第四章 クライマックス・クリスマス

第十三話 間違えたベクトルと交錯する想いたち

 県立百田ももた第一普通科高等学校、三限目終了後の休憩時間、二年三組の教室は重苦しい空気に包まれていた。

 元凶はひとりの男子生徒。誰あろう安生一誠あんじょういっせい、その人。

 数日前より彼から発散されていた暗く澱んだ空気が、ついに教室全体へと影響を及ぼしていたのである。

 二学期の期末試験も明け終業式まで半日授業、試験結果を気にしなければ冬休みまでの楽しい助走期間に何故?

 言ってはなんだが学業に一喜一憂するような男ではないので、試験結果が悪かったからなどという理由は当然のごとく却下であり、それ故に学友たちもこの男がどうしてここまで沈んでいるのかを把握出来ずに困惑していた。

 ……あのさ、言っといてあれだけど、学生なんだから学業は気にしようぜ、な?

 親友である中野隆三なかのりゅうぞう宮戸裕次郎みやとゆうじろうも、心当たりがないために手をこまねいているくらいだ。

 つーか、あんまり雰囲気が悪いので避けているってのが真相。つくづく友情ってなんだろうね?

 長身でそれに見合う体躯を誇る厳つい顔した偉丈夫が、長く深いため息を吐きまくり背を丸めて机に突っ伏している姿は異様で、ハッキリ言って見苦しいことこの上なく、ついでに鬱陶しいというのが二年三組クラスメートの大半に共通する気持ち。

 勿論それを口にする者はいなかったけど、皆「どうにかなんないコイツ?」という思いでいっぱいだったりする。まー、それが普通よね。

 

 一誠が落ち込んでいる理由。それは彼の誰にも言えない秘密のお手伝いにあった。

 超常者スーパーズサニー・ベルこと鈴城日輪すずしろひのわとの関係をより強いものにしたいと思った彼は、決意を固めたその日から実に良く働いた。

 更なる効率化を考えたり、サニー・ベルの負担を軽減するために苦心し実行し、彼に出来ることを精一杯にやった訳だ。

 これにはサニー・ベル=日輪も、彼女を業務代理執行者に据えた土地の霊的管理者の高位精神体、通称「管理人さん」もたいそう喜びました、ええ。

 関係が良好になったと思い込み、日輪との間にある微妙な距離感を縮めるための行動に出たこと。これが一誠のしくじり。

「やっぱり心配だから、俺に帰り道を送らせてもらえないか?」

 と、以前断られたことをほじくり返した訳なんだけど、日輪の態度は変わず、無碍なく断られる羽目に。

 拒まれたところで諦めときゃ良かったのに、懲りもせず何度もリトライする一誠に、とうとう管理人さんから厳しい言葉が。

「一誠、君はなにか勘違いをしていないかね?」

 強い口調で始まった長い叱責は要約すると、

 ◎一誠はなのであり、ではない。

 ◎サニー・ベルという「公」 と、鈴城日輪の「私」 を一緒に考えてはいけない。

 ◎日輪自身が明かそうとしていない「私事」 を一方的に知ろうとするのは、行き過ぎた行為であることを理解せよ。

 てなもんで、

「――そこまで踏み込んで、君は日輪との関係をどうするつもりなのかな? ……君へと向けられている日輪の好意に気がついていない訳でもないだろう? 告げることでチームの輪が壊れるかもしれないと自分の想いを殺している日輪の気持ちを考えたことはあるかね? 応える気持ちもないのに日輪の心を乱す真似はやめたまえ! ……一誠、君は他人の気持ちをわかったつもりでいて、その実ないがしろにしているところがあり過ぎる。身に覚えがないかい? あるいは誰かに指摘されたことは? それは君が気がつこうとしていない欠点だ。いや、自覚が無さ過ぎると言った方が正しいかな。……しばらく日輪に同行するのは控えて貰うよ。理由は、わかるね?」

 管理人さんには似合わぬ、突き刺さるような冷たい声音で告げられたこの言葉でトドメ。

 事実上の休職処分である。クビにならなかっただけマシかもね。

 頑張りは認めるけど、余計なことして問題起こされても困るんだよねーと、釘を刺されたのである。

 ……ん、ちょっと待て。この言い方からすると、管理人さんに日輪の一誠への思慕が筒抜けになってませんか? なんだかんだ言いつつ、心読んでませんか管理人さん? ……プライベートってなんだ?

 ずっと憧れの存在であったスーパーヒーロー・ヒロイン。その手伝いが出来る喜び、そこからただ手伝うだけではなく並び立ちたいと思い、願いを叶えようと行き過ぎてしまった結果がこれだ。

 『滝〇也たきかずや的な相棒パートナー

 そうなりたいと思った気持ちは暴走して、協力者である事さえ拒まれてしまった次第。

 超常者サニー・ベルに対してはその考えも良かったのだろう。

 だが、鈴城日輪というただの少女には、余計な真似でしかなかったのである。

 憧れが熱を持ちすぎてそんな簡単なことにすら気がつかなかったのを、管理人さんに冷や水ぶっ掛けられてようやく理解し、自らの行いが間違えていたという現実に一誠は激しく落ち込んでいるって訳だ。

 んー、ぶっちゃけ自業自得か自縄自縛?(笑)

 ここで一句。憧れに、憧れすぎて、大失敗。

 ……笑えよ、こんな俺をみんな笑えばいいよ。一誠の胸中は、まぁこんなところ。

 やさぐれ方が某地獄兄弟風ホッパーズなのがこいつらしいと言えばらしい。

 志は良かったんだよねー、でも方向性ベクトルがおかしい。

 アプローチの仕方が拙いんだって、それくらい気がつけよ。

 こーのバカチンがって金パチ先生に叱られるぞ?

 ま、気がつかないからこその安生一誠ともいえますが(苦笑)

 前回の最後で「鈴城日輪サニー・ベル滝〇也パートナーになるために」とかカッコつけた結果がこのザマだよ。

 とんだピエロですなぁ、けーっけっけっ♪

 同行禁止を言い渡された当日の夜、安生家にて一誠の様子がおかしいことに気付き、いつぞやの夜と同じように内情を探りに来た、サキぇこと小辻真咲こつじまさきに「滝〇也パートナー化計画」 が失敗したことを自嘲気味に乾いた笑いとともに正直に伝えると、

「……相手が望んでないなら無理強いは出来ないよねー。男は引き際が肝心だし」

 苦笑いした真咲にそんなことを言われる始末である。

 それでも愛しい弟分が落ち込んでいるのは忍びないと、豊満な胸に一誠を包み込み、よしよしと慰めたこともついでに報告しとこうか、けっ。

 そうやって甘やかして来たから、一誠がダメ男になったんじゃないかって?

 ……真咲にだって色々と抱えているものはあるんです。

 一誠に対する家族的な愛情とそれに相反するひとりの異性へ向ける愛情、けれど一誠をずっと想い続けていた訳ではなく、幾つかの大人の恋愛を経験していることへの葛藤とか、ここは広い心でみて勘弁してあげてくださいませませ。


 とまぁ、そんなこんなでドロドロでグダグダな一誠である。

 が、その存在の鬱陶しさについに耐え切れなくなったのか、ひとりの男子生徒が机に突っ伏す一誠へと近づき、

「安生っ、ハッキリ言って鬱陶しいことこの上ない。その不景気な顔で教室に居座られても迷惑だ、顔でも洗ってサッパリさせてこいっ」

 言い難いことをハッキリとクールな命令口調で告げる。

 その声に一誠は顔を上げ、周りを何度か見渡してから、ノソノソと席を立ち項垂れた姿で教室を出て行った。

 途端歓声に包まれる二年三組。一誠に断を下した、びっしりとした七三分けに黒縁メガネの似合う、クールでスタイリッシュな長身の男子生徒に、

「さっすがー」「委員長、素敵っ」「ここ一番で頼りになるぅ」「もう我慢できない、抱いてッ(男声)」

 等々声が掛かる。

 その声援をすっと片手を上げることで制し、斜に構えたままメガネのブリッジを指でくいっと上げ、ニヒルな笑みを口元に浮かべ、

「なに、大したことじゃない」

 流し目を飛ばしグリーンリバーライトな声でクールに返す。

 あぁ彼こそは二年三組が誇るクラス委員長、仲本光司なかもとこうじ

「仲本ですが、なにか問題でも?」

 の、一言で厄介ごとを解決する、全く持って頼りになる男である。特技は勿論、体操だ。

 仲本委員長の指示に従い、顔をジャブジャブと洗い、表面上はスッキリとさせた顔でトイレを出てきた一誠に、

「先輩♪」

 と、鈴を転がしたような涼しい声がかけられる。

 水洗いしたばかりだというのにどんよりと濁った眼差しで、声のかかってきた方を見返せば、そこに声に似合った涼しげな雰囲気をまとった下級生の女子が立っていた。

 声の主、一年四組クラス委員長・中禅寺晃ちゅうぜんじあきらは、負の空気を纏った一誠に臆すること無く近付き、下から視線を合わせにこりと微笑む。

「上のトイレが順番待ちいっぱいで下のを借りに来たんですが、おかげで先輩に会えてラッキーです」

 どうして一年が二年のフロアに? と一誠が疑問を口にする前に理由を告げる中禅寺。

 はにかみ気味で頬が薄く紅いのは、想い人との予期せぬ出会いにか、それとも、用を足しに来たことを口にしたのを羞じらっているのか。

 しかし、上級生がたむろするお手洗いに下級生が入り込んで大丈夫なんだろうか?

  男のそれと違って、一種のサロン的な空間でもあるしね女子トイレって。

 そこら辺謎だが中禅寺のこと、しれっとすり抜けたんだろうって想像出来るのがなんともかんとも。

 勘が良いのは賢しいと、あまり好ましくない意味に取られがちになるが、彼女の場合は強い武器だ。

「……失礼かもしれませんが、先輩落ち込んでいるように見受けられます。なにか悩みごとでも? そういうのは溜め込んでいてはダメですよ。吐き出すだけでも少しは楽になるものです、私でよければ聞き役くらいは出来ますが?」

 こんな風に相手の気持ちを察して、その場その時に相応しい対応を出来るからである。

 そして現状、一誠が求めていたのはまさにこの言葉で。

「――聞いて、くれるか?」

 似合わぬ弱々しい口調で告げてくる一誠に、中禅寺は、

「よろこんで」

 と、何の打算もない慈愛の笑みを浮かべて言い切った。


 当日の授業が全て終了し、各種伝達も終えたここは一年四組の教室。

 午後からの時間を楽しむべくさっさと教室を去っていく者、居残って雑談に興じる者、再開された部活動に向かう者と、人それぞれである。

「いいんちょー、例の話だけどー」

 帰り支度を済ませ、席を立った中禅寺の元に声をかけてくる女生徒がいた。

 細身の長身にショートカットが似合う体育会系「ノッポのタッつん」こと細貝達己ほそがいたつきである。

「ちょうど良かったわ、細貝さん。急用が出来てしまって今日の話し合いには参加出来なくなったの。ごめんなさい」

 近付いて来たタッつんの方へ体を向けるとそう言って頭を下げる中禅寺。

「あ、いや。急用なら仕方ないけど……」

 へりくだるその態度に、気安くなった今も馴染まなさを感じつつも応えるタッつん。

「せっかく誘ってくれたのに、本当ごめんなさい。場所や時間は私抜きで決めてくれて構わないわ、絶対に合わせるから」

 申し訳なさそうに言葉を続ける中禅寺に、

「い、いいから頭上げて、そんなに気にしなくていいって。んじゃ決まったことは後で連絡するから」

 タッつんは苦笑しながらそう返し、

「……なんかずいぶん慌ててる感じするけど、もしかして急用ってデートとか?」

 妙にそわそわしている風に見て取れたクラス委員長の態度に、ちょっとしたからかい心から口にした言葉だったのだが、

「デート、になるのかしら? 安生先輩と一緒に帰れることになったの」

 返ってきたのは普段の涼やかな態度を知る者からすれば破壊力抜群な、中禅寺の嬉しそうにはにかんだ乙女らしい笑みであった。


 「また明日」 と言い残して足早に教室を去っていく中禅寺の後姿を見送ったタッつん、何事もなかったかのようにお馴染みの面子のいるところへ戻ってくるやいなや、

「今の聞こえた?」

 顔を突き出し、たむろう仲間たちへと口を開く。

「聞こえたっ。いつの間にそんな約束を?」

 応えたのはウルフカットに前髪メッシュのワイルドな雰囲気を持つ「ミミさん」宇佐美美由紀うさみみゆき。  

「四時限目が始まる前、いいんちょの顔少し緩んでたから、たぶん休憩の時なにかあったに違いないかなかな?」

 幼さの残る容姿に口調の「お下げのユーコ」鳥居遊子とりいゆうこが言う。さらりと言ってるが、結構な洞察力じゃないか、侮れん。

 この年頃の少女たちにはお喋りするのに大好きなジャンルがある、言わずもがなコイバナだ。特に近しい人物のそれは色々と情報がある分妄想が膨らむから大好物なのだ。

 故に話は弾む。

「ひとめ惚れ宣言してからさ、努力してたよねぇ、いいんちょ?」

「一年と二年じゃ接点作るのも難しいもんな。同じ部活とかならまだ簡単だっただろうけど」

 タッつんの言葉にミミさんが続き、

「お昼の時間、小まめに会いに行くとか、なかなかに行動的だったよねー」

 ユーコもそれに乗る。

「それそれ。安生先輩が昼休みによく中庭居るらしいってどっかから調べてきて」

「お昼済ませたらすぐに教室飛び出していくようになったのには驚いたなー」

「教室帰って来た時顔が綻んでてたら、あー会えたんだなぁって、見てるこっちの方も顔が緩んだんだな」

 ニヤニヤニコニコしながらの会話が続く。

「実際、安生先輩にアタックしだしてからのいいんちょ、雰囲気変わったよね?」

 タッつんがそう言うと、

「だねだね。前はちょーっと怖いとこあったけど、いい感じに柔らかくなった?」

 ユーコがこう返し、さらにミミさん。

「距離が近付いた、てーのかな? まー、それでうちらのクリスマス女子会に誘った訳だし」

「まさかまさかだったよねー? いいんちょが参加してくれるなんて」

「ダメ元で声かけたけど、あんなに嬉しそうにされるとは思わなかったなー」

 本当に驚いたって風に口にするユーコに、うんうんと頷きながら応えるタッつん。

 思い浮かべるのは話を持ちかけた時の中禅寺の反応。

「え、クリスマス女子会に私を? いえいえ、迷惑だなんて、そんな。……むしろ、私なんかが参加するのは迷惑になるんじゃ……そんなことないって? そう言ってもらえて嬉しいわ。ええ、私なんかでよければ喜んで参加させていただくわ。……笑わないでね、私こういう集まりに御呼ばれするの、初めてなの。だからとても嬉しい」

 中禅寺は、普段のクールな佇まいはどこへ行ったという風に、顔をほこらばせ、年相応の少女らしさを振りまくって、タッつんたちからの誘いに応えたのだった。

「……いいんちょって誰とでも普通に話すけど、特定な誰かっていなかったもんな。なんか出来が違うってどっか敬遠してたとこあったじゃんか、ほら、あたしらだけじゃなくクラスの皆がさ」

 ミミさんがちょっとだけバツの悪そうな口調で言うと、

「特に女子は、ね」

 同意する感じで、これまた申し訳なさそうにタッつん。

「男子はむしろ積極的に怒られに行ってたかなかな?」

 今も窓際一番前の席にたむろい、例によって生産性のない不毛な会話のやり取りしているモブ男子たちへと、その容姿に似合わぬ蔑んだ視線を向けながらユーコがこぼす。

 ……特殊な嗜好の持ち主たちから「私たちの業界ではご褒美ですっ」とか言われそうな眼差しである。

 ユーコに倣い、タッつんやミミさんまでもが連中へと視線をとばすと、こういうのにはやたら察しよく反応して、

「……なにやら冷たくて熱い視線を感じる」

「と、鳥居たちが俺たちを見ている、だと?」

「はっ、まさか、我らのクリスマスエックス計画に気づかれたかっ?」

「し! うかつなことを口にするなっ。あれはそういう目ではない、もっと別の何かだ」

「も、もしや何がしかのお誘い、とかっ? とかーっ?」

「いや、それは無い」

「……すまん、俺今 "ありがとうございます!" って、心の中で言っちまったわ」

「あー、俺も」「拙者も」「それがしも、で御座る」「自分も同じく」「実は我輩も」

「はっはっはっ。いやぁ、思う事は皆一緒ですなぁ」

「ですよねー」

 てな感じにモブ男子たちが活性化しだしましたよ、あー鬱陶しい。

 つかなんだよ? クリスマスエックス計画って(笑) 

 ざわつきだしたモブどもから、当たり前のように視線を外し、何事も無かったかのごとくさらりと話題を戻し、

「で、日輪的にはどうなのかな、うん?」

 タッつんがその場に居ながら今まで一切会話に加わってなかった、いや加われなかった鈴城日輪を促した。

「え、ど、どうって……?」

 頭上を素通りして繰り広げられてた話題を急に自分へと振られ慌てる日輪へ、追い討ちをかけるように、

「いいんちょと先輩、ひーちゃんは気にならないのかなかな?」

 邪気のない満面の笑顔でユーコが言う。無論内心は全然違いますけどねー。

「わ、私と安生先輩は何でもないし、中禅寺さんとのことも別に……」

 関係ないですよってな感じで、ごにょごにょと言葉を濁しながらも返そうとする日輪であるが、

「嘘だ」

「嘘だね」

「誤魔化しきれてないかなかな?」

 と、三人衆に即座に否定された。

「……いいんちょほどじゃないけどさー、あの日以来日輪も変わってんの、気付いてない?」 

 やれやれって感じにひと息ついてから、ミミさんがグッと覗き込むように目を合わせてそう言うと、

「いいんちょが昼休みの終わりに嬉しそうに教室戻ってきた時、あんた自分がどんな顔してるか知らないでしょ?」

 タッつんが追い討ちかけて、

「ひーちゃんね、いいんちょのことすっごく羨ましそうにして見るんだよ。それからすぐに関係ないって顔に戻るの。……もう、いじらしすぎて、見てるこっちが辛かったかなかな?」

 ユーコが止めを刺す。

 なんだ、日輪の一誠への想い、周りにバレバレじゃんか。でも、日輪的には皆に対して隠し切っているつもりだったんでしょうなぁ。

 しかしこんだけ隠しごとの出来そうにない娘が、よくもまぁ絶対秘密の実務代理実行者なんてやれてるものですわ。

 というか、そっちに意識全振りしてて他がスカスカになっているってのが当たりっぽいか。

 えー、とかく恋心なんざぁ、隠しているつもりで知らず知らずに表に出しちまってるもんで御座います。

 酸いも甘いも噛み締めた、場数踏んでるいい歳の大人ならともかく、十五、六の小娘にゃとてもとても抑えきれるもんじゃありゃあせん。

 周りにバレるのもまったくもって仕方ねぇことでして、ええ。

「……付き合いの長さだとあんただけど、心情的にいいんちょも応援してやりたい。だからこの件についてはあたしらは茶々は入れるけどどっちつかずでいるから」

 ユーコから衝撃的事実を聞かされて、顔色を青やら赤やらに変え捲り軽くパニくってる日輪へと、タッつんの落ち着いた言葉が投げかけられる。

「要するに "自分のことは自分でケリつけろ" ってこった」

「て、ゆーか。他人の色事に巻き込まれたくないだけかなかな」

 ミミさんが渋く決めるが、ユーコの本音があっさりとぶち壊す。

 ケロリとした顔でこんなこと言うのよ。やだこの娘、怖い。

「ユーコぉ……」

「あんたねぇ」

「おっと口が滑ったかなかな♪」

 三人衆がなんだかんだと言い合う傍で日輪は安生一誠への想いを振り返る。

 日没までの数時間、ある目的のために働くパートタイマー同士。それが自分と一誠の間柄。

 数日前まではほぼ毎日の黄昏時を一緒に過ごしてきた仲間だった。

 会話を交わした時間は中禅寺を圧倒するだろう。だのにそれは知られてはいけない関係で、会っていることすら表には出来ない。

 その寂しさはずっと胸のうちにあった。

 ひとりで抱えるには重すぎる使命と大きな秘密を共有できる大切な存在だったのに「自分のプライベートを知られたくない」それだけのことで支えてくれていた暖かくて優しい大きな手を今は失っている。

 くしてからハッキリとわかった。

 一誠と一緒に働いていたこの数週間がいかに楽しかったのかを。

 あの安らぎの時間を過ごしてしまった今、もう以前には戻れないことを知った。

 ひとりでいるのは、ひとりで代理執行業務をするのは耐えられない。

 もう、ひとりは嫌、一誠と一緒にいたい。それが日輪の心からの叫び。

「……せん……ぱぁい……」

 小さく、とても小さくそう口にした日輪の両目から涙が静かにこぼれていく。

「わわっ」

「ど、どした、日輪?」

「ひーちゃん泣いちゃダメなんだぞ?」

 喧々囂々やっていた三人衆も、突然の日輪の滂沱に慌ててなだめにかかる。

 いやさ、どう考えても泣かせるきっかけ作ったのはあんたらだろーが。

 椅子に座ったまま、ヒザにおいた両のこぶしを強く握り締め、うなだれて涙を流しながら嗚咽交じりに日輪は、

「会いたいよぉ……」

 と、ずっと押し殺していた素直な気持ちをハッキリと口にした。


 百田第一普通科高校から駅方面に向かう道の途中にある小さな公園のベンチに座る一組の男女がいた。

 肩を落とし項垂れた男とそれに寄り添う女、安生一誠と中禅寺晃である。

 校門で待ち合わせたふたりは中禅寺の帰宅ルートを進み、内緒な話しをするにはちょうどよさげな、あまり人のいない公園で腰を落ち着けて、会話、というか、一誠の溜め込んだものを吐き出させていた。

「……滝〇也、ですか」

 例によって、明かしてはいけない部分を伏せたまま、最低限な内容だけを伝え聞いた中禅寺が静かに口にする。「滝〇也」の言葉ひとつで様々な関係性を即理解する辺り、さすがは特撮エリート。

 ツーと言えばグリーン・ツー、もしくはカー将軍。愛車と言えばマッハダイヤ号とさらりと答えられるだけはある。

 中禅寺がいかにして特撮女子になったのかは、拙作『Stand Up~瞳に約束~』を読もう! 宣伝! 宣伝!(笑)

「……言われたよ、履き違えてるって。何を間違えたのかなぁ、俺……」

 中禅寺の言葉に力なく返す一誠。発せられた声には自嘲が込められているのがわかる。うっわー、鬱陶しい。

 項垂れたまま自虐気味な力ない乾いた笑い声を口にする一誠に対し、しばらく考え込んでいた中禅寺が、

「……その指摘は正しいと思います。先輩は確かに間違えています」

 駄目を押すかのような、聞きようによっては止めにもなりそうな言葉を発する。

 藁にもすがる思いだった一誠が顔をあげ、ブルータスお前もか!? って表情をして中禅寺を見る。

 が、そんな視線を真っ向から受け止め、中禅寺は言う。

「お話を聞いた限りだと、先輩が目指すべきポジションは滝〇也じゃないと私は思いました」

 真摯なその物言いに、ひとり勝手に絶望しかけていた一誠も耳を傾ける。

「先輩がすべきなのは並び立つ存在になることではなく、後ろに控えてどっしり構え、しっかりと支えてあげることじゃないでしょうか?」

 うっすらと笑みを浮かべた顔を、覇気の無い一誠の顔に近づけながら中禅寺が続ける。

「わかりませんか? 滝〇也を例えに出した先輩が、そのポジションが誰になるのかを?」

 同じ特撮者の一誠なら絶対にわかるはずだと、中禅寺の瞳が雄弁に語っていた。

「……おやっさん、立〇藤兵衛……!」

「はい、正解です」

 搾り出すように口にした一誠の言葉に、とても嬉しそうに中禅寺が応える。


 立〇藤兵衛たちば〇とうべえ

 仮面ラ〇ダー一号からスト〇ンガーまでを見守り続けた名伯楽。

 人知れず苦しい戦いを続けるライダーたちをある時は支え、ある時は叱咤してきた父親的存在、故に「おやっさん」

 彼という代えがたき後ろ盾があったからこそ、ライダーたちは人類の自由と平和を守るための戦いを諦めることなく続けるが出来たのである。


「……そうか、俺はおやっさんになるべきだったのか」

 そう呟く一誠の声に覇気が戻ってくる。

「私にはそれが一番相応しい立ち位置じゃないかって思います」

 慈愛の笑みを浮かべたまま中禅寺がそう言うと、

「ありがとう、中禅寺っ。これからどうしたらいいか、わかった気がする!」

 彼女の手をぐっと握り一誠が力強く宣言した。

 そんな一誠の突然の行動に中禅寺は頬を染めながら、

「――先輩の、お役に立てて嬉しいです」

 力いっぱいに握られた手の痛みに幸せを感じていた。

 公園を立ち去り、中禅寺を送る道すがら一誠が言う。

「すごく世話になったし、中禅寺にはなにか礼をしたいんだが……」

 立ち直り始めたのだろう。丸まって縮こまっていた背もしゃんとし、声にも張りが戻ってきている。

 そんな一誠の隣を並んで歩きながら、中禅寺が答える。

「お礼なんて……私は先輩のお役に立てただけで満足ですよ?」

 遠慮している訳ではないのは、その声音から伝わってくるが、

「そうは言っても受けた恩は返したい。……とは言っても一介の学生だ、財布の方は厳しいがな」

 言外に高価な贈り物は無理だと告げる一誠に、中禅寺は口に手を当て笑いを抑えつつ少し考えてから、

「そうですね。……なら、ひとつだけお願いがあります」

 脚を止めて、静かに発したその言葉に、一誠も同じく歩みを止めて受け止める。

 立ち止まり顔を合わせた状態で、一誠が先を促し、中禅寺も頷いて応える。

「いつか私が先輩に告白する時、誤魔化したりせずにちゃんとした返事を下さい」

 予期していなかったその言葉に即応出来ず、固まってしまった一誠に優しく微笑んだまま、

「お願い、しましたよ、先輩?」

 中禅寺が何事も無かったかのように言う。

 変わらぬ佇まいに彼女の中の覚悟を知った一誠は、グッと顔を引き締め直し、真摯な態度でこれに応える。

「わかった、必ず」

 短く伝えた言葉にやんわりと頷き、

「約束しましたよ?」

 澄んだ瞳で見詰め返して、悪戯っぽく言う中禅寺に、

「ああ、約束だ」

 一誠も覚悟を決めて頷いて答える。


 見て見ない振り、わからない振りは、もうしてはいけない。

 それは目の前にいる自分を立ち直らせてくれた少女に対して不実な行為。


 気がつかない振りをしてきた自分へと向けられてきた想いに、向かい合わなければいけない時が来たのだと、今更ながら一誠は悟った。


 ─────────────────────────────────────────────────────

 

『百田第一普通科高校二年三組、クラス委員長の仲本光司なかもとこうじだ。

 ……あぁ全く、安生の奴は面倒くさい上に鬱陶しい。

 落ち込むなら勝手に落ち込め、だが周りを巻き込むな。

 元を正せば色んな事をハッキリとさせてこなかった

 自分の不手際が招いた状況だろうに、

 傷ついたのは自分だけのように振舞うのはいかがなものかね?

 誰かを傷つけたかもとは考えもしていないだろう? お前は。

 あげく、下級生の女子に助けを求め、慰められるなど……、

 恥を知れ、恥をっ。

 ……あぁ、すまん、無理を言った。

 知っていたらこんなことにはなってはいないか。

 次回「第十四話 聖なる日、なれど災いは密やかに」

 聖夜を彩る明と暗、ついに出遭う二組の集団、

 色欲に任せ暴走する道化と自らを御する優等生、

 そして静かに始まる災厄への序曲。

 果たして鈴城日輪と安生一誠のときは交わるのか? 

 ……以上、仲本光司がお伝えしましたが、なにか問題でも?』

 (ナレーション・仲本光司)


  次回へ続く。

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