鉄と薔薇
ちさここはる
美と筋肉の正体
仕事はいつもと同じで至って普通に《暗殺》を行う。バレずに。任務でヘマなんかはしたことがない。終えれば何事もなかったかのように
「おいおい。テオン一味がヤラれたってよ」
「抗争かァ??」
「それにしたって、あの大きなギャングがどんなヘマを」
報道される国内指折りの有名ギャング一家の大量殺人に酒場にいる市民たちは驚きの表情を浮かべて釘付きだった。どんな一流な暗殺軍団が加入したのか、はたまたと、どこかのギャング同士で血で血を争う攻防があったのかと。火の粉の飛び散りの方向に戦々恐々だ。
「旦那。ギャングたちも黙っていないでしょうし、我々にも厄介ごとがこなければいいですな」
「そうだな」
「ヤる方もヤる方だ。なんだって、あの一家を」
「されるだけのことをしただけのことじゃないのか」
「まァ、そうでしょうが」
ファロンの言い返しにバーテンダーももごもごと小言を漏らした。カウンター席から壁のテレビの報道は駄々洩れと延々と同じ映像が繰り返され続ける。ファロンの口からも小さなため息を吐かれたときだ。
「あら。あらあらあらァー~~ふふふ。また、お会いしましたわ」
低くおっとりとした口調と見る見ると目を見開き化け物を視るかのようなバーテンダーの顔を他所にファロンの小さな唇が喜びの形に変わる。
「今月は何回目だったかな。お嬢さん」
「ファロン様。お嬢さんはお止しになって、今月は6回目の顔合わせでしてよ」
ファロンの横の席に男ならば誰でも目を見張る弾力の筋肉と体躯の曲線もがっしりとした女のものの洋服も特注の女装癖のジンが腰がかけた。ジンの長い黒髪は首元でお団子と簪が数個とキラキラと揺れていた。大きくゴツい指にはマニュキュアが塗られ、ストーンの飾りも場違いと輝く。耳の大きなピアスの細工も美しく店内の灯りに煌めき。厚みのある大きな唇にも新色のグロスが光りに揺れる。組まれる足許は膝までのブーツだ。
「君から話しかけてくれるだなんて、光栄だな」
「ふふふ。顔馴染ですもの、……あら。でもご迷惑でしたかしら?」
口許に手で覆いどうしょうと狼狽える様子のジンにファロンも「まさか、迷惑だなんて。僕に連れなんか、いつもと同じでいないよ」とジンを安心させるかのように伝えた。それにはジンもはちきれんばかりの胸元に手を置いて安堵の吐く。
きれいな客とありえない客を目の当たりにするバーテンダーも、この2人の関係性に正直と気になるも飲み込んで耳を大きくダンボと聞く。
終始と2人は笑い話をし合っていた。
こんな時間がずっとずっとと続けばいいのにな、と。
《暗殺者》と《密偵者》
(今度はいつ、この人と会えるだろうか)
(美しいこの方とは、もう……)
仕事が終われば、次の土地と仕事だ。
余興も終わる。
「ファロン様。実はですね――」
「! ぃ、言わないでくれ!」
「え」
「結婚か?! 婚約か!? そんな話なんか、君の口から聞きたくなんかないっ」
「まさか。そんないい話なんか私になんかありませんわよ」
「ない、のか。縁談が」
「はい。私に魅力がありませんの」
「いや。君に魅力がないだなんて……」
見惚けるファロンにジンの頬も朱に染まる。
俯いて豆を頬張り噛んだ。焼酎水割りも飲み込むとファロンへの涙で揺れる目で見据えた。
「私、仕事が終わってしまいまして、すぐに帰国しなければなりません。こうしてお会いできるのも、偶然も、今日ぐらいかと思いましてお声をお掛けさせていただきましたの」
「お嬢さん」
「ふふふ。泣かないって決めていたのに、……私はダメね。こんなんじゃパパにも叱られてしまうわ。情けないって」
手で目許を拭う仕草のジンにファロンもすぐにハンカチを差し出す。受け取ったジンも肩を、身体を身震いさせてしくしくと泣き出してしまう。
(この方に私の秘密を知って頂ければ、一緒に……うぅん。いいえ、いいえ。この方に迷惑をかけるだなんていけないわよ、ジンっ)
(この人に僕の秘密をどう思うだろうか。引くだろうか、受け入れてくれるだろうか。美しいジンくんと、会えなくなるだなんて。そんなことっ)
自身の生い立ちと秘密の総て。
(でもジン。いいの? 帰国をしてしまえば、この方とは。ファロン様とは二度と、生涯と会うことがなくなるかもしれないのよ?)
(帰国をしてしまえば、もうこうして顔を合わすことも、居合わすこともなくなってしまうのだね。っゆ、由々しき事態ではないのか?? ファロンっっっっ! 会えなくなるだけではないっ。帰国となれば地も異なるわけでっ、僕のことなんか忘れられて、っけけけけ、結婚なんかもっ、ァああァああァああっっっっ!)
秘密を告げられれば、どんなに幸せなのか。
勇気よ、来い。
「ファロン様。もしも、よろしければですが。店を、場所を変えてもっともっとお話しを願えませんか?」
「! ァ、ああ! 喜んでっ!」
2人の体格差もさながらと性別のあべこべと周りの好奇の視線を浴びたまま、呑み代を払い出て行った、残された耳ダンボのバーテンダーはジャケットを羽織ると「辞めるわ!」と2人の後を追った。興味本位と秘密の臭いに魅せられて。
鉄と薔薇 ちさここはる @ahiru
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★3 エッセイ・ノンフィクション 連載中 25話
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