第十二話 サポーターは信用されたい

「なら、いい。んじゃ待ってる」

 そう言って思念波通信を終えた安生一誠あんじょういっせいに、管理人さんが声をかける。

「サニー・ベルはなんと?」

「すぐ来るってさ」 

 傍らに浮くソフトボール大の光球・土地の霊的管理者である管理人さんへ一誠がそう返すと、

「の、ようだね。こちらの空間へ移ってきた」

 空間移動を感知した管理人さんが、少しだけ浮いている高さをあげて言う。

 まるで見上げるかのようなその動きにつられ、一誠も上空へと目をやる。

 異相世界特有のモノトーンの空に白と青の光跡が走り、それはゆるやかな軌道を描きながら、一誠たちの下へと向かってくる。

 十階建てのマンションほどの高さで飛行姿勢を変え、足を下にしての着地体勢を取りつつ、速度を殺しながら降りて来るサニー・ベル。

 一誠たちから少し離れたところに、速度も重力も感じさせない、体操競技ならば審査員たちがこぞって満点の採点を掲げるだろう綺麗な着地を決めると、

「お待たせしました」

 と言いながら駆け寄ってくる。

 片手を軽く挙げて迎える一誠と視線が合い、一瞬胸がときめくがそれをなんとか押し込め、何気ない振りをして、

「それで負力ふりょくはどこですか?」

 お仕事第一って感じで言葉をかけるサニー・ベル。うんうん、そんな風に見栄を張る娘って好きだねぇ。

「こっちだ」

 応えるように、蓋を開けた側溝を指し示す一誠。

 導かれるまま「どれどれ」って感じで覗き込み、テニスボール大の黒い靄の塊を視認するサニー・ベル。

「ひの、ふの……みっつ、ですか」

 負力の数を指差しで確認してから、顔を上げ辺りを軽く見回し、

「ここと、ここ。それからあの辺りが……」

 数件の家屋を確かめるような視線を向けたサニー・ベルに、

「うむ、悪い影響を受けているだろうね。まだ表沙汰になるほどではないみたいだけども」

 管理人さんがうなづくみたいな感じの口調で言う。

 光の塊なのにどうしてこんなに伝わってくる表情とか仕草が豊富なんでしょうね、このお方。

 やはり声か? 声の仕業か?

 そんな管理人さんたちのやり取りを見ながら、一誠は彼らから教わった負力の成り立ちとその性質を思い返す。 


 負力。

 生きとし生けるものたちが日々の営みの中、こぼしてしまう良くないの感情の欠片。

 それほど複雑な思考を取らない動物たちならば、食料を得られなかったこととか危険な目に遭ったことへの憤りなどのシンプルなもの。

 雑多で複雑怪奇な感情を持つ人種ひとしゅならば、学校に遅刻しそうになったとか、上手く行かなかった仕事とか、親から些細なことで怒られたとか、姑さんから厭味を言われたりだとか、道で蹴躓いて怪我をしたとか、好きな男に相手がいたとか、安売りに間に合わなかったりだとか、彼女を寝取られたとか、世界が今日も平和でなかったとか、犬のうんこ踏んだとか、空の贈り物貰っちゃったとかの、大きなものから小さなものまでありとあらゆるストレス。

 そんな悪感情の集合体。それが負力。

 原材料がマイナスのエネルギーだから、在るだけで周りに悪影響を与えていく。

 例えば、道路のどこかにこれが溜まれば、その道は事故が多発するようになったりするし、店舗の店先にあったりすれば客が入らなくなったり、一般家屋の側にでもあれば家族が病気がちになったり家庭内不和が起きたり不審火に見舞われたり等々。

 とにかく何かしらの問題が起きたりで、まぁ、大変によろしくない。

 そしてそんな負力がひとところに集まり、さらに大きな集合体になると "歪み" として、大規模な災害を招くようになるのだ。

 代表的なのが地すべりや土砂崩れだ。地中に出来た歪みによって大地の保水能力が阻害され、雨季にわかりやすい災害として引き起こされる。

 大きな力を蓄えた歪みともなれば、天候を狂わせて豪雨を招いたり、地層そのものに害意を及ぼし地震を誘発したりもする。

 もっとも、そこまで強いものは近年稀だと言うが……。

 そのような事態を招かないために、歪みの元になる負力を力の小さいうちにコツコツとつぶして回る。

 地道な作業だが、超常者代理執行者の最優先目的なのはそれ故であった。


 ……てな話のイメージビジョンを脳内投影されつつ説明された時を思い出し、

 "あん時は流れて込んでくるとんでもないイメージの量に頭割れるかと思ったよなぁ。まぁおかげで負力の認識が出来る様になったりした訳だが……"

 とか思いつつ嫌な汗を流し眉間にしわを寄せる一誠。自然に額へと手が被さり、ちょっとした悩む人のポーズの出来上がりだ。

 そのポーズのまま、指の隙間から管理人さんと話してるサニー・ベルをなんとは無しにうかがう。

 地味ではあるが、大局的にはとても大事な仕事を日々こなしている彼女。

 土地の霊的管理者から頼まれたからではあるが、けして義務ではないのだから断ることも出来ただろうに自ら進んで受け入れることを決め、こうして人知れずに街とそこに住む人たちに尽くしているこの少女に改めて敬意を抱く。

 見返りを求めずただ他者のために我が身を省みること無く尽くす姿は、一誠が幼い頃から見続けてきた、あの憧れのと重なる。

 けっして彼らのように勇ましくも格好良くも、無い。

 だが、それでも彼女サニー・ベルは、確かにスーパーヒーロー、いやヒロインだ。

 そんな彼女の手伝いが出来ているという現状を、一誠は喜ばしいことだと感じている。

 顔には出さないしもちろん言葉にもしやしないが、安生一誠は鈴城日輪すずしろひのわを全力でリスペクトしているのである。

 ……あのさ、前にも言ったけど、そういう大切な気持ちはちゃんと言葉にして伝えようよ。

 ……まぁ、仮にその気持ちが伝わったところで、日輪的にはか~な~り微妙だろうけどさ。

 向けてくれるのなら敬意ではなく恋愛感情を、って思っていることでしょうからねぇ、日輪は。

 彼女の心、彼氏知らずで、あぁ無常|(笑)  あ、彼女彼氏っても別に付き合ってる訳じゃないんだからねっ(爆)


 一誠が悩む人のポーズの向こうでそんなことを考えているとも知らず、管理人さんとの会話を終えたサニー・ベルは己の使命を果たそうとしていた。

「じゃ、始めますから、先輩たちは一応離れてて下さい」

 掛かる声に一誠は悩む人をやめ、管理人さんとともに側溝の前に立つサニー・ベルから少し距離をとる。

 それを肩越しに見届け視線を負力へと向け直すと、広げた手のひらをそちらへと突き出し、精神を集中しながらコマンドワードを唱える。

「パッケージ・ホールド!」

 その言葉が発せられると負力が淡い光の籠に閉じ込められ、ゆっくりと宙へと浮き上がる。

 光の籠の中の負力を見据えたまま、新たなコマンドワードを唱えるサニー・ベル。

「ディセンブリィ・サブリネィション!」

 力強く唱えられたコマンドに呼応するかように、籠の中で強い光の明滅が始まり小さいが確かな稲妻が走り、少しづつ負力の塊が削られていく。

 わずかな欠片の集まりだとしても元は人の思い、小さくとも強い。

 ましてや陰の気の集合体である、生半可な力では打ち消されようとはしなかった。

 故に全力を持って立ち向かう!

 サニー・ベルの額から汗が滴り、差し出した腕が、体を支えるひざが震える。

 その姿から集中の度合いの強さが計り知れる。

 明滅が何度となく繰り返され、一段と強い光が弾けたかと思うと籠の中は空になっていた。

 それを見届けるとサニー・ベルの腕が力なく下がり、同時に光の籠も消失する。

 ぜーぜーと荒い呼吸をし、肩を上下させるサニー・ベル。力が抜けてヒザから崩れそうになりかけた時、ポンと、頭に大きい手が添えられそのまま撫でられた。

「ご苦労さん。しっかり休め」

 耳の後ろから優しく労いの言葉がかかる。同時に背中から支えられた事に気がつくサニー・ベル。

 振り返ろうとするのを制し、

「いいから。このまま持たれかかってな」

 と、頭を撫でていた手を肩に回し、彼女の身体を抱きかかえるようにして言う一誠。

 勤めを果たしたサニー・ベルへの、彼なりの精一杯の思いやりの行為である。

「……はい」

 言葉に促されるまま、一誠へと持たれかかるサニー・ベル。

 呼吸を整えながら、支えられている背中の感触に身体を心を委ねる。彼女にとってまさに至福の時間だ。良かったね~日輪ちゃん♪

 心を傾けている相手の腕の中ならば、失った体力も精神力もそれほど時を置かずに回復することだろう。

 そんなふたりのシルエットを好ましい視線で見守る管理人さん。いや、目らしいものはないんですけどね(苦笑)

 幾ばくかの時間が過ぎ、サニー・ベルの呼吸が落ち着き、身体に力が入るようになった頃合いを見計らって声をかける管理人さん。

「さぁ、次を探そうか」

 

 夕焼けの支配する時間、山の中腹にある公園はすっぽりとその影の中にあった。

「今日は三回で十一個、だったか? まぁ、いいペースかな」

「ですね。小鹿北こじかきたはしばらく探さないでも大丈夫じゃないですかね」

「安心しすぎるのは良くないが、今日の成果からすれば、それも良しと言えるだろうね」

 本日の成果と反省をするチーム・サニー・ベル。ひと時の談笑ののち、帰り仕度を始める。

「じゃ、先輩、お先に失礼します」

 管理人さんを伴いながら、日輪が軽い会釈をして公園から去っていく。片手を挙げてそれを見送る一誠。

 日輪が去ってある程度の時間を空けてから、一誠も公園を離れる。

 手伝いだしてからの毎度の光景だ。

 超常者としての務めが終わるのはたいてい日の暮れる辺りで、暗くなりかけている中を若い女の子ひとりで帰らせるのは危険だからと、家まで付き添うことを申し出たのは手伝い始めた頃。

 日輪はそんな一誠の申し出を断った。何度言っても頑なに拒否した。

 うちは公園から近いから送ってもらうほどではないと、管理人さんがついてくれているから大丈夫だと。

 確かに管理人さんがその力を行使すれば不埒者の排除はたやすいだろう。……まぁ、使うかどうかは別にして。

 日輪は身の危険の可能性があるとしても、自宅近辺への一誠の同行を拒絶していた。

 自分の生活エリアへ、一誠が立ち入ることを望んでいない。

 かなり気安い仲になれたと思っていたけれど、そこまでは信用されていないのかと少し淋しい気持ちにもなる。

 が、一緒に歩いているところを、彼女の自宅前まで行ってるところを第三者に見られ知られふたりの関係を詮索されるようなことになって、そこから万が一にでも実務代理執行者とその協力者だとバレてしまうよりマシ。

 そう考えることで、一誠は残念だと思う気持ちを誤魔化す。

 きっかり五分待ってから、公園から降りていく一誠。下に着いてから日輪の姿を見たことはこれまで一度もなかった。

 立ち止まってから辺りを見回し、それから自宅方向へと足を向け歩き出しながら思う。

 鈴城日輪が彼女自身のことをあまり話さないことを。自分のことを必要以上に一誠に知られないようにしていることを。

「俺は協力者サポーターであって、相棒パートナーじゃないってことなのかな、鈴城?」

 吐息のように吐き出したその言葉は白く雲って霧散した。

滝〇也たきかずや にゃなれないのかなぁ……」

 と小さく呟き、寂しげに帰路を行く一誠であった。


 夜の安生家の二階。並び部屋のひとつから人影が動き、階段を挟んだ向かいにある部屋の前に立ち、"ISSEI" のネームプレートのかかったドアを二度ほど軽く叩く。

「イッくん、いい?」

 ノックに続いて聞こえてきた、部屋に入る許可を求める声に、

「ん~」

 と、どっちつかずな返事を返すのは部屋の主である一誠。寝巻き代わりのスウェットの上下を着て、ベッドにだらりと横になっている。

「入るよー」

 言いながら部屋に入ってきたのは従姉妹にして姉代わりの小辻真咲こつじまさき

 あとはもう寝るだけの時間なのですっぴんに寝巻き姿だ。すっぴんといっても日々の手入れが行き届いているのと元が良いこともあって、派手さがないだけの別嬪さんである。

 寝巻きは前開きのパジャマ。厚手フリース素材だが見事なボディラインを隠しきれてはいない。

 歩を進めるたびに胸がゆさりと動くのは、就寝前で拘束具ブラを外しているからであろう。

 一誠の横たわるベッドに腰掛け、半身になって顔を向けると、

「ね、何かあった?」

 そう訊いてくる。

「ここ最近さ、イッくんなんかおかしくない? 仏頂面が普段よかひどいし、部屋にこもるの早くなってる……」

 言葉を切ると体を傾け、寝そべった一誠の顔を覗き込むように自分の顔を近づけて、

「何かお悩みかな? おねーさんに言ってみなさい、ん?」

 軽い口調だが真摯な眼差しを向けて言う。

 ぼやーっと天井を見ているだけだった視線がチラリと真咲に向いて、溜め込んだものを吐き出すようにため息をひとつついてから、

「滝〇也になれないんだよねぇ……」

 そうポツリとこぼす一誠。

「滝〇也? ライダーの?」

 滝〇也なんて一般人には誰某だれそれ? な名前も瞬時に理解する辺りは、さすが一誠の師匠格。

 てか、彼をその道に染めたのって、確か真咲あなたでしたよね(笑)

 真咲の言葉に小さく頷くことで答える一誠。そのリアクションから何か根が深いなこりゃあと感じるも、顔には出さず糸口を探る真咲。

 一誠へと傾けていた姿勢を正し、顎に指を当て少し考えこんでから、

「……イッくんが誰の滝〇也になりたいのか知らないけど、認めてもらいたいのなら戦わなきゃ」

 確かな声で真咲は言う。

「滝〇也がどうやってライダーたちと肩を並べる存在になったのかなんて、イッくんだってよく知ってるでしょ? そういうことだとあたしは思うよ?」

 再び身体を向け、顎に当てていた指で一誠の胸に触れ軽く押す。

 優しい笑みを浮かべて、答えはすぐそこにあるんだぞ、とまるで諭すかのように。

 真咲のそんな言葉に曇り空だった一誠の気持ちに光が差す。


 "滝〇也がライダーの相棒と呼ばれるようになったのは、FBiの特別捜査官だったからか?

 ……違う。

 戦闘員を倒せるほどに強かったから?

 それも違う。

 ……戦ったから。

 人の身で勝てるはずのない怪人どもに敢然と立ち向かい、傷つくことを恐れずに戦ったからだ。

 諦めない怯まない挫けない。そういう心が、人間としての在り方が認められたからこそ、ライダーたちの相棒だと皆から呼ばれるようになった。"

 

 だらりと力無く開かれていた一誠の手のひらが強く握り締められこぶしを作り、生気の弱かった瞳が輝きを取り戻す。

「サキぇ――」

「ん、復活した?」

 真咲へと視線を向ける一誠、それを受けやわらかく微笑む真咲。

 短いやり取りだがそれだけで互いの気持ちが通じる。長い年月が積み上げてきた信頼が見て取れる。

 "俺が鈴城と作りたいのはこういう関係――"

 そんな風に感じた一誠は横たえていた体を起こし、真咲と向かい合う。

「やれること、やってみる」

「頑張んなさい。ま、しくじって沈んだら、また引き上げてあげるから。いくらでも挑んで撃沈されなさいな」

 一誠の言葉に軽くそう返してから、伸びをしながら立ち上がる真咲。豊かな双丘がたゆんと揺れる、さすがの存在感である。

「これ、貸しだからね。取り立てるときは覚悟しときなさい」

 見下ろしながら言い、指差しして悪戯な笑顔を一誠へと向ける。

 敵わないなと、苦笑いを浮かべる一誠の顔に満足そうに頷いて、

「じゃ、お休み」

 そう言って部屋を去っていこうとする真咲。その後姿に、

「ありがとサキ姉ぇ」

 一誠から少し照れくさそうな感謝の声が掛かる。

「ん」

 とだけ短く返し、片手を挙げてひらりと振ると真咲は部屋から出て行った。

 真咲の去ったドアを見詰めながら、一誠は思う。

 戦わなきゃな、と。

 鈴城日輪ともっと向かい合わなければいけない。信用され、信頼を得、相棒と認めてもらうために。

 鈴城日輪サニー・ベル滝〇也パートナーになるために。


 ─────────────────────────────────────────────────────

 

『サニー・ベルがいかにして負力を処理しているか、

 わかっていただけただろうか?

 地味ではあるが、結構大変なのだよ。

 彼女の日々の努力が報われれば私も嬉しい。

 それはそれとして。

 ふむ、一誠はそんなことを思っていたのかね。

 良い心がけだとは思うが、果たして……?

 次回「第四章 クライマックス・クリスマス

    第十三話 間違えたベクトルと交錯する想いたち」

 志は買おう、たとえそれが方向違いだとしてもね。

 ……だから一誠、その上であえて問うよ。

 君は日輪とどうありたいのかな?』

 (ナレーション・管理人さん)


  次回へ続く。

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