第十一話 休息時間に彼女は憂う

 百田ももた小鹿こじか地区上空、三百メートルほどの高さにたゆたう人影があった。

 言わずもがな、超常者スーパーズサニー・ベルである。

 四肢を投げ出し長い黒髪を風に揺られるままに任せたその姿は、空の上というのに海に漂うようにも見えた。

 それでいて流される訳でなく、その場所に留まり続けているのはさすがは超常者というべきだろうか。

 冬の寒空だというのに、肌を刺すごときの冷気を感じてはいないような佇まい。その身を包むコスチュームはむしろ涼しげにも映るのに。

 勿論、理由はある。

 先ずはくだんのコスチューム。

 一見すればごく普通の光沢のある布地だが、変身時に分解再構成されることで、元の生地とは分子構造から別物になっており、着装者のどんな動きにもフィッテングし着心地も抜群、また生半可な刃物などでは裁断することも敵わない強靭さを誇るトンデモクロースなのだ。

 そして生地に絶えず流れる超常の力が体温の上下や発汗、その他生理現象の諸々を調整、常に装着者を最適の状態に保つ優れモノ。

 体調どころか生命維持機能付きのスーパードレスを彼女は身に纏っている。

 更には変身中の彼女の全身には超常の力が発生させた不可視の障壁が常に張り巡らされており、目に見えぬ脅威、例えば鉄をも溶かすほどの高熱や桁違いの冷気、または有毒な気体などは勿論のこと、直接的な打撃や危険性のある液体等の物理的な障害までもを直接その身に届かぬよう、全てを体表数ミクロン単位の見えぬ厚みで守りきっているのである。

 コスチューム自体のふざけた強度と併せて絶対的な防御力を生み出しているのだ。冬空の寒さなど、そよ風に撫でられる程度の抵抗だったりして。

 また障壁形成時の余剰出力で視覚認識障害現象を起こし、そこにいるのに見えていない状態、言わば透明化することも出来るのだ。

 実際に光の屈折率を変えて光学迷彩を施し、本当に透明になることも可能。

 今、人目も気にせずにこうしてだらりとした格好で浮遊していられるのも、実はその姿が他者からは認識されていないからなのだったりする。

 彼女サニー・ベルが毎回同じ公園から飛び出して行くのに、出現の目撃例や場所の特定などがされないのも、ある程度の距離に到達するまでは自動的に認識阻害状態で飛んでいるからなのだ。

 一誠が飛んでいく姿を見ることが出来ているのは、協力者つまり見られても問題ない相手として認識阻害機能がキャンセルされているためである。

 え? 気体とかを通さない設定だと、風で髪がなびいてたりするのはおかしいし、なにより呼吸出来なくて窒息するんじゃないかって?

 ……あなた、この作品をハードSFかなんかと勘違いしていませんか?

 この手のお話じゃそういう雑多な問題はね、全部不思議なパワーのうんたらかんたらでどうにかなってしまうものなのですよ、えぇ。

 例えると、魔法少女物の物語における様々な矛盾やらなんやらが、全部魔法の所為・魔法のおかげってことで片付くようなものですってば。you understand?

 ……じゃあ、何でそんなにそれらしい設定っぽい文章をつらつらと書き並べているのかって?

 そりゃ、あーた、いかにもな理屈っぽい事書いとくのが「カッコイイから」に決まってるじゃないですか! それ以上なにか理由があるとでも?

 ま~メタなことを言っちゃいますと、突っ込まれないための予防線張りと、毎度おなじみ文字数稼ぎのためなんですけども(苦笑)

 いや、でもね。これって結構大切なことですよ?

 世の中には何でもかんでも説明を求める方々がいますし、文字数増てのは書き手には必須事項ですものね。

 あれやこれやとそれっぽいこと書き連ねといて今更こう言うのもアレなんですけどね、学園日常系変身ヒロイン物なんてホンワカした現代の御伽噺に、その手の科学的考証や根拠を求めてくるなんざ、"いき" じゃありませんぜ、ダンナ?

 そういうやからは『高〇星歌劇スタミュ』の天花寺てんげんじくんにこう言われちゃうぞ、「この野暮助がっ!」てな。

 脱力し緊張を解き心身の休息に勤めながら、サニー・ベル=鈴城日輪すずしろひのわ安生一誠あんじょういっせいという協力者が出来てからのこれまでを思い返す。

 日々の活動に同行するようになった一誠は、始めてからの三日ほどは特に口を出すことも無く活動の内容を確かめているだけだったが、四日目に意見してきた。

 曰く「効率が悪い」と。

 それまでのサニー・ベルの行動パターンはというと、一通り街を見回ってから特に問題もないようならその日の締めに負力ふりょくの探知と処理をやっていた。

 理由は負力を探すのにもその後の処理にも心身にかかる負担が大きいため。

 その作業が終わると負荷による疲弊で使い物にならなくなってしまうからだ。

 三日間のお試し期間中に一誠はスーパーズの第一目的が負力の早期処理だと理解し、そしてその数が意外と多く、しかも広域に分散しているために一度にはそれほど見つけられないことも知った。

 ならば一日で少しでも多く処理出来た方が良いし、そうするには効率よく動いた方がお得だと提案してきたのである。

 一誠が立てたプランはシンプルで、当日の探索場所を決めそこを集中して探すことにするというもの。

 探索場所全体の初期サーチはサニー・ベルがやり、実際の潜伏場所をピンポイントで探るのは一誠が担当。見つけたならば連絡しサニー・ベルが処理するというもの。

 試しにやってみると、その効果は高かった。

 探索する範囲が街全域から地区単位へと狭くなるため探索能力の出力を抑えられ、また一誠が探している間に休息が取れる。

 それによりサニー・ベルの疲弊は格段に減り、一回毎にかかる負担が少なくなることから日に一度だった探索と処理が二度三度へと増え、負力対策が進むようになったのである。

 "他にもコンパクトの事とか、先輩はいろんな事言ってくれて、すっごく楽になってる。「俺に出来る事は俺に任せて鈴城は疲れない事を第一に考えろ」とか、私の体の事とか心配してくれてるの嬉しかったなぁ……。"

 管理人さんとの二人三脚の日々もそれなりに良かったが、かなり俗物的ではあるが一応は「神」 と称される立場にある高位精神体の管理人さんとの間には、使う者と使われる者的な一種微妙な距離感があった。

 しかし一誠という存在がその間に入ることによってその距離感は縮まり、以前よりもずっと好ましい関係が築けていると日輪は思う。

 勿論、一誠との関係あいだも。

 "出会ったとき、不機嫌そうで睨んでるみたいな顔が怖かった。

 話してみたら、思ってたよりも気持ちの優しい人だったのに驚いた。

 放課後から日暮れまでの時間を一緒に過ごすようになってから、素敵なところがたくさん見つかった。

 実は子供っぽい趣味を持っていることがわかった。

 怖いと感じていた顔が、笑うととても柔らかくなるのを知った。

 日々を重ねていくうちに、先輩に対する気持ちがどんどんと膨らんでいくのに気がついた。

 中禅寺ちゅうぜんじさんの、先輩へのひとめ惚れ発言、あれに今はすごく納得出来る。

 むしろ、あんな少ないやりとりで先輩のいいところを感じ取れた中禅寺さんの洞察力に嫉妬する。

 ――嫉妬。そう、鈴城日輪わたしも彼女と同じ様に安生一誠せんぱいに惹かれてるから。

 先輩のことを想うだけで胸がいっぱいになって、元気が湧き出してくる。

 先輩に褒めてもらえると思うと、それだけでやる気が出てくる。

 先輩に、先輩に、先輩に――"

 一誠の事を想い、高鳴った胸に自然と手が押し当てられていく。大切な何かを包み込むような、そんな穏やかな動きだ。

 ときめく己の鼓動を感じながら、切なげな吐息をこぼす日輪サニー・ベル

 日々高まっていく感情が、身を、心を、焦がす。

 だが溢れていく恋心よりも、告白する勇気の無さが上回ってしまう気持ちの弱さが悲しい。それよりも何よりも、好意を向ける対象が悪過ぎると言えよう。

 そもそも安生一誠という男には、浮名が多過ぎる。

 女性関係の噂の大半が誇張されたものだとしても、ハッキリとした意思表示をしている同級生・中禅寺晃ちゅうぜんじあきらに、日輪にすらその想いが見て取れた二年の才女・内海龍子うつみりょうこ。幼馴染だという三年のミス百一・四条河原貴央しじょうがわらたかおに至っては、校内で仲睦まじくしている姿を何度も目撃されていることを知っている。

 同性から見ても高レベルだと思うこれらの女性たちからの想いを、暖簾に腕押し・柳に風で受け流しているような男に、特別魅力があるとは思えない――注・自己判断による。男子的にはそのエッチな身体は十二分に魅力的。アンケート協力・百田第一普通科高校一年四組男子一同――自分がアプローチをかけたところで、歯牙にもかけてもらえないのではないかと日輪は考える。

 うんうん、多いよねー、こんな風に自分を良くない方に客観視しちゃう娘って。

 本人にとっては醜点と思っちゃうことが、他人からすれば美点だったりするのにね。ポジティブ・シンキング、大切よ。

 告白して断られるのならまだいい。自分が一誠の思う相手ではなかっただけのことだからだ。諦めも……すぐには無理だろうが、流れていく時間がいずれ解決してくれるだろう、多分。

 日輪が嫌だと思うのは、告白することで今上手くいっているこの関係が壊れてしまうかも知れないこと。

 強面で一見硬派。でも実のとこフェミニストな一誠のことだ、きっと表面的には何事も無かったよう今までどおりに振舞ってくれるだろう。

 しかし自分はどうだろうか?

 きっと心の弱さから意識すまいとして逆に態度に出るようになって、仕舞いにはギクシャクしだして、協力者としての関係にもひびが入りその繋がりすらも失くしてしまうのではないか?

 そんな事態になるのが、そんなことを考えてしまうが、何より怖い日輪である。

「……考え過ぎだってわかってるのにな……」

 男女の仲とチームメイトとしての関係を天秤にかけてしまう悩みの堂々巡りに、つい言葉が漏れる。

 こうして悩んで、毎回のようにとりあえず出してしまう答えは "現状維持" 。

 この想いを伝えなければ何も変わることはない、今のままの間柄でいられることを良しとする、ぶっちゃけてしまうと逃げの姿勢。

 逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、諦めんなよ、やりどけろよ、ネバー・ギブアップ!って太陽の男Syuuzoに言われちゃうぞっ。

 けして褒められないし、なんにも解決しないやり方なのだろうけれど、何かが壊れるのを避けれるのならば、それでいい。

 自分に告白する勇気が無いことを、自嘲気味に良かったと思う日輪である。うん、それって哀しいね。

 こんなめんどくさい思春期の問題考えていて心身が休まったのかどうかはわかりませんが、名目上休息をとっていたサニー・ベルの頭の中に思念波通信のコールが響く。

「見つけた。出番だ、サニー・ベル」

 つい今し方まで、思い焦がれ妄想していた男の声が聞こえる。胸がキュンとして、思わず上ずりそうになる声をなんとか抑え、

「わかりました。すぐに向かいます」

 そんな風には感じさせない、しっかりとした口調で答えるサニー・ベル。うむ、上出来。

 ドキドキした気持ちを悟られてたりしていないよな? とか思いいつつ、通信を終えようとするも、

「ちゃんと休めたか?」

 なんて、さり気無く労りの一言をかけてくる一誠。なんと言う見事な間の取り方であろうか、まさに達人級。『女の子をオトす冴えたやり方・百選』に必ず推薦されそうな絶妙さである。

 くぅ~、なんつーか、こういうところは妙に気が回るんだよな~、朴念仁のクセに。こういうのナチュラルにやっちまう辺り、ホント性質悪いわーコイツ。

 不意打ちにかけられた言葉に隙を付かれ、穏やかになろうとしていた心の水面が激しく波打ちだす。

「――はい。大丈夫です」

 が、なんとかこらえ、勤めて明るい調子で返事をするサニー・ベル。

 誰も見てないから判んないだろうけど、顔はゆでダコみたいに真っ赤になっているがな。

「なら、いい。んじゃ待ってる」

 と言って、今度こそ通信は終わる。

 瞬間、プシューと音を立てながら、顔から頭から蒸気を吹き上げて弛緩するサニー・ベル。

 一誠の余計な一言のせいで、胸の鼓動は高鳴りっぱなしだわ、顔は火照ったままだわ、変なところに汗をかくやら、恥部がじゅんと濡れてくるわでもうしっちゃかめっちゃかである。

 しかし、休息する度にこんな風になってるようじゃ、効率とか無意味じゃない? と思われる諸兄もおられるでしょうが、御安心めされい。今回は偶々ですよ、偶々。いつもはね、こんなことないんだよ、真面目に負力除去に励んでいるんだよ?

 ほら、あれあれ。いつもはなんともないのに、テレビカメラ向けたらなぜか事件が起きる、そういう類のものですって。

 ……ええいっ、ハッキリ言おう。作劇上の都合だ! 恐れ入ったか、ワッハッハ。

 深呼吸を何度も繰り返し、呼吸を整え、一誠によってかき乱された乙女心を落ち着かせる。

 呼吸で律するってなんか波紋法っぽいね。オォォ、刻むぞ血液のビートッ! 山吹色の波紋疾走サンライトイエローオーバードライブっ!

 パンパンと頬を両手で軽くはたいて気持ちを入れ替える。もう一度深呼吸して、強い気持ちで閉じたまぶたを開く。

 切り替え完了。ここからは恋する乙女・鈴城日輪ではなく、街を見守る超常者・サニー・ベルの時間だ。

「シフト」

 と、能力発動コマンドを口にして、異相空間へと移動する。

 体を翻し、制御された自由落下で一誠たちの待つ地上へと向かう。

 超常者スーパーズの本分、本日最初の負力除去をするために。


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『サニー・ベルのスーツ、色々と便利なんですけど、

 身体の線がくっきり出ちゃうのが、その……。

 変身している時だからまだいいんですけど、

 普段の私じゃ絶対着れませんっ。恥ずかしすぎます!

 あ、でも、もしも先輩が望むんだったら……、

 ううん、だ、ダメッ絶対なしっ。無理無理無理。

 はぁー、こんなんじゃやっぱり告白とか出来っこないなぁ。

 ダメダメですね、私って。

 ……次回「第十二話 サポーターは信用されたい」

 え? 先輩はいつも私を優しく支えてくれるし、

 とってもありがたいなぁって思ってますよぉ。

 信用してないなんて、そんなぁ(泣)』

 (ナレーション・鈴城日輪)


  次回へ続く。

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