びる、信号を送るためのケーブルなどが収められているパイプたち。うっすらと埃の積もるそれに、黒い靄の塊のようなものが溶け込むように重なっていた。

 よく見れば、その黒い靄の塊はこの機械室のあちこちに無数に転がっているではないか。

 我々はその黒い靄の塊を知っている。『負力』と称されるそれが災厄の呼び水となることも知っている。

 超常者スーパーズの探査の目を掻い潜り、どれほどの時間を経て生成されたものか? その大きさ、数はいつ『歪み』 と変じてもおかしくないと思われるほどだ。

 延びるパイプの大半に『負力』は重なっており、それはゆっくりとパイプの中へと消えていく。転がっている『負力』たちも床に壁にと浸透していき、制御盤の中のシステムはコントロールすることをひっそりと放棄する。

 『負力』による密やかな侵攻。それは誰にも知られることなく、深く静かに進んで行った。


 十二月二十五日、いわゆるクリスマス当日である。

 夕暮れ時の商店街ではオジサンサンタやミニスカサンタが、あちらこちらでケーキやクリスマスを当て込んだ商品を売り切ろうと笑顔を振りまき、声を張り上げ、道行く人々へ猛烈にアピールしまくる光景が見られた。

 どこか微笑ましくも独特な緊迫感のある空気が漂う中を、場に不似合いな三人組の男たちが歩いていた。

 先頭を行くのはどこかチャラチャラした感じのある小柄な少年。

 贔屓目に見ても似合っていない遊び人風ファッションに身を包み、せわしなく視線を四方へとばし、

「いない、おかしい。ひとりやふたりはあぶれた女がいてもいいはずなのに……」

 などとぶつぶつ呟いているのは、お調子者・宮戸裕次郎みやとゆうじろうである。

「……いい加減に諦めろ。世の中そんなに都合良かねぇって」

 宮戸から少し間を取って歩く三人組残りふたりの片割れ、中野隆三なかのりゅうぞうがあきれた口調で声を投げかける。

 細マッチョの身体にレトロデザインのスタジアムジャンパー、ストレッチ素材のスリムジーンズにハイカットのスニーカーと言う風体におなじみのリーゼントヘアの組み合わせは、アメリカ製の古いミュージカル映画、邦題に『紐育ニューヨーク愚連隊』とかつけられそうになってたあれに出てくる不良青年団の一員のようだ。

 もしくは諏訪〇順一さんの声で、語尾に「ジャンよ」とつけて喋る宇宙の伊達男スペ○スダンディか。

 あ、ちなみに中野の声は諏〇部さんでなく小〇克幸さんを当てて書いてます(笑)

 ハッキリ言って「雑誌見て真似しました」 みたいな宮戸なんかよりはるかに似合っていて、中野ひとりで歩いていたら逆ナンパもあるんじゃないかってぇくらい決まっている。

 でも一見ツッパリさんだが根は純情な彼のこと、きっとナンパされたらなんやらかんやら言い訳しながら逃げだしてしまうだろう。うふ、可愛い♡

「中野の言うとおりだ。陽も大分傾きかけてきたことだし、そろそろ引き上げないか? ……正直いい加減疲れた」

 と、古風ツッパリ純情派の隣から声かけた長身の強面は、毎度おなじみ我らが主人公・安生一誠あんじょういっせい

 フェイクレザーのライダーズジャケットにインナーは蓄熱素材で編まれた薄手のハイネックシャツ、ボトムは白の綿パンとショートブーツのコーデネイト。これで背抜き指出しドライバーズグローブとかしてたらどこの宇宙刑事てな装いだ。

 趣味に生きてるのが良くわかるぞ。でも、そういうの嫌いじゃない。

「何を言う、クリスマスと言ったらカップル。カップルと言ったら別れ。別れたら次の人、だろうが! あぶれた女を引っ掛けて、あわよくば物にする、こんなチャンスをほおっておけるかっ」

 グダグダと文句をたれるふたりへと振り返り、持論を熱弁する宮戸。

 あ~いや、その考え方には一理ありますけど、クリスマスなんつーロマンティックでエロティックな日に、わざわざ別れるカップルなんてかなり珍しいと思いますが……宮戸氏、そこら辺の見解はいかに?

「その主張に引っ張られて昨日今日と付き合っているが、成果はゼロだな?」

 一誠が落ち着き払った中〇悠一さんみたいな声で淡々と告げると、隣りで中野がその通りだというようにうなづきながら、

「……特に用事もないから付き合ったけどな、そもそもナンパならひとりでやった方が確率は高かろうに」

 そう告げると、言葉を受け止めた宮戸はキョドりつつ視線を明後日の方向へ飛ばし、

「あ~、ほらさ、ひとりだとぉ~、心細いじゃん?」

 なんてぬかしましたよ。

 この言葉には付き合いの長い中野と一誠も顔を見合わせ、乾いた笑いを交し合う。

 彼らが思い浮かべた言葉は「ダメだこりゃ」であったことは、言うまでもあるまい。

 宮戸に向き直りながら、長い息を吐き出して中野がポツリと言う。 

「あのな宮戸。俺や一誠なんて連れてたら見掛けだけで女には退かれるぞ。相手がひとりなら尚更怖がって嫌がると思うが、その辺考えつかなかったのか?」

 オーソドックスツッパリな自分と強面威丈夫の一誠が後ろにでんと控えていれば、その見た目のインパクトだけでたいていの女性たちは避けるだろうと、結構自虐的なこと言ってます。

 その鋭い自己分析力は評価するけどさ、ちょっと哀し過ぎないかい中野くんよぉ?

 一方、すごくわかり易い現実的な指摘を受けた宮戸の方はというと、

「……も、盲点だったっ」

 今初めて気が付いたってな絶望的な顔をして、策をしくじった時のル〇ーシュみたいな福〇潤さんちっくな声、絞り出してました。

 いやさぁ、色んな意味で残念な人すぎますって宮戸くんてば。連れのふたりも同じような気持ちで生暖かい視線を向けてますよ。

 しかし、しかぁし、宮戸裕次郎は挫けないっ。

 彼にとって挫折とは、また立ち上がるためのステップにしか過ぎないのだっ。

「よしっ。なら次はグループを捜そう。今日と言う日に女同士で集まっているような連中ならガードは甘いに違いない、お前らがいても何とかなるはずだ。うん、きっと大丈夫」

 即、頭を切り替えるこの無駄にポジティブな精神こそが宮戸裕次郎の真髄にして真骨頂。

 どこぞの主人公に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいである。……わかるか一誠、おめぇのことだよ。

 だけどさぁ、今日という日に女同士で集まっているってのは、逆に男なんかどうでもいいとか思っているような人たちじゃないのかと、そういう風には考えられない、宮戸くん?

 根拠が無いくせにやたらと自信満々なその言い草に、あっけに取られる中野と一誠。

 そんなふたりを置き去りに、再起動して脳みそがトップギアな宮戸は獲物を探す狩人のように動き出す。

 全方位へと向けられたナンパセンサーに引っかかった、駅方面へと向かう女学生っぽい四人組を見つけるや否や、そくさくと足早に近付き、なんの躊躇も無く声をかける。

「ハーイ、君たち。これから遊びに行くのかな? 僕らも暇しているんだけど、良かったら一緒に楽しまないかい?」

 こういう時、爽やかな〇山潤さん声と言うのは恐ろしいもので、こんなあからさまに怪しい男からの誘いだとしても、うっかり進む脚を止めてしまう現象を引き起こす。

 これがっ、ミヤト・フクヤマボイス・ストッピング・フェノメノンだっ。それに触れるものは錯覚を意味するっ。ドギャギャアァ――――――ンッ!

 で、だいたい止まってからその胡散臭さに気が付いて退いちゃう訳で、

「あ、いや。そういうの間に合ってます」

 グループの先頭で宮戸に声をかけられた、ショートカットが似合ってる細身でノッポの少女が、あっさりと断りの言葉を返す。

「あ~連れないなぁ~。でも、そういうハッキリしたとこ、いいね。このままお別れするのは寂しいなぁ……考え直さない?」

 が、スイッチの入った宮戸はそう簡単には引き下がらない。ぐいっと押してきます。しかしこの口調はキモイぞ。

 作者と同じように思ったのか、明らかにイラついたという感じで、先頭の娘の隣にいたウルフカットで前髪の一部にメッシュを入れた、ちょっとワイルドな雰囲気のある少女が身を乗り出し、

「嫌だって言ってんのがわかんない? 言葉の通じない奴と付き合う気はないよ、失せなっ」

 きっつい口調で言葉を突きつける。さすがの宮戸もこれには腰が退きかけたが、

「ん、ん~。いいね、その気の強さ。ますますご一緒したくなっちゃったなぁ」

 諦めはしない。空気を読まず火に油を注ぎにかかる。オゥ、デインジャラス、大火災一歩前。

「……口で言ってもわかんないなら」

「ちょっと、やめなって」

 目を据えグッと拳を固めてワイルドさんが前へ出ようとするのをさっとノッポさんが抑える。

「おい宮戸、いい加減にしとけ」

 飛び出して行った宮戸に残されてしまっていた中野と一誠がやっとこさ追いつき、一触即発な雰囲気になってた場に割って入った。

 声をかけて宮戸を取り押さえる中野。それを確かめてから一誠が

「あ~、連れが失礼なことをしたようで、申し訳ない」

 相手グループに頭を下げながら謝罪の言葉を伝える。すると、

「安生先輩?」

 グループの最後尾から涼やかな声が返された。その声の主へと顔を向けた一誠は、

中禅寺ちゅうぜんじ、か?」

 と、ちょっと間の抜けた声で返事をした。その理由は、

「制服姿しか見たことなかったから、すぐに気が付かなかったな……」

 てな訳なんですな。

 聞こえ方によっちゃ、「いつもと違う格好した君はまるで別人みたいでわからなかったよ、見違えたね」 と言う定番な口説き文句としか思えないような、そんなセリフを躊躇い無く口にし特に意図せず告げる。

 これまでに何度も言っとりますが、こういう恥ずかしいセリフを臆面もなく素で言う奴なんですよ、安生一誠という男は。

 で、いらぬ誤解を生んで関係を複雑怪奇にしていく訳だ。

 あ、中禅寺たちがどんなファッションをしているのかは読者さまの想像に任せます。イベントディなので、みんなちょっとだけおめかししておりますのよ、オホホ。

 ……け、けして色々考えてそれの描写するのが面倒だった訳じゃないんだからねっ(自爆)

 言われた側の中禅寺晃ちゅうぜんじあきらが、まんま口説き文句的に受け取ってしまい、照れて言葉を返せずにいると、 

「でたよ」

「でたね」

「でましただわね」

 彼女の連れが一誠に対し、場の空気に読まれない厳しい言葉をぶつけてくる。

 ラブコメ空間にしてたまるものかと言う強い意思が込められたその言葉に、古典ラブコメ波動に当てられかかっていた他の者たちも、ハッと我に返る。

 ちなみに当事者である一誠は無自覚であるため、空気など察しておらず、自分に向けられた強い言葉を意に介せず、それを発した少女たちに向かって、

「君らは確か、あの時屋上にいた……鈴城すずしろの友達の」

 ひと月ほど前に出会っていた事を思い出しつつ声をかける。

「鈴城、だって」

「いつの間にやら呼び捨てかよ」

「隠れて進展中だったりするのかなかな?」

 が、少女たちは一誠の言葉にあらぬ方向で反応し、まともに対応しようという気を見せてはくれない。

「なに、一誠の知り合い? 紹介しろ、紹介。あ、俺、宮戸裕次郎。よろしく~」

 こんな時頼りになるのがこの男。

 宮戸がすかさず割り込んで自分の名と存在をアピールしてくる。流石だ。

「いや、ひとりを除くと顔を知ってる程度でな。悪いがお前の期待には応えられん」

 しかし場の空気を動かしてくれた事を気にとめず、ミもフタもない事を言い宮戸に現実を突きつける一誠である。容赦ねぇな。

「ノ……ノオ―――――――――――――――ッ」

 ヒザをつき頭を抱えて天を見上げ、お約束的に絶望する宮戸である。うん、様式美。

 そんな宮戸を見事にアウト・オブ・眼中して、中禅寺を除いた三人娘たちはなにやらこそこそと話し合う。

 意見がまとまったところでノッポさんが一誠に向き直り、

「正直言うと、あたしら安生先輩にはあまり関わりあい、持ちたくはないんですけど」

 などと手厳しい、ジャブと呼ぶにはきつい腰の入った先制パンチを一発入れ、

「いいんちょと日輪ひのわのことでこれから顔合わせる機会もあるかも知れないから名乗っときます。あたしは細貝達己ほそがいたつき

 それでも体育会系らしく、一礼を入れて自分の名を告げるタッつん。

宇佐美美由紀うさみみゆき、ヨロシク」

 礼儀の良かったタッつんとは対照的に、顔を合わそうとせず視線をチラリと向けるだけのワイルド・ミミさん。それでも軽く会釈をしているあたり、根は良い娘なのが見て取れる。

鳥居遊子とりいゆうこ。よろしくお願いしますかなかな」

 関わりあいたくないと言う割に好奇心の溢れる眼差しで名乗るユーコ。見事なまでの三者三様。

「……と、り、い、ゆ、う、こ、と。で、そっちの真面目そうな彼女はなんてーのかなぁ?」

 名乗りを受ける一誠の横にいつの間にか復活して並んでた宮戸がケータイに今し方聞いた三人娘の名をメモりつつ、残るひとり中禅寺にいけしゃあしゃあと声をかける。

 全く油断も隙もないとはこのことだな。

 指名された中禅寺は一誠に伺うように視線を向け、一誠はそれに悪いなと言った表情で返す。

 そんなふたりのやり取りを見た三人娘が、

「目配せだけで」

「以心伝心とか」

「熟年夫婦みたいかなかな?」

 なんて、こそこそと井戸端会議調に言いあってますよ。目ざといなーこの娘らは。

「――中禅寺晃と申します。以後お見知りおきを先輩方」

 三人娘の反応に苦笑しつつも綺麗なお辞儀で名乗る中禅寺である。

「丁寧にどうも。俺は中野隆三だ、よろしくな」

 ひとり傍観者していた中野が、「先輩方」と自分に対しても名乗られたことを察し、柔らかい笑みを口元に浮かべつつ軽い会釈とともに自己紹介をする。

 古風なツッパリさんは筋を通すものなのである。

 その爽やかさがとても素敵だったからか、それともオールドタイプな不良っぽさという共通項があるからなのか、中野の笑みがミミさんの胸の鼓動を一瞬昂ぶらせたりしたのだけど、これはまた別の話。

「……スレンダー体育会系、ワイルドアウトサイダー、ミニマム合法ロリ、クール系優等生。これはこれで見事な編成だけど、ここにドジっ娘かポッチャリ系でも入ると完璧になるな~」

 なにやら幸せそうな顔して女性陣を眺めつつ、宮戸がマニアックなことを口走る。

 ケータイのカメラで彼女らを撮ろうとしていたのを、中野がにこやかに阻止していたのを付け加えておこう。

 宮戸の言葉を耳にし、複雑な笑みを浮かべる三人娘と中禅寺&一誠。

 あくまで面子のバランス的なことでそう言ったのであろう宮戸の言葉は、彼女たちの交友関係を見事に言い当てていたのだから、偶然とは恐ろしいものでありまする。

 いや恐ろしいのは面子の組み合わせを即座に言い上げた宮戸の洞察力というべきだろうか。

 その能力をもっと使えるところにまわせば良いのにね。

「……鈴城さんは用事があって、後から合流することになっているんです」

 このメンバー最後のピース、ポッチャリ系ドジっ娘・鈴城日輪が不在の理由を中禅寺か一誠にそれとなく告げてくれる。

 その光景を見て三人娘が井戸端会議モードであーだこーだと口にしあっているのも、もはやお約束。

 一誠は日輪がひとり後から来る理由をこの場に居る誰よりもよくわかっていた。

 ついこの前まで日没までの数時間を彼女の協力者として一緒に過ごしてきたから。

 彼は宵闇迫る空を軽く仰ぎ見て、クリスマスというスペシャルイベントな日にも、街の安全と安心を守るために地道な活動を続けているサニー・ベルへと思いを馳せる。

「……鈴城」

 サニー・ベルのことを考えたら自然と溢れてきた敬意や労いとか諸々の感情から、意識せずに一誠が発した小さすぎてとても聞き取れないような呟き、それを中禅寺は聞き取ったような気がした。

 一瞬、強い感情が沸き立つが自制心でぐっと押さえ込み、顔には出さない。

 聞き取り間違いかもしれないし、仮に一誠が日輪の名を口にしたとしても、それがどういう感情から出た言葉なのかを、自分の一方的な受け取り方だけで判断すれば悪感情にしかならないことを、中禅寺は持ち前の利発さから理解していた。

 だから一誠の呟きを聞こえなかったことにする。

 自分も鈴城日輪も安生一誠という異性に好意を抱き、想い人から好感を持たれているのは確かで、それはどちらが上とかそういう類のものではない。

 鈴城日輪と今まで友人として接してきた感触から、彼女がまだ一誠に対して具体的なアプローチを行ってはいないだろうことは明白で、自分も彼女もまだ始まっていない。

 互いに 「ちょっと親しい後輩」 の立場だから焦る必要はない。

 隠れて嫉妬したりするよりも、向かい合って正々堂々と恋を競い合いたいと、中禅寺晃は考える。

 クラスメートという身近な存在だから鈴城日輪を真っ先に思い浮かべるけれど、恋のライバルは彼女ひとりではなく、はるかに手強い相手たちが上級生にはいるのだ。

 しかも自分たちよりも、一誠と過ごしてきた時間と想いが長い相手が。

 客観的に見て、その強敵たちに対して自分のアドバンテージは知り合ったのが比較的最近だという新鮮味と、同じ趣味嗜好をしている共通項だけだろう。

 ルックスやプロポーションといった女性的な部分では競り合えるかは厳しいところだと、中禅寺は判断している。

 だからと言ってあっさりと退く気は無い。安生一誠という稀有な存在を誰かに渡したくはない。

 勝ち目は確かに少ないだろうけれど、負けるつもりでいる気などは、さらさら無い。

 沈着冷静を装っているが自分は意外と熱い性質なのだと今更のように思い、孤軍奮闘していた中学生時代を振り返り、こみ上げてくる苦笑を中禅寺は好ましく感じていた。

 絶妙な距離感で自分の傍らに立つ一誠を軽く横目で見上げ、ホンのわずかな間にあれこれと巡った思いのかたちを口元に笑みとして浮かべ、

「負けません」

 前を向き直し、誰に対してという訳でもなく、心から沸き上がってきた言葉を口にする。

「? ……あぁ」

 唐突に告げられたその言葉に、わからずもなんとなくで相槌を打つ一誠である。

 カラオケで騒ぐという女子たちに対して、宮戸は一緒に遊ぼうぜと散々駄々をこねたが、中野と一誠の強い説得――含む物理的――もあり、二組のグループは無事別行動に。

 ミミさんが中野が来るのなら一緒でもいいとか何とか、誰にも聞こえないような小声でぶつぶつ言っていたこととか、その中野が 「女子会邪魔しちゃ野暮ってもんだ」と参加しないことを強く表明してミミさんの思いを物の見事にぶち壊したりしたとか、中禅寺が一誠にこっそりとカラオケする場所を教えたりしていたこととか、まぁ色々ありましたが。


 一誠たちと別れた中禅寺ら一行は駅裏の繁華街の一角にある、古びた雑居ビルへと足を向ける。

「ごめんなー、どこもかしこも予約いっぱいでさ、あんなとこしか取れなかったんだ」

 道を行きながら目的地であるビルを指し示し、ミミさんが他の皆に対して謝罪を述べる。どうやら場所取りは彼女の担当だったようだ。

 中野のことはとりあえず頭からとばしたみたいである。切り替え切り替え。

 きっかけは作ったんだから、後はいつでもゴーだってばよ(笑)

「取れただけで十分。むしろあのタイミングで取れただけでも凄いって」

 タッつんがミミさんに応える。口調から察して、カラオケで遊ぶことが決まったのはかなり遅くなってからのようだ。

「うんうん、ミミちゃんは良くやったかなかな」

 ユーコも頷きながらミミさんを労う。

 中禅寺は柔らかい無言の笑みで気持ちを伝える。

 友人たちから労われ、照れくさそうに苦笑いを浮かべたミミさんは、

「場所はボロっちいけどさ、入ってる機械は最新式だから、遊ぶ分は大丈夫のはず」

 誤魔化すようにてなこと言って少しでも気分を盛り上げようとしています。

 なんだかんだ言いながら、皆今日の集まりをとても楽しみにしていたのですよ。

「ひーちゃん、早く来れるといいね?」

 ユーコの言葉に皆が頷く。友情って、いいな。

 わいわいと進んでいるうちについに目的地へと辿り着く一行。

 幅が狭く奥行きの深い五階建ての雑居ビル、俗に言う『ウナギの寝床』だ。

 建てた時期が古いためかエレベーターは設置されておらず、一行は階段でカラオケルームのある三階まで上がる。

「すみませーん。予約入れてた宇佐美ですけどー」

 受付カウンターでミミさんが二十歳そこそこだろう若い従業員に声をかける。従業員は一度ミミさんたち一行を見て、それから手元の端末を操作して予約の有無を確かめ、

「宇佐美さまですね? 三時間のフリードリンク、と……五階の五〇五号室になります」

 その言葉に「もう二階も上がるのか」と思いつつ、一行は部屋のキーを受け取り移動を始める。難儀やね。

 ミミさんの言葉に嘘はなく、部屋の装備は最新のものだった。五十インチのディスプレーにタブレットタイプの索引兼操作盤。どうやら採点機能も備わっている様子だ。

 座る場所を決め、飲み物を選び、歌う曲を選択していく。

 彼女たちの宴は、今始まった。


「おい、どうした?」

 カラオケ屋の制服を着た若者が同僚に声をかける。

「いや、なんか端末の調子が悪くてさ……。反応がちょっと鈍い気がすんだ」

 尋ねられた同僚がそう答えるが、

「気のせい気のせい。メンテ、こないだやったばかりだろ?」

 なんでもないことの様に笑う若者に同僚も、

「そうだよな……気のせいだよな」

 と、誤魔化すように笑って済ませる。

 ふたりが笑いあっているその間に、端末の画面に一瞬ノイズが走り、そして何事も無かったように基本画面を表示する。

 雑居ビルのどこかにある配電盤のひとつが激しい火花を散らし、焼け落ちたコードが床を這い、積もりまくっていた埃を火種に投げ捨てられていた雑巾を燃やす。

 立ち上がる炎が静かに広がっていく。


 そのことを今はまだ誰も知らない。


 ─────────────────────────────────────────────────────

 

『懐メロ限定カラオケーっ。選曲をどうぞなんだな』(ユーコ)

『えー定番だが、「時間よとまれ」でよろしく』爽やかな笑顔で(中野)

『しょっ、少女、「少女A」! 』照れながら(ミミさん)

『ふっ、「How many いい顔」で、どうだ!?』ドヤ顔で決めて(宮戸)

『んー、「夢先案内人」はいかが? 』不敵に(タッつん)

『ならば、「仮面ライダー賛歌」で勝負』真顔で(一誠)

『では、「DANGER MELODY」で受けましょう』しれっと(中禅寺)

『「酸っぱい経験」で決まりかな』vサインで(ユーコ)

『……しかしなんでまた懐メロ縛り?』(タッつん)

『最近のだと作者がよくわからないかららしいぞ』(中野)

『うっわー、みっともなー』(ミミさん)

『まぁまぁ、ここは広い心で許すかな(笑)』(ユーコ)

『そんなこんなで次回、「第十五話(仮)」』(一誠)

『皆が楽しむ聖夜に起こる災厄、誰かの命の灯火が消えかかるその時、

 救いの手は届くのか? 果たして奇跡は起きるのか~?』(宮戸)

『そして、安生先輩とひーちゃんの関係は修復されるのかなかな?』(ユーコ)

『――ご期待ください♪』(中禅寺)


  次回へ続く。

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