第44話 吸い込まれていく一つの命【完結】

「アタシたちは何ともないわね」


 アイクとジェイソンが困惑していると、ヘリコプターからロバートが屋上に降りてきた。呂布とレッドは、身体の力が抜けてもはや立っていられない。呼吸もだんだんと荒くなっていたが、それでも目の前の敵をにらみつけている。


 「今ここで貴様らを殺すのは簡単だが、社長が生け捕りを望んでる」


 口の端に嫌みな笑みを浮かべて、ロバートが近づいてくる。


 「お前たち、こいつらを連れていけ!」


 ロバートが手を振ると、傭兵たちが呂布とレッドに縄をかけようと作業を始めた。その瞬間、ジェイソンが猛然とロバートに突進した。無防備だったロバートはそのまま地面に倒された。


 「彼らを解放しろ!」


 ジェイソンがナイフをロバートの首筋に当てる。


 「このクズめが! 村越社長を裏切るのか」


 さすが傭兵軍の長官である。ロバートは眉ひとつ動かさない。ジェイソンはナイフを押しだし、少しでも動けば命はないぞという警告を送った。


 「アイク! 早くみんなを連れていって!」


 「そうしたいけど、できると思う?」


 地面に横たわる3人を見おろしながら、アイクがため息をつく。呂布がうっすらと目を開け「蝉よ……」とつぶやいた。すると突然、波のような月の光が麗華の身体に降りそそいだ。 麗華の身体の中から、光り輝く古代の女がゆっくりと抜け出し、空中で月に向かってひざまずいている。


 「これってもしかして……あの有名な『貂蝉、月を拝す』じゃない?」


 アイクが驚いた表情で空を見上げている。呂布は苦しそうに顔をしかめた。


 「蝉……蝉よ……本当にそなたなのか?」


 胸に熱いものが込みあげてくる。夢ではないかと思い、必死で目をあけて愛しい貂蝉の姿を仰ぎ見る。呂布は気力を振りしぼり手を伸ばした。光に包まれた貂蝉の身体は月に照らされ、どんどん輝きを増していく。


 突然、そこから光の柱が屈折し、地面に横たわる麗華とレッド、そして呂布の身体を照らした。


 ロバートは、目の前に広がる不思議な光景にくぎづけになっているジェイソンの手首をつかむ。首元からナイフを引き剥がすと、ジェイソンの膝の内側に蹴りを入れた。ジェイソンが「あっ」と声をあげて地面にひざまずく。すかさず首にロバートの手刀を浴び、気を失ってしまった。ロバートは、ぐずぐずしている暇はないとばかりに呂布に駆けよると、胸ぐらをつかもうと手を伸ばした。しかし、その手が呂布に射し込んでいる光に触れた瞬間、手から焦げ臭い黒い煙が流れ出た。


 「こ、これは一体?」


 激痛に見舞われ、思わず手を引っ込める。


 「ロバート! 奴らには神秘的な力が宿っているようだ」


 イヤホンから再び村越宗信の声が聞こえてくる。


 「ひとまず撤退しろ!対策はそのあとだ! ジェイソンは連れてこい」


 「了解です!」


 ロバートはジェイソンの襟首をつかんで呂布のそばを離れると、上空で待機していたヘリコプターに乗り込んだ。


 ロバートらが去ると、海辺の別荘は静寂に包まれた。光を受けた呂布の身体には、力がみなぎっている。不思議なことに、以前よりも力が充実していると感じるほどだった。


 呂布は立ちあがると、空中でひざまずく貂蝉に向かって思いきり手を伸ばした。


 「蝉よ、行ってしまうのか……?」


 貂蝉の姿が、みるみるうちに薄くなっていく。名残惜しそうに呂布を振り返った貂蝉の赤い唇が小さく動いた。


 「温侯……。麗華さんを守ってあげてください」


 次の瞬間、貂蝉の姿は暗闇の中へと吸い込まれていってしまった。


 

 【シーズン1完結】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【完結】女社長の私が最強の武将(三国志の呂布)と入れ替わるなんて?! すずまる @suzutanmofu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ