魔法少女は知られちゃいけない
近藤銀竹
魔法少女は知られちゃいけない
『魔法少女スイートシュガー、お手柄!』
『魔法少女スイートシュガー、強盗を撃退!』
『魔法少女スイートシュガー、水没車を救助!』
スポーツ紙に踊る見出し。
世間を騒がせているのは、街に忽然と現れた魔法少女。私人逮捕と言われればそれまでだが、別に動画投稿で儲けているわけでもないところに好感がもたれている。その名もスイートシュガー。
つまり、私。
今日も今日とて魔法少女の白いミニドレスを身に纏い、無差別通り魔と対峙している。
相手はまだ誰も殺せていないので、『無差別殺人犯』にはなっていない。
「大人しく警察に捕まりなさい。今なら未遂で罪も軽いよ!」
「んがあ! ぐあ! みんな道連れだぁ!」
あ、話通じない系ね。
通り魔が
そろそろ野次馬が人垣を作り始めているから、何とかしないと。
体勢を低くして脇を締める。
「スイートローキック!」
「うぐッ!」
キックを通り魔の膝に打ち込む。ぐらつく通り魔。
「スイートローキック! スイートローキック! スイートローと見せかけてスイート正拳!」
「ぐわぁ!」
倒れ伏す通り魔。
人垣から拍手。
私は軽く手を上げて拍手に応えた。
「……む……」
通り魔が体を蠢かせる。なかなかしぶとい。
――と、急に通り魔のパーカーの背が破れ、四本の機械の腕が伸びた。
「む……むぐるう! まだ終わらない!」
「しぶといな。その根性があったら、別の道があったんじゃ……?」
そんなことを言っている間に、機械の腕から羽根が生え、回転し始めた。背中に大型ドローンを仕込んできたのか!
「空から刈り取ってやるう!」
「そんな発明できるなら別の道があっただろ!」
突っ込んでもしかた無い。
今、目の前に、空からの脅威が迫っているのだ。
私は印を切ると、呪文を唱える。
「スイート
体が宙に浮く。
風が巻き起こり、白いミニスカートがはためく。途端に野次馬から掲げられるスマホのカメラ。
いけない。スカートの中が!
「スイート
私を中心に球状に広がる電撃のフィールド。それは空中に舞い上がった通り魔のドローンを内部から破壊する。そして足元の、覗き魔を含めて野次馬の電子機器をことごとく破壊した。悪いけど、撮られるわけにはいかないんだ。
墜落する通り魔。そこに警察が群がり、逮捕となった。
よし……
私はそのまま飛び去ると、ひとけのない路地裏に着地した。
そこで変身を解く。変身前は、フリル付きのカットソーに長めのティアードスカートという、穏やかな出で立ちだ。
「あ……!」
聞いたことのない声。
振り向くと、男児がこちらを指さして立っていた。年の頃は十歳、といったところか。
「スイートシュガーの正体、見ーちゃった!」
ニヤニヤしながら囃し立てる男児。「言いふらす」「女の子に意地悪するの楽しい」「秘密を握った」あらゆる幼稚な悪意が、口角を吊り上げた顔に滲み出ていた。
どうする?
どうする?
そうこうしているうちに、男児は踵を返して立ち去ろうとする。
「!」
迷っている暇はない。
私は再び変身する。〇・〇五秒で再び魔法少女スイートシュガーに戻った。
そして無防備に背中を見せる男児に掌を向ける。
「スイート
白い光条が男児を捉える。次の瞬間、男児の体全体が白く光り、霧散した。男児が存在した痕跡はなにもない。
「ふー、ふー……」
危なかった。
魔法少女は、妖精に秘密を預けることで力を得ている。魔法少女に相応しくない秘密であればあるほど、強力な力を得ることができるのだ。
そして、秘密を守り通しながら、魔法少女として動物の欲望エネルギー集め、それを餌にする妖精に与え続ける。妖精が成長したとき、魔法少女の願いが叶うというシステムだ。
故に、秘密が漏れるきっかけは、徹底して排除していかねばならない。
本屋の雑誌コーナーに、変身した私の写真が大写しになっている。
『週刊顔良』。
ゴシップを売りにした週刊誌だ。
しかし、たかがゴシップ週刊誌とバカにはできない。週刊顔良のスクープ、通称『顔良砲』は、多くの有名人を社会的に殺してきた。
今週のトップ記事は『魔法少女スイートシュガーの全てを暴く』。ぱらっと読んだところ、匂わせと憶測だけの記事で、まだなにも暴かれてはいない。
だが、相手は週刊顔良だ。
早急に、消さねばならない。
スマホに速報が入る。
『四ツ谷駅付近に大怪獣出現』
魔法少女が相手する敵じゃないよね。
でも、この怪獣の欲望は桁外れだろう。現れた場所も都合がいい。
その首、警察でも自衛隊でもなく、魔法少女スイートシュガーがもらい受けるッ!
四ツ谷に急行する。
既に規制線が張られていた。
ビルよりは小さいが、大型トラックを立てたくらいの身長はある怪獣が、電柱や自動車を薙ぎ倒しながら暴れていた。逞しいタコの足の上に、ゴリラの上半身が乗ったような体だ。軽く気持ち悪い。
「こっちだ」
私が魔法の矢をぶつけて挑発すると、怪獣は簡単についてきた。
顔芸良書社の前まで誘導する。社屋周辺は戦場になる想定はなかったようで、通行人だけ逃げ去り、他の人々は仕事を続けている。
(よし)
私は、怪獣と、その後ろにある顔芸良書社の社屋に掌を向けた。
魔力を集中させる。
「スイート
虚空から隕石が現れ、怪獣と顔芸良書社の社屋を完膚なきまでに叩きのめした。
自室。
今は正体発覚だけに神経を尖らせ、ひたすら欲望エネルギーを集め、妖精に願いを叶えてもらうために、悪漢や、妙な怪物と戦っている。
発覚を防ぐには、情報収集だ。
ネット掲示板を見ると、どの程度の情報が流れているかがわかる。
さっそく、エゴサだ。
『128 スイートシュガー可愛い』
『129 スイートシュガータソ下半身のガード固くね?』
『130 誰なんだろ?』
『131 背は高い。最低でも一六〇センチ以上ある』
『132 ミニスカ履いてるんだからおぱんちゅ見せろ』
『133 >132 キモ』
『134特定班まだー?』
…………
お前らのためにミニスカはいてるんじゃないんだよ。
だが、特定が進むと厄介だ。
私は魔法少女に変身すると、USBコネクタに指を突っ込む。
「スイート
魔法がUSBを通って、ネットワークに侵入する。そして、即座に発言者の命を奪い始める。
『913 急に心臓がいt』
『914 徹夜してスイートsy』
『915 俺も急に体調がわr』
ふう。
片付け終わった。
これで秘密は当分、安泰だろう。
秘密ってやつはたいてい後からバレるものだ。
でも、願いを叶えたあとなら、別にバレても問題ない。
妖精からのテレパシーによると、もう少しで叶うらしい。
女の子として生きるのが、楽しみだ。
……さてと。
パソコンの前を離れ、トイレへ向かう。
魔法少女の力の源としてこの上ないタブーである、私の秘密は――
『実は男の子』。
【了】
魔法少女は知られちゃいけない 近藤銀竹 @-459fahrenheit
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