いつかはわたくしも

 溶けた氷で濡れた瓦礫に、落下したドローンの残骸が点在している。まだ残るかもしれない爆発物を警戒し、警視庁の処理班が慎重に事に当たっていた。


 周囲はパトカーや救急車のサイレンの音、野次馬の話し声が響き。


 上空には怪我人の救出など一切手伝わないマスゴミの取材ヘリが飛び交い。


 警察が張った警戒線には、スマホを構えた見物人が押し合いへし合いしている。


「私は、私は……」


「……」


 ぶつぶつと呟く柴田と、宗徳に深手を負わされたオーノ牧師が警察車両に乗せられ、朝の街に消えていく。彼らを撮るフラッシュで顔が見えないほどだった。


『テロ事件終わったって』


『警察の皆さん、お疲れ様です』


『ちょっとがっかり~。もっと死ねばよかったのに』


『液体窒素漏れだっけ? ヤバくない?』


『爆弾騒ぎもすごかったって……』


 SNSには今回のテロについて様々なスレッドが立てられ、思い思いの書き込みがされていた。


凍り付いた地面や不自然に吹き飛んだ瓦礫は、公安五課の情報担当がテロリストの準備した液体窒素が漏れたものと公表している。


 宗徳はまだ痛む頭を抑えながら、応急手当の終わった千佳に肩を貸してもらっていた。


「宗徳、まだ痛むさあ?」


「うん、でもだいぶ良くなってきたから……」


宗徳の「森羅万象」は、小動物や植物の感情に訴えて味方にできる可夢偉だ。だが副作用として研ぎ澄まされた自分の感覚器官によって脳に莫大な負荷がかかる。


 但馬流のかつての使い手は猛獣を使役したり、森林を操ったりといった派生型も存在したが、宗徳はまだその域には到達していない。


 救護活動が一区切りついたのか、近衛家の面々も災害現場からの撤収作業に入っている。その中にいた明日香が、宗徳たちの姿を認め近づいてきた。


 呆然とした表情で、足取りもおぼつかない。


 だが近くにマスゴミのたぐいがいないことを確認すると、小声でつぶやいた。


「近衛家に連なる者として、話は全てお聞きしました。まさか、柴田さんがテロリストに」


 顔見知りがテロリストになったのは、相当なショックらしい。


「真面目で、勉強熱心で、ボランティアにも積極的に参加していたのに…… あんな人をだますなんて、エデンとはなんてひどい組織なのでしょうか」


「だまされてたわけじゃない。彼は自分なりの意志でテロに加わったんだ。貧しい人のためにっていう正義のために」


「このどこが正義なのですか!」


 ビルの瓦礫、運び出されていく多くの怪我人。そして指が凍傷になった友人。それらを指して明日香は悲痛な叫びをあげた。


「目の前でこの光景を見ても、彼は手を止めようとはしなかった。貧しい人をすぐにでも救いたい…… その気持ちが強すぎたんだ」


「貧しい人を……」


 その言葉に感じいるものがあったのか、明日香は救助活動で泥に汚れた手を見ながらうつむいた。


「別に彼が根っからの悪者ってわけじゃない。普段の彼はとても真面目で、親切で。明日香も見てたでしょ?」


「そんな! 学生がテロ活動を行うなんて、おかしいです!」


「宗徳、もうそれくらいで……」


 見かねた千佳が止めに入ろうとするが、宗徳はそれを目で制する。


 上級国民たる彼女は、残酷な現実というものを知っておかなくてはならない。


「別に学生がテロを行うのは珍しくない。外国の例を見るまでもないし、日本でも1960年頃はもっとひどかったらしい」


「大学生が集団で講堂を占拠して授業をストップさせたり、石を投げつけて商店を破壊したり、警官に火炎瓶を投げつけて焼き殺したり。山荘に立てこもって警官数十人を負傷させ、三人を殺害、あげくのはてに内輪もめでリンチ殺人した事件は有名だよ」


 明日香の脳裏に、父親や黒崎とのやり取りがよみがえる。汚い言葉と自己保身にまみれながらも救護活動に精を出していた黒崎。


 美しい理想を持ちながらもテロ組織に属した柴田。


 自分はどちらに近い人間だろうか、そう考えたとき明日香の口から言ってはならない言葉が飛び出す。


「わたくしも、いずれは同じようなことをするのでしょうか?」


「そんなことないさあ!明日香は優しいし、そんな……」


 とっさに否定した千佳に対し、宗徳は冷静に言い切った。


「ないとは言いきれない」


「宗徳! 言い過ぎさぁ。明日香の気持ち考えるさぁ!」


 だが宗徳は、穏やかな表情で明日香に向き直る。言葉とは裏腹に、どこまでも優しい笑顔。


 頬に熱さを感じた近衛家令嬢に対し、宗徳は言葉を続ける。


 焦げ臭さが収まってきたビルの隙間から吹いた秋風が明日香の黒髪を柔らかく揺らした。


「そんなことがないように、千佳と友達でいてあげて。千佳なら明日香を殴ってでも止めてくれるよ。もちろん、僕も止める」


「ヤバい思想にはまらないようにするためには、身近な人とのつながりが大事だから。柴田くんは自分でそのつながりを断ち切ってしまったけど。明日香にはそれがある」


「だから、明日香は大丈夫」

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