今日だけは前衛でいさせて

羽間慧

今日だけは前衛でいさせて

 二つの心臓を持つ魔族と比べ、人間は弱く短命である。しかし、光を携えて進む我らの歩みは、魔族に劣るものではない。未知を恐れることなかれ。


「探したぜ、アルパ」

「狭いんだから乗ってこないでよ。木が折れちゃう」


 聖典をめくる手を、レイが握った。騎士団長に任命されても、力加減は覚えられないらしい。たしなめる前に、レイは口元に指を当てた。


「だんちょ~! どちらにゆかれましたか~?」

「無名の大剣使いだったころの冒険譚を、今日こそ話してくださいよ~!」


 木の下で走り回る団員に、レイは舌打ちをした。


「大聖女アルパ様を忘れんな」

「大聖女なんて言うのはレイだけだよ。私はいいの。姫様の話し相手として、城に置かせていただいているもの」


 アルパができたのは、速度・攻撃・防御強化、必中効果、毒や麻痺の無効化の術をかけることくらいだ。謙遜ではない。アルパが前衛になれば広範囲攻撃魔法を連打するしかなくなり、魔力切れを引き起こす。物怖じせずに先陣を切れるレイがいたからこそ、数々の迷宮を突破できた。


 表舞台に立つのは、レイでなくてはいけない。


「来る」


 アルパは杖を構えた。

 空の裂け目から青白い髑髏が降ってくる。死霊を従えるのは、角の生えた人ならざる者。人の息吹を消し飛ばんとする閃光が、街に放たれようとしていた。


 最初の犠牲者が民衆なんて許せない。咆哮を上げた騎士団長の行く末に、アルパは唇を噛んだ。


「なんでそんなに冷静でいられるんだよ? あんなの勝てっこないじゃないか」

「私だって怖いよ、レイ」


 レイにずっと隠してきた。わざと遅らせた旅立ち、人知れず温めていた想いを。

 ソウシ村を出た日から、アルパは魔族と対抗できる術を編み出していた。


「光属性は魔族との戦いで有利だけど、その分の反動は大きい」

「死なないよな?」


 決心が揺らぐような顔しないでよ。


「レイと最初に迷宮探索したときにさ、最深部で指輪を手に入れたよね。ドラゴンアイダイヤモンドのお揃いの指輪。恋人同士じゃないのに、結婚指輪みたいって笑ったっけ。私の指輪、レイに持っていてほしい」

「俺は別に、からかいのつもりじゃ……」


 幸運を祈ってコイントスするように、指輪をレイの手に投げた。反射的に受け止めた後、アルパと再び目を合わせることはなかった。


 よかった。ちゃんと発動したね。私を認識しない魔法。これで心置きなく闇を祓える。


 私が零を一にする。

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今日だけは前衛でいさせて 羽間慧 @hazamakei

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