私の秘密。

秋月一花

恋をすると世界が変わる。

 私には秘密がある。


 普通の女子中学生として生きている私の秘密。


 それは――……


「あれ、今日は早いんだね、風香ふうかちゃん」

「お、おはようございます! 湊斗みなとさん!」


 お隣に住んでいる大学生の、湊斗さんに恋をしているということ!


 湊斗さんは先月引っ越してきた大学生。年齢は十九歳らしい。定時制の大学に行っているみたいで、ここから少し離れたカフェでアルバイトをしながら生活費を稼いで大学に通っているらしい。


 それを知った両親が、たまに家庭教師を引き受けてくれないか、と湊斗さんにお願いしたため、週に二~三回勉強を見てもらっている。


 ふたりきり、というわけではないのだけど、同じ家に湊斗さんがいるというのはなんだかとても不思議でドキドキした。


「今日は朝練があるから早いの。湊斗さんも早いんですね」

「うん、なんだか目が覚めちゃって、散歩しようと思ってさ。ああ、朝練なら急がないとね」


 朝練がなければ一緒に散歩できたかもしれないのに!


 でももう時間がないのも事実で、私はちょっと悶々とした気持ちを落ち着かせるように深呼吸をしてから、湊斗さんに声を掛けた。


「はい、もう行かないと! 湊斗さんはお散歩、楽しんでくださいね!」


 そう言って学校に向かおうとすると、「風香ちゃん」と呼び止められた。


 湊斗さんが「部活、がんばって」と労いの言葉を掛けて、一口サイズのチョコをくれた。


「ばれないようにするんだよ?」

「ありがとうございます、湊斗さん! 行ってきます!」

「いってらっしゃい」


 そんな会話をして、階段を駆け下りた。走っていけばバスの時間に間に合うはず。


 朝練で少し憂鬱だった気持ちが、湊斗さんのおかげで一気に晴れた。好きな人の言葉とプレゼントって、なんでこんなに気持ちを晴れやかにしてくれるんだろう!


 なんとかバスに間に合って、まだがらんとしている車内の最後部の窓際に座り、さっきもらった一口チョコを眺める。


 誰がなんと言おうと、これは湊斗さんからのプレゼント! 大事にしないとね。とはいえ、食べ物だからいつかは食べないといけない。それがちょっと悲しい。


 もしも湊斗さんから、消えないものをプレゼントされたら絶対に大切する! ……まぁ、その予定なんて全然ないのだけど。


 でもやっぱり素敵な人だなぁ、湊斗さん。


 ふわふわの天然パーマの短い小豆色の髪に、焦げ茶の瞳。髪はきっと染めているのだと思う。でもね、すっごく似合っているの、あの髪色! 焦げ茶の瞳だってとっても柔らかくて、私が湊斗さんの作った問題を解き、解答欄を見ているときは厳しい目つきになるのも、解答が合っているときに優しさが宿るところも好き!


 こんなに私の心を占めている湊斗さん。


 高校受験が終わって、志望校に受かったら告白しようかな?


 でも今は、これから始まる部活動に力を入れないと。最後の大会、力いっぱいがんばりたいから。


 できれば、そのがんばる姿を湊斗さんが見て、私のことを好きになってくれないかなぁ、なんて、ね。


 大学生の湊斗さんにとって、まだ中三の私はきっと子どもに見えるだろうし。


 聞いたことはないけれど、もしかしたら大学に好きな人がいるかもしれないし、付き合っている人がいるかもしれない。そう考えると胸がぎゅっと締め付けられるような気がする。


 恋ってこんなにいろんな気持ちを教えてくれるんだね。


 まさか中三で一目惚れするなんて、思わなかった。


 友達にもまだ言っていない、私だけの秘密。


 その秘めた恋心に決着がつくのはいつだろう? 部活の他にも受験が待っているし、落ち着いて告白できるのはいつだろう?


 ……今の私に、告白できるかな?


 バスが学校近くの停留所につくまで、いろいろと考え込んでしまった。


 でもね、これだけは言えるの。


 湊斗さんを好きになって、私の世界はパァっと明るくなったって!


 友達がどうして恋の話を好んでするのか、ようやく理解できた。


 これは世界が違って見える!


 年上だからか、湊斗さんのほうが同級生よりも余裕があって、優しい。そんなところも好き!


 でもこの恋は、まだ誰にも言うつもりはないの。


『中三かぁ。受験生? 部活動もしているんだ? なら、最後までがんばってね。きっと、いい思い出になるから』


 って、湊斗さんが応援してくれたから!


 だから私は、残りの部活動を目一杯がんばって、部活仲間との思い出も『いい思い出』になるようにするの。


 そして、部活動を引退したら、湊斗さんのおかげで悔いなく引退できましたって伝えるつもりなの。


 高校受験が終わって結果が発表されて志望校に受かったら湊斗さんが勉強を見てくれたから受かりましたって、お礼とともに告白したい!


 フラれちゃったら悲しいけれど、それでもきっと、私の中で良い思い出になってくれると思う。


 そのくらい大事にしたい恋なんだ。


 十九歳の湊斗さんと、先日の誕生日でようやく十五歳になった私。


 この四歳差がすごくもどかしく感じることもあるけれど、中学生だから湊斗さんに勉強を教えてもらえるわけでもあって。


 湊斗さんをがっかりさせたくないから、小テストの調子も良いし!


 ――恋をして世界が変わる。


 そんなことが、私にも起きるなんて、夢にも思わなかったけど――……


 せっかくの初恋、もう少し秘めたまま、気持ちを大きくしていこう。


 それが、誰にも言えない、私の秘密。

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