シークレットアルケミスト ワダさん

路地裏の店

「いやぁ、今日、頭が痛くて」

　俺の失態だ。

まさか短い期間に連続で訪れるなんて思っていなかった。

「我慢しろ、コタンプスお前なら耐えられる！」

　同僚のジェーロンは他人事だと思って口角を上げている。

「はぁ、体調不良のまま仕事を続けるしかないかぁ」

「薬でも飲んでしのごうぜ！」

「そうしたいんだけどさ、丁度薬を切らしてて。飲みたくても手持ちにないんだよ」

「うーん、それは困ったな。ここら辺には薬屋なんて無いしなぁ」

　居酒屋ホミュランの近くには薬屋はない。

雑貨屋も多少あるけれど、薬を置いているところを見かけたことはなかった。

「調理に集中してれば痛みも忘れられるはず。よし、がんばるぞ！」

「まぁ待て待て。頭痛を抱えながら仕事をして、味の落ちた料理が出来上がっても困る」

「でもそれしか対処法が」

「他の人には絶対に内緒だけど――」

　ジェーロンは周囲をキョロキョロと警戒した後、俺の耳にそっと顔を近づけて囁（ささや）いた。

「あった」

　雑貨屋・恵みの宝庫がある裏通りを突き進んで、さらに疑似交尾店ラヴィングを曲がった裏路地を進んでいく。

閑散とした雰囲気の場所に、異彩を放つ店。

看板には、『困りごとの解決は、こちら』と書かれている。

　いかにも胡散臭い感じがするけど、ジェーロンに紹介されたからこのまま帰るのも気が引ける。

彼が俺に悪さをするなんて思えない。

　警戒心を怠らせないように、意を決して店の中に入っていく。

　店内は明かりが少なく、暗い。

飾り気もないし、ちょっと異様。

ただ魔法の類の雰囲気は感じられた。

　店の中を物色していると、店の奥から一人出てくる。

「いらっしゃい。何かお困りごとでしょうか？」

　ローブで体を覆っているのでパッと見ただけじゃ分からないけど、若い女性の声だ。

「あ、えっと。同――」

　言いかけた瞬間、自分の中に危険信号が走る。

全部話したら、俺たちに何かが起こりそうだ。

「どうしたらいいかなぁって悩みながら歩いていたら、看板が目に入ってきて」

「どんな困りごとをお持ちでしょうか？　わたしが解決してさし上げましょう」

　本当に解決できるのか不安だ。

「えっと、頭痛がひどくて。薬は切らしてて、近くに薬屋さんがないので、困っていたんです。今は仕事の休憩を貰っていて」

　彼女の表情はよく見えないけど、どこか優しい雰囲気を向けられている気がした。

「頭痛ですね。それくらいなら、すぐに解決できます。少々お待ちいただけますでしょうか？」

「少々とはどれくらいですか？」

「すぐです」

　店員さんが軽くお辞儀をすると、店の奥へと姿を消す。

　それから本当に数十秒後。

　彼女が再び店の奥から姿を見せた。

「こちら、わたし特製のお薬です。一瞬でお客様の頭痛を消し去ります」

　そんなすぐれた効能を聞かされると、疑わざるを得ない。

「あはは、そうなんですね。うわぁ、期待できそうだー」

「ふふっ……お客さん、すぐに元気になりますよ」

「本当ですか？　お姉さんに出会えて良かったです。……それで、そんなすごい薬なら、値段のほうもやっぱり？」

　ジェーロン、確かに助けてくれたんだろうけど、値段のことは教えてくれなかったな。

なんて不安を抱きながら店員さんの顔を見つめる。

「お代ですか？　いりません」

「……えっ？」

「代金はいりません。本当です。ただし条件があります」

　彼女は緊迫した雰囲気を体中から漂わせながら、俺を見つめた。

「このお店のこと、私のことは絶対に他の人には言わないでください」

「どうしてですか？　何か事情でも？」

　店員さんは微笑んだ。でも心の奥に威圧感を感じる。

「お薬、いりますか？　助けはいりますか？」

　これ以上話を深堀したらいけない気がした。

「あ、え、あ、はい。秘密にします。絶対に。なので薬ありがたく頂きます！」

　約束を誓うと、彼女は軽く頷き、両手で持っていた薬瓶をこちらに渡してくる。

「素直でよろしいです。それでは、そのお薬を飲めば、頭痛は治りますので、お大事になさってください」

「ありがとうございます！」

　お辞儀を返して、彼女から離れた。

悪いことをしていないけど、なんだか落ち着かない。

　店の名前は分からない。

だから勝手に『錬金術師の店』と名付けた。

　錬金術師の店から出て数十歩歩いてから、強く握りしめていた薬瓶を見つめる。

　本当にこれを飲むだけで頭痛が治るのだろうか。

しかも一瞬で。

無料でもらったものに期待していいものか。

　思わず苦笑いがこぼれる。

　薬瓶の栓（せん）を外し、中の液体を口の中に流し込む。

　美味しい。

苦かったりするのかと思ったけど、美味すぎる。

　そしてもっと驚くべきことが訪れた。

「嘘だろ……」

　頭の中で暴れていた痛みが、本当に一瞬で無くなる。

　彼女は嘘を言っていない。

彼女の薬は本物だ。

　確かに秘密にしなきゃいけない理由も分かる。

　振り返って錬金術師の店をもう一度見つめた。

　また困りごとが出来たら、絶対に通おう。