幕間 オーノ牧師回想
最初はただ人を救いたかった。
貧しい人々を見て、何かしたいという気持ちが昔からあって。
だが、近衛家のような経営や起業の才は自分にはないことを自覚していて。
家はキリスト教で子供のころから教会に行っていたのでそのつながりでオーノは牧師になり、福祉活動に従事した。
牧師としてホームレスに炊き出しを行ったり、教会に来る人々の悩みを聞いたり。忙しくも充実した日々を過ごしていた。
だがある日、転機が訪れる。
炊き出しの最中に聞いた政治の演説に、心打たれたのだ。
すべての人に平等な社会の実現を。貧しい人がいなくなる世界に。
まさしく、彼が求めていたもの。
そう思い、活動に少しだけ参加することにした。組織の名はエデン。
教会で大勢の人の前で話すのには慣れていたし、炊き出しや告解など人の悩みを真摯に聞くのも好きだった。
優れた演説とトークによって、すぐに彼はエデンの中で上り詰めていく。
だが、組織が大きくなるにつれ理想に共鳴しない人間も増えてきた。
彼はそう言った人を呼び出し、説得しようとしたが反論は轟轟たるものだった。
綺麗ごとだ、能力に差がある人間が平等になれるわけがない。貧しい人がいなくなるとか、そんな世界があったためしがあったのか。
初めは辛抱強く聞いていた彼も、次第にいらだちが募っていく。
なぜそんな理屈を吐くのか。なぜ理想に向かって突き進まないのか。
こんな奴らがいるから、貧しい人たちをすべて救うという理想が実現されないのだ。
理想と貧しき人々への思いが、裏返って激しい怒りとなる。気が付くと、反論する男を思い切り殴っていた。
あふれ出た怒りは止まらず殴って、殴って、殴り続けた。
教会に伝わっていた小野派一刀流を学んでいた彼の拳は、人一人の生命を奪うのに十分な威力があった。
冷たくなった遺体の前で彼は後悔し、泣き叫び、神に懺悔して許しを乞う。
だが死者が生き返ることも、自分の罪が許されるはずもない、もはや私の命を持って償うしか。そう思った。
しかし教会の教えでは自死は禁止されている。責任を取ることもできないまま、彼は罪の意識にさいなまれる日々を送った。それこそが神の罰と思い。
しかし彼が殺しを行ってからしばらく、組織の中で反対意見が出なくなった。
組織がスムーズに回り始めたのだ。それが彼には、理想が近づいたように思えてしまった。
神が罰を下したのだ。ソドムの町、ノアの大洪水など神が罰を下した例はいくらでもある、
いや。これは罰ではなく救済。理想を邪魔する者を、殉教者として天国へ送る。
神の意志と考えることで、オーノ牧師は自らの手を血に染める罪悪感に折り合いをつけていく。
それからは反対意見を持つ人をすすんで神のもとへ送り届けるようになる。彼はそれを、「粛清」という隠語で呼んだ。
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