姪っ子ばかりを可愛がる、私の婚約者

村沢黒音

第1話


「申し訳ありません。ノーティス様は本日、こちらにはお越しできません」

「ふーん……そう。またナティアちゃん?」

「ええ、その……はい……。今朝、ナティア様が突然、思い立ったように買い物に行きたいとおっしゃいまして、ノーティス様もそれにご賛同されて」


 私の冷めた視線に、遣いの者が汗をかいている。


「私どもは、リリアーヌ様との約束があるのですから、そちらを優先すべきだと申し上げたのですが……ノーティス様は」

「『身内を可愛がることの何が悪いんだ』かしら? ふふ、いつものパターンね」

「誠に申し訳ありません」

「いいの。知らせてくれてありがとう」


 私はにっこりと彼にほほ笑み返した。

 別に虚勢でも何でもない。もうこんなことには慣れっこだから、何も感じないだけだ。


 今日は婚約者のノーティスとのお茶会の予定だった。でも、直前になってすっぽかされた。


 ……これで何度目だろう。


 ノーティスは、私より7つ年上の24歳だ。彼には年の離れた姉がいる。そのお姉さんの子供がナティアちゃんである。今年で14歳――ノーティスとは10こも歳が離れている。だから、彼からしてみれば、ナティアちゃんのことは目に入れても痛くないほどに可愛いのだろう。……よく思い返してみれば、彼は元よりお姉さん大好きシスコンの気があった。


 そんな大好きなお姉さんが産んだ、彼女にそっくりの女の子。桃色のふわふわ髪の、天使のようなナティアちゃん。

 私の髪は栗色で、目の色もライトブラウン。顔立ちも地味な方だった。


 ナティアちゃんはノーティスにとてもよく懐いている。彼のことをお兄さん兼お父さん代わりにしている節がある。


 今から15年前のこと。

 ノーティスのお姉さんは伯爵家の令嬢だったが、身分違いの男性との恋に落ちた。家出同然に彼と駆け落ちをしたらしい。彼女はそこでナティアを身ごもる。

 だが、結局はその男性とは長続きしなかったらしく……その3年後には娘を連れて、実家に出戻った。


 ――ナティアは父親のいない可哀想な子なんだ。

 ――だから、僕が支えになってあげなくては。


 まあ、その心意気はご立派よね。

 身内を支えたいと思うことは悪いことじゃないもの。


 けど、何事も限度ってものがあると思う。


 私と約束をしていても、ナティアちゃんが、「嫌よ、嫌! ノーティスお兄様! 今日はナティアといて!」と喚けば、彼はころりと彼女の言うことに従う。

 先日、私の誕生日には、彼はナティアちゃんとお姉さんと旅行に出かけていた。何でも「絶対にその日がいいの!」とナティアちゃんが言い出したんだって。私の誕生日プレゼントは、その地方で有名な菓子1つだった。……いや、お土産かよ。


 ちなみに、先月、ナティアちゃんが誕生日の時は、盛大にパーティーを開かれたそうですけどね。もうどうでもいいんだけど。


 どうやら、私はナティアちゃんに嫌われているらしい。私だって、初めは彼の身内だから、仲良くしようと頑張った。でも、いくら私が話しかけても、ナティアちゃんはノーティスの後ろに隠れてしまう。何でも、人見知りが激しいんですって。そう告げた時、ノーティスは惚気るようにニコニコとしていた。


 「僕がいないと、不安になってしまうんだ、ナティアは」って。はいはい、そうですか。

 その割には、ノーティスの背から顔を出して、ナティアちゃんは私に敵愾心むき出しの視線を向けてきていたけど。


 私だって、この扱いの差はあんまりだと思った。

 だから、やんわりと言ってみたことがある。


 すると、ノーティスにめちゃくちゃ怒られた。「ナティアは僕の姪なんだ。別に浮気をしているわけでもない。身内を可愛がることの何が悪いんだ」って。


 その瞬間、彼に向けた淡い思いは、ぱりーんと音を立てて消えていった。

 ノーティスは穏やかで、優しい男性だった。その優しいところが、私も好きだったんだけどな……。

 その日はさすがに堪えて、部屋でちょっと泣いた。


 泣いたら、翌日、さっぱりとした気持ちになれた。

 そして、私は思い直したのだ。


 ――身内を可愛がることは、悪いことじゃない。


 うん。なるほど。言われてみれば、確かにそうだ。

 私の心は、ちょっと狭かったのかもしれない。


 その日、私はニコルを家に呼んだ。私の兄の子供だ。歳はナティアちゃんと同じ、14歳。


「こんなこと頼んで申し訳ないんだけど……少し協力してほしいことがあるの」


 私がこれまでのことを話すと、ニコルは憤った。そして、快く告げてくれたのだ。


「もちろん。姉さんの頼みなら、何でも聞くよ」


 と、にっこりとほほ笑む。

 その愛らしさに私の胸がドキッと高鳴った。

 うん、私もやっぱりノーティスのことを悪く言えないかもしれない。年下の子って、とても可愛いんだもん。




 +


 ノーティスは苛立っていた。

 自分の婚約者、リリアーヌのことである。最近、彼女から誘いを受けることがめっきり減った。

 以前までは月に数回の頻度で、お茶会に誘われていたのだが。


(……もしかして、すねてしまっているのだろうか)


 と、ノーティスは考えていた。

 リリアーヌはとても嫉妬深い女性だった。何せ、自分の身内にまで嫉妬してくるのだ。ナティアは姪だ。男女の関係になんてなるわけがないのだから、怒る方がおかしい。と、ノーティスは思っていた。


 ――そもそも、ナティアよりリリアーヌの方が年上なんだから、もっと寛容になってくれなければ困る。


 しかし、ノーティスはリリアーヌの我儘を許そうと決めていた。彼女は少し嫉妬深いだけなのだから。その気持ちもわかってあげるのが、婚約者の度量というものだ。


 ノーティスは彼女に手紙を書いた。自分からお茶会に誘うのは、ひどく久しぶりであったことにも気付かなかった。

 彼女からの返事はやたらと素っ気なかった。日にちと場所の指定だけだ。普段ならもっと多くのことを手紙に書いてくれるのに。

 これはよほどすねているのだな、とノーティスは思った。


 その日の朝、彼女の家に向かうべくノーティスは支度をしていた。


「ノーティスお兄様ぁ~~」


 と、甘い声をあげて、ナティアが駆けてくる。そして、ノーティスの腕に自分の腕を絡ませた。


「お兄様が行ってしまったら寂しいわ! お願い、行かないで……」

「ごめんね。ナティア。今日はどうしても行かなければいかないんだ」

「そんな……リリアーヌ様ったらひどいわ……! ナティアから、お兄様をとりあげようとしているのね……」


 と、ナティアが泣いて駄々をこねるので、それを宥めるのに時間がかかった。ノーティスがリリアーヌの家に着いた頃には、約束の時間より1時間も遅れていた。


「すまない。リリアーヌ。ナティアが嫌がるから少し遅れてしまって……え?」


 その日は温室でお茶を飲む予定だった。メイドに案内され、ノーティスは目を疑った。

 リリアーヌが楽しそうに笑っているではないか。それも、見知らぬ少年と一緒に。


「ふふ。あら、もうニコルったら。ほっぺたにクリームがついてるわよ」

「へへ……姉さん。ありがとう」


 それは目を見張るほどの美少年だった。長い金髪を後ろに1つで結んでいる。小柄で華奢な体つき。声変わり前の甲高い声。

 リリアーヌのすぐ隣の席に座っている。距離が近すぎる、とノーティスは思った。2人は顔を見合わせて、にこにこと笑っている。ノーティスが到着したことには気付いた様子もない。


「……り……リリアーヌ……?」


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