転校

「えー、柴田君は家庭の事情で急な転校となりました」


 テロによる臨時休校から一夜明けた今川王城学園のホームルーム。開口一番、居並ぶ生徒たちを前にして担任の教師はそう告げた。


「え、なんで?」


「近頃急に付き合い悪くなったけど…… 何か関係あるのかな」


「ご家族にご不幸でもあったのでは? 心配ですわ」


 クラスメイトの半ば失踪ともとれる転校に教室がざわめく。


 その朝は彼を心配する会話で持ちきりだったがSMSの力は恐ろしい。その日の夕方には「今川王城学園」「テロリスト」「正体」というスレッドが立ちあげられた。


 当然その中には頭に上着を被って連行されていく柴田の写真が添えられている。

「マジで?」


「うわ、犯罪者だったのか」


「マジさげぽよ」


 心配の声が一転、非難と罵声になる。


 だが心配ないだろう。元犯罪者でも可夢偉使いは貴重だ。


 幸い殺人は犯していなかったし、数年ののちに二十四時間監視付きで釈放される。そのうえで彼が嫌った上級国民のために働く人生が待っているだろう。


 今の宗徳がそうであるように。


 その日の夕刻、公安五課の談話室に宗徳と千佳が入ると中の視線が一斉に二人に向けられた。


 だがその視線は以前のように敵意に満ちたものでない。


「あいつ、『エデン』の幹部を倒したらしいぜ」


「マジか?」


「スパイって噂もあったが……」


 嫉妬、困惑、そしてわずかな敬意。宗徳の隣にいる千佳が心地よく感じるものだった。


「おめでと~。むねち~、千佳~」


「あんたら、やるじゃん」


 ちづると薫が駆け寄って、二人をねぎらってくれる。


「うん。苦戦したけど、なんとかね」


 宗徳はちづるが奇癖を明らかにして以降、接し方を一つだけ変えた。


「じゃ、いつもの」


 小声でそう言ってちづるの白衣の袖にそっと使用済みのハンカチを忍ばせる。


 ちづるの顔がほころび、眼鏡の奥の瞳がとろける。男女の仲に疎い宗徳はその真意を測りかねた。


だが一目見ただけで何があったかを察した薫は、ちづるの耳元で呟く。


「一歩前進じゃん」


 頬のゆるみを抑えながら、ちづるは平静を保って恋のライバルである千佳を気遣う。


「千佳は~、凍傷の指、大丈夫~?」


「手当てが早かったことが幸いで、回復したさあ。昨日から稽古も再開してるさあ」


「私の方も~、エデンの幹部が倒されたことで色々と忙しくなりそうです~」


「示現もそろそろ復帰できそうって。そしたら、マジあげ……」


 公安五課の面々に第二資料室に来るようにと連絡が入り、会話が中断された。


 そこで八重樫室長の懐妊、そして臨時室長の辞令が示現巌に交付される。


 SNSにはエデンを擁護する声も多い。まだエデンが解体されたわけではないし、エデン以外のテロ組織も多い。


 オーノ牧師の口から出たエデンの最高幹部、「総書記」の名もまだ明らかになっていない。


 公安五課の戦いは、これからが正念場だ。

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令和の国のテロリスト @kirikiri1941

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