最終話 水島くんside

「山野さん、行ってしまいましたか……」


 逃げるように走っていく山野さんの後ろ姿を見送って、僕、水島瞬は、一人でそう呟いた。


「今頃、狐の姿に戻ってる頃でしょうか。人に見られてなきゃいいですけど」


 僕は、山野さんが狐だってことを知っている。

 それも、初めて彼女を見た時から。


 実は僕には人には言えない秘密があって、いわゆる妖怪ってものを見ることができるのです。


 普段学校では、人間に化けてる山野さん。だけど僕の目には、狐の耳と尻尾がくっついて見えているのです。

 ケモナーの人たちにとっては、すっごく羨ましがられそうな状況です。


 だけどあいにく僕は、ケモナーではありませんでした。

 それどころか、初めて彼女を見た時は、思いっきり警戒していました。


 だってそうでしょう。

 狐が人間に化けて学校に通うなんて、普通じゃありません。もしかして、何か良からぬことを企んでいるんじゃないか。

 そんな風に怪しんで、その真相を確かめるべく、それとなく山野さんのことを見張っていました。


 まあ、全部杞憂だったんですけどね。


 山野さんは、本当に純粋に、学校生活を楽しんでいるようでした。

 みんなが面倒がって嫌がりそうな行事にも積極的にさんかして、困ってる人がいたら何とかしようと手を差し伸べる。そんな山野さんの周りに、自然と人は集まります。

 僕も、その中の一人でした。


 実は僕、人と関わることがあまり好きじゃないんですよ。

 そうなった原因のひとつが、この妖怪を見る力のせい。

 小さい頃は、妖怪を見たって言っても誰も信じてくれず、それどころか嘘つき呼ばわりされて、周りからは孤立していました。

 友達だけでなく大人からも、そんな僕は扱いづらい手のかかる子供だって思われていたようです。


 それから、妖怪が見えるってことは誰にも言わなくなって、周りに気を配るようになりました。

 一度できてしまった溝を少しでも埋めるように。

 敬語で話すのが癖になったのも、大人たちにいい子だって思われたかったから。


 そうして、次第に今みたいな穏やかな敬語キャラが定着し、周りと打ち解けられるようになりました。

 ですがそれでも、僕の心には、どこか虚しさがありました。


 人は、見えてるものがほんの少し違うだけで、大きな溝ができてしまう。

 かと思えば、ほんの少し取り繕うだけで信頼を得られる。


 別に、それがダメだとは言いません。僕だって、ある意味その方が楽だって思ってますから。

 だったら、何事にも本気になんてならずに、自分を演じ続ければいい。


 そもそも、妖怪が見えるなんて人には決して言えない隠しごとを抱えている時点で、誰かと本気で向き合うなんてできやしない。そう思っていました。

 山野さんと会うまでは。


 自分が狐であることを隠して、だけど何事にも一生懸命。誰とでも全力でぶつかっていく。

 そんな山野さんは僕にとって凄く眩しくて、気がつけば好きになっていました。


 山野さんが狐だってことを知らなければ、そんな彼女の魅力に気づくこともなかったかもしれません。

 そう思うと、小さいころからずっと煩わしく思ってた妖怪を見る力も、初めて好きになれました。


 そんな山野さんと、今ではおつき合いしている。

 まるで、夢のようです。


 ただ……


「僕は、いつになったら山野さんと次のステップに進むことができるのでしょう」


 僕が妄想や願望を拗らせすぎておかしくなったのでなければ、さっきは間違いなくキスする流れでしたよね。

 だからこそ、山野さんだってトキメキすぎて、狐の姿に戻りそうになってたはず。


 山野さんの感情が高ぶると化けるのが解除されるっていうのは、よーく見てたらだいたいわかります。

 それに、山野さんが僕たち人間に、正体を隠しているのも。

 妖怪って大抵の場合、人間に正体がバレたらダメって、一族の掟とかで決められているのですよね。


 まあ、僕はこの通り、山野さんの正体をバッチリ知ってるわけですけど。


 もちろん、それは絶対に言えない秘密です。

 山野さんに、君が狐だって知ってるよって言って、その結果二度と会えないなんてことになったら立ち直れません。


 ただそうなると、山野さんはときめく度に僕から逃げ出すことになるので、恋愛はちっとも進展しません。キスもできません。

 いよいよってところでお預けをくらったのは、これで三度目です。


「いい加減、僕の理性も限界が近いかもしれませんね。いっそ全部本当のことを話して、一族の人たちには黙っておくよう頼みましょうか。同じ秘密を共有すれば、もっと絆が深まるなんてことも……」


 おっと、いけません。つい、黒い思考が漏れてしまいました。

 普段表には出しませんが、実際の僕はこんなものです。


 だけどそんなことして、山野さんを困らせるわけにはいきません。それこそ彼氏失格です。


 キスもしたいし、次のステップにも進みたい。

 だけど一番は、大事にしたい。それが、一切の嘘偽りのない僕の気持ち。


 だから、僕が山野さんの秘密を知っていることは、絶対に秘密です。


 おしまい。

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バレちゃダメ! 恋する狐の隠しごと? 無月兄 @tukuyomimutuki

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