第2話
ノーティスが呆然としていると、リリアーヌはようやくこちらを向いた。
「あら。ノーティス様。…………いらしてたの?」
「あ、ああ……。その子は誰かな?」
「ニコルですわ。お兄様のところの……あら、もしかしたら、お会いになるのは初めてだったかしら?」
「うん……そうだね。えっと、初めまして」
彼女の身内なら邪険にすることはできない。と、ノーティスは彼と目を合わせて、ほほ笑む。すると、ニコルはぷいっとそっぽを向いて、リリアーヌの腕に縋り付いた。
「誰……? この人、怖い……」
「まあ、ごめんなさいね。ニコルは人見知りが激しくて……」
「あ、ああ……そうなんだ」
顔を引きつらせながら、ノーティスは向かいの席に着いた。
「そういえば、リリアーヌ……」
と、彼女に話しかけようとすると、
「ねえねえ、姉さま! 聞いてくれる?」
「まあ、何かしら?」
「こないだね、父さまが――」
リリアーヌの視線はすぐにノーティスから逸れていく。ニコルと顔を合わせて、にこにこと笑っていた。
「待ってくれ! リリアーヌ。今、僕が話そうとしていたんだけど」
「あら……そうだったのですか? でも、ノーティス様はニコルよりずっと年上ですもの。そんなことで怒ったりはなさらないでしょう?」
「え……? あ、その……」
ノーティスは口ごもる。何だかどこかで聞いたことがあるような台詞である。
その合間にニコルが楽しげにリリアーヌに話しかけている。
リリアーヌはずっと体をニコルの方に向けていた。ノーティスのことはこれっぽっちも気にしていなかった。
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それからというもの、私はニコルを構い倒した。お茶会はもちろん、ノーティスと出かける時は必ずニコルを連れて行った。そして、ニコルにだけ話しかけ、ニコルとだけほほ笑み合った。
そんなことが続いて――1か月後。
「リリアーヌ・クランベル! 君との婚約を破棄する」
パーティ会場で、ノーティスは高らかに宣言をしていた。
「……まあ」
と、私は目を丸くする。
――予想よりずっと早かったのね。
私なんて、2年はあの状況で耐えていたのに。
「ノーティス様。理由をお聞きしても?」
「君はニコルにばかり構いすぎだ。僕の存在をないがしろにしている」
……どの口が言う。
と、冷たい視線になりそうになったのを、私は必死で自制していた。あくまでおっとりとした様子で、ほほ笑み返す。
「でも、ニコルは私の身内です。身内を可愛がるのは当然、なのでしょう?」
「それにしても、限度というものがある! 君とニコルの距離感はおかしい。ただの身内とは思えないほどだ。まさか、君たちは男女の関係にあるのではないか?」
「まあ……ノーティス様。おもしろいことをおっしゃるのですね」
私は、ふふ、と笑う。
すると、ノーティスは更に激高した。
「それを疑われても仕方のない行為をしているではないか! 年頃の男女が、あんなにべたべたとしていては……仮にそういう関係ではないのだとしても、周囲から誤解を受けることは当然だ」
だから、それをノーティス様が言うんですか……。
彼の後ろには、お姉さんとナティアちゃんの姿もあった。2人ともおもしろいものを見る表情で、にやにやとしている。
「ノーティス様は、誤解されておいでです」
「何が誤解なものか。その言い訳には誤魔化されないぞ」
「ニコル……ちょっとこちらに来てくれる?」
「はい、姉さん」
と、人だかりの中から、金髪の子がひょっこりと顔を出す。
その姿を見て、ノーティスは愕然とした。
長い金髪。少し生意気そうな碧眼。
――そして、その身にまとうのはライトブルーのドレス。
そんな少女が、私の隣にやって来たのだ。
「なっ……え……?」
「見ての通り、ニコルは女の子ですが。ふふ、女同士でどうやって男女の仲になるのでしょう?」
「いや……だが、しかし……! 先日は男のような恰好を……」
「ニコルは昔から活発でして。スカートが苦手なのです」
私が告げると、ニコルが「てへっ」と可愛らしく舌を出す。
「そもそも、私はニコルが『甥』だとは、一言も言った覚えはありませんよ?」
「なっ……!?」
「ああ、そうそう。ノーティス様。私との婚約を破棄されるのでしたね。そちらは承諾いたしますわ」
「そ、そんな……」
ノーティスが蒼白になっていく。
その顔に向かって、私はにっこりとほほ笑んだ。
「ノーティス様のおっしゃっていることは、一部、本当なんですもの。私も今は、ノーティス様より自分の身内の方が大事だと思っていますわ」
ノーティスが人目のあるところで婚約破棄をしてくれたおかげで、その後の処理は楽なものだった。私たちはさくさくと別れることができたし、「姪と仲良くしていただけで何が悪いんだ?」と、ノーティスは多方から責められたらしい。
一方、ノーティスとナティアちゃんの関係は、はたから見ても異常だったらしく、「男女の仲にあるって、自分たちのことだったのでは……?」と疑いをかけられる。
ノーティスは、|幼女趣味(ロリコン)だと各所からささやかれた。「君なら真実を知っているだろう! あの噂を否定してくれ!」と頼まれたけど、「さあ。私はそちらの身内のことはあまり……」と、首を傾げておいた。
伯爵家は今、針のむしろ状態らしい。私にとってはどうでもいいけどね。
だって、あれ以降、ニコルに懐かれて、彼女と一緒に過ごすので忙しいんだもの。
終わり
姪っ子ばかりを可愛がる、私の婚約者 村沢黒音 @kurone629
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