第2話 気にするな——そんなのは、よくあることだ


 次にやってきたのは、きっちり身なりを整えた訪問着姿の中年女性。

 人間だが……その視線は、先に入室を果たしていた例の集団を探るような目で観察した後、いまひとりの美少女然とした父兄に鋭い一瞥をはなった。


 落ちつきをはらってはいるが、やつらを警戒して緊張状態にある。

 そのへんに、ただならぬものを感じたのだろう。


 あの訪問着の女性~あれ~は、やしろを守る一族の末端すえ一枝ひとえだにして、最近、編入してきた出席番号21番。吉田よしだ 巴人はじんの伯母だ。


 主婦業と茶道師範のかたわら、悪霊祓いもこなす……知る人ぞ知る霊能者。


 開発されたが住人を募った初期に定住を希望し~出戻り~、なかなかよい土地を占有するにいたった女だ。


 その小枝がここを出て行ったのははるか昔のこと。彼女の先祖がなした所業になるので、〝出戻り〟とするのはいささか語弊があったが……。

 わたしの感覚では、似たようなものだ。


 この教室に巴人はじん以外、(遠いのは別として近いといえる)縁者はいないはず。 

 どうしてここにいるのだろうと思っていれば、その巴人はじんの父親にして、現在フリーター状態の男が遅れて入室してきた。


 巴人はじんの父もその姉以上の素養の持ち主だが、まったくその可能性を磨く気のない朴念仁……いいや、民間資格でしかないとはいえ、バリスタとしてはけっこうな技能と舌の持ち主のようだから、趣向がそちらに向いてしまっただけのことだろう。


 その父子の移住が成立してからさほどもないことだし。正式に受けいれてくれる企業を近辺に見いだせば、彼らの経済的な問題も解消されるに違いない。

 ある素養……可能性を磨かないのは、実にもったいないことだと思うが……。

 

「ねぇさん、そんなに急がなくても大丈夫だよ。なにかと物騒ではあるけど、そう滅多なことは起きないだろうからさ……」


 こそっと、姉に耳打ちしている。


 失業して姉を頼ってきたはいいが、この街のありようをその身をもって知るにあたり、息子の学校生活に懸念をおぼえ、その道で助けになりそうな姉に相談を持ちかけた……と、いったところだろうか?

 

 父兄の姉の同伴はめずらしいことだが、この学園にあって、前もって要望を伝えていれば、べつに複数で参加しようとルール違反ではない。


 先に入室を果たしている七名にかんして言えば、来訪の許可をとっているかどうかも怪しいところだが――


 そうしているなかに、こつこつと杖をつく音が近づいていた。


 続いてやって来たのは、左足が義足で、左目があるべき位置に眼帯を巻き、存在していない片方の視覚器官を隠しているをしている長身の男……。

 必要でもない杖をつき、歩き方も変え、おのが特異性を念入りに、ごまかしている。


 脅しが趣味のがわざわざ人間をよそおってこの場にやってくるとは!


 本能で他人ひとをからかいたがるこいつが、人の行事に参加しようと、こんなにも努力している。


 ウルフ系や龍神の化身、狐に古狸こりにダンピール、それに死神つきの子女に死人ほかが混ざりこんでいることには気づいていたが、わたしとしては驚きをかくせない――

 ぁあ、たぬきと犬神は、学年・クラスが違っていたな……。

 ともあれ、の来訪は意想外だ。


 このクラスには《一つ目入道》の子供か、もしくはその係累がいるのか?


 ――人に限らず、存在が集まりだせば秘密や謎はつきものだが……


 わたしがとまどっていると、このクラスの担任。卜部うらべ 愛衣まないが姿を見せた。


 まだ、始業のベルは鳴っていない。


 教師の来訪に、こころなしか教室内の雰囲気が変化したようにも思えたが、いぜんとして、休憩時間の安楽な空気はただよっている。


 わたしは瞠目した。

 さすがは、代々この土地を守り続けてきた一族の一子いっしだ。


 多少、ふだんと違う行動してもおかしく見えることはない。この土地の気そのものになじんでいる。


 さびれゆく村のありさまに、いっときは故郷を捨てる覚悟で教職の道を目指し、見事、数々の資格を獲得して帰ってきた。

 氏子として生きることをめたいまも、この地と相性のいいその霊威に衰えは見えない。


 わたしは彼女の素養の確かさに感動するとともに、幾ばくかの寂寥せきりょういだいた。


 この地が、ふたたび賑わいをとりもどどすことを切に願っていた…――そのの意思はすでに定まっている。


 次世代の育成にたずさわり、尽力することに彼女は生きがいを感じているのだ。

 一度は失われかけた故郷——これをこの生徒たち~彼ら~が盛りたてていくものと受けとめているなら、その仕事への思いも一塩だろう。


 それでもその素養の豊かさをのあたりにすれば、わたしとしては願わずにはいられない。


 まつりの道にもどってくる気はないのだろうか……? と。

 

 ぁあ……もう、ほどなく授業が始まるな。


 愛衣まないは、来賓者がそろわない中にも欠員のない生徒を見渡している。

 そして彼女は、不可解そうな表情をみせながらうつむいたかと思うと、ぽつりと独り言ちた。


「……おかしいな……。みんな、知ってる子なのに、今朝けさから生徒がひとり多い……」


 ……まぁ、たしかに。そう見えるだろう。

 だが…——

 そんなことは気にするな。

 こんな現象は、この街でなくてもだ。


 こうして眺めていれば——参加したくなることも、あるものだからな……。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぽえてぃっく・びれっじ ~うちの学校は秘密が多い~ ぼんびゅくすもりー @Bom_mori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ