わたしのメルヘン

於田縫紀

わたしのメルヘン

 電車とかバスといった公共交通機関は苦手だ。どうしても周囲の人間に目が行ってしまうから。

 それでも毎日の通勤で乗らざるを得ない。


 今日も最寄り駅朝6時8分発の各駅停車に乗る。

 本当は1時間遅い急行でも間に合う。それでもこの電車に乗るのは座れるからだ。


 座われれば楽だし余計な事を考えずに済む。立っているとどうしても周囲の人が気になるからだ。首筋、左先の下後方、人によっては正面左胸。


 しかし座っても目を開けているとやはり見てしまうのだ。下からでも狙える場所は多い。

 むしろ1人だけなら目の前に無防備な胸や腹がある方が……


 そう思いかけて寒い季節で良かったと思う。服が鎧とはいかないまでも分厚く頑丈そうだから。それでも道具さえ選べば……いや、それ以上考えてはいけない。


 私は目を瞑る。これで人は見えなくなった。しかし余計な事を考えずに済むかというとそうではない。


 今は服の布地が分厚いから包丁より畳針や千枚通しの方がいいだろうかとか。メインはその辺として予備になにがあるといいかとか。

 

 電車が止まった。扉が開く音。下りる人より乗り込む人が多そうだ。実際この駅から先はそこそこの混雑となる。


 つい誘惑にかられて目を開けてしまった。うん、程よく人が立っている。座れないけれどある程度の車内移動は出来る程度の混み具合。


 この辺になると車内はいまの配置だと……目の前のおっさんは確実、その右隣の30代も勢いでいけるだろう。


 次は私の右隣に座っているおばさんだろうか。横というのはいきなり狙いにくい。しかも肉が厚くて心臓に届きにくそう。首も攻撃しにくいし目から脳を狙うのが正解だろうか。


 でもそれならいっそ立ち上がって、奥の会社員風を狙うのが正解だろう。左脇付近から千枚通しをぶっさせば心臓まで届く。


 ああ、また具体的に考えてしまった。

 しかしもう駄目だ。どうすれば出来るだけ多くの人を殺せるか、考えが止まらなくなってしまった。


 人を殺したい。それも自分の手で、手応えある殺し方で殺したい。出来るだけ多くの人を殺したい。血みどろに殺したい。

 そう思ってしまうのだ。昔から。


 ただ生命を殺したいのではない。虫とか動物とかでは意味がない。人を殺したいのだ。意思能力がちゃんとある人間を。

 自分と対等な意思が思考が自分の手で壊されて消える。手に残る手応えだけでなくそういった思考をも感じたいのだ。


 私にとっては昔からある自然な欲望。ただそれが普通じゃない事は幼稚園時代には既にわかっていた。

 だから誰にも言った事はない。ごく普通の目立たない人間として生きている。そんな欲望がある事は秘密にして。


 家にはそれなりの道具は揃えている。一人暮らしを始めてから抑えがきかなくなった。刺身包丁、出刃包丁、サバイバルナイフ、長い千枚通し、畳針……


 これらは使う為に買ったのではない。使わない為に買ったのだ。

 やろうと思えば何時でも殺れる。そう思う事で実際に行動に出るのをある程度は防げる気がするから。


 こういう道具が手元にない場合。もしちょうどいい道具が手に入ってしまったらこう思ってしまうかもしれないから。


『こんな機会は今までなかった。今やらないとやる機会はないだろう。なら今こそ!』


 ただ最近は思うのだ。私と同じような欲望を持っている人は、本当はずっと多いんじゃないだろうかと。

 人を殺したいという欲望、皆が持っているのではないかと。

 こんなに当たり前で根源的な欲望なのだから。


 この電車の中にだって、私がいま視界に捉えている人の中にだって何人もいるかもしれない。

 ただ他人には秘密にしているだけで。


 ならばここで今、私が行動を起こせば。

 同じように思っている他の人も動いてくれるかも知れない。これを機会と思って。


 そして始まる血みどろの自分解放。勿論私も殺されるかもしれない。それでもかまわない。

 取り押さえられる、もしくは殺されるまでに何人殺せるか。


 私は夢想する。いつかそんな日が来る事を。


 それなら今の私がするべき最適な動きは。

 今抱えているハンドバッグの中から書類編綴用という名目で持っている特大千枚通しを取り出して……


(END)

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