僕と先輩はベストカップル

新巻へもん

末永くお幸せに

 神羅先輩。

 先輩のことを考えると胸が切なくなってしまう。

 すらりとした肢体、漆黒の艶やかな髪、そして何よりもあの氷のような冷ややかな目とうっすらと唇に浮かぶ薄い笑み。

 僕には分かる。

 人を人だとは思っていないに違いない。


 僕の通う高校には勇者にして愚者が何人かいた。

 衆人環視の中で、校舎の裏で、神羅先輩にお付き合いを申し込んで玉砕した男たちは数知れず。

 申し込みに対して神羅先輩は冷ややかな視線を返すだけで口をきいてさえあげなかった。


 僕には声をかけるなんて勇気はない。

 そもそも、僕にはそんな資格はないのだ。

 非の打ちどころの無い神羅先輩の半径1メートル以内に存在するなんて僕のようなゴミカスには畏れ多すぎる。

 遠くから先輩の姿を見守るだけで幸せだった。


 先輩が登校するところから帰宅するまでをこっそりつけ回して観察する。

 そして、その日に目撃したことを反芻しながら目を閉じるのだ。

 普通の男ならその光景を思い出しながらティッシュに欲望を吐き出したりするのかもしれない。

 でも、僕にはそんなことはできなかった。


 高校に入学して神羅先輩の存在を知ってからというもの、僕はせっせと心の中にアルバムを増やしていく。

 その中の神羅先輩は心なしか苛立ちを募らせているように思えた。

 一体何が原因なのだろう?

 ああ。あなたを苦しめるものを解消するためならなんだってする。


 そんな思いが通じたのか、僕は神羅先輩から声をかけられるという栄誉に浴した。

 放課後に職員室まで提出物をまとめて持っていくように言われた僕は、それを命じた先生が不在だったためにしばらく待たされる。

 早く神羅先輩を観察したい。

 爪を嚙みながら待ちようやく戻ってきた先生に提出物を引き渡すと教室へと駆け戻ろうとした。


 人気のなくなった階段へと差し掛かる。

 誰かが下りてくる足音がした。

 踊り場を回って上階から降りてきた神羅先輩は階段室の窓から入ってくる光を浴びて後光が差しているように見える。

 階段を上る僕は脇に寄った。


 それ違いざまに囁き声がする。

「午後10時に……」

 続いて待ち合わせ場所が告げられた。

 え? 僕に?


 思わず振り返ると立ち止まった先輩が相変わらずの冷たい視線で僕を見ているのと目が合う。

 ごくわずかに顎を引いて会釈すると、ほんの微かな笑みを口元に閃かせて先輩は立ち去った。


 僕はその場に硬直したように立ちつくしてしまう。

 自分の耳朶を打った言葉が信じられない。

 でも、確かにこれは幻聴ではなく神羅先輩が僕に声をかけたのだ。

 湧き上がる喜びを押さえつけながら必死に考えをめぐらせる。


 神羅先輩は一体僕に何の用事があるというのだろうか?

 呼び出しを受けた場所は川の側にある大きな公園で夜になると極端に人が少なくなる。

 他に場所のない若いカップルがいちゃいちゃする場所だという噂を聞いたことがあるが真偽のほどは不明だった。


 まさか先輩がこんな僕に?

 いやいやいや。それは無い。

 でも、ひょっとすると。先輩はとても変わった趣味の持ち主なのかもしれないじゃないか。

 いずれにせよ、先輩のご命令とあらば、僕に従わないという選択肢はない。


 今から神羅先輩を追跡してももう間に合わないだろう。

 大人しく家に帰って夜に備えることにした。

 様々なシチュエーションを想像して楽しむ。

 色々考えた結果、ありはしなさそうだが、万が一先輩から告白されたときの返しを考えることにした。

 備えあれば憂いなし。

 

 先輩から想いを寄せられるなんて一生分の運を使い果たすような僥倖ではあるけれど、僕は素直に受けるわけにはいかない。

 もしお付き合いをするというなら僕のことを打ち明けなくてはだまし討ちになってしまう。

 話した結果、それでドン引きされるのなら、それはそれで仕方ない。

 いずれバレるのだから、早いか遅いかの違いでしかないのだ。


 精一杯のオシャレ着を身につけた僕は待ち合わせ時間の10分前には現地に着いた。

 あまり早く着きすぎても特に面白みがない場所だし、薮が多いせいか蚊もいっぱいいる。

 まあ、僕は刺されることはないのだけど。


 待ち合わせ時間まで誰も人が通らない。

 本当に寂しい場所だった。

 人目を避けるということは先輩はもしかすると本当に僕と濃厚な接触を試みようとしているのかもしれないな。

 でも僕はアレだから、がっかりさせてしまうかも。


 時間になっても先輩は姿を見せない。

 秒針がさらに2周したときに足元に何かが落ちて音を立てた。

 周囲を見回すと木立の中にぼんやりと光るものを見かける。

 スマートフォンの明かりが漏れているらしい。

 

 てらてらした素材の黒いフード付きのパーカーをきて眼鏡をかけてマスクをした人が居た。

 そんな格好をしているけれども僕にはすぐわかる。

 神羅先輩だ。


 僕は生垣の隙間を抜けるようにして先輩の方へと進む。

 声をかけようとしたらマスクにひと指し指を当てているのが見えた。

 ほっそりとした優美な指に魅せられるようにして近くに行く。

 薄ぼんやりとした明かりが消えた。


「神羅先輩?」

 小さな声を出して大きな木の向う側へと幹を巡る。

「よく来てくれたね」

 今まで聞いたことのないような先輩の艶を帯びた声に驚いた。


「とても嬉しいよ」

 眼鏡の奥の普段は冷たい目が少し潤んでいるように見える。

「君に大切な話があるんだ」

 神羅先輩は少し興奮気味に囁いた。


「僕も先輩に話すことがあるんです。実は……」

 そこまで話したところで腹に衝撃を感じる。

 見下ろすと僕の腹に包丁が刺さっていた。

 その包丁を握っている先輩は荒い息を吐く。


「私、殺人が好きなの。こういう行為でしかエクスタシーを得られなくて」

 マスクで隠されていない目元をぽっと赤色に染めて先輩は熱い吐息を漏らした。

「はあっ」

 艶めいた声が静寂に広がる。


 僕の胸の内に喜びが膨らんだ。

「先輩。聞いてください。僕もう死んでるんです。でもなぜか動けるんですよ」

 そう。僕はゾンビみたいな状態だった。

 人に噛みついたり感染させたりはしないんだけど、心臓は動いていない。

「お腹を刺されても平気です。なぜか翌日には塞がっちゃうんですよ。だから好きなだけ刺してください。ね、僕たちとってもお似合いだと思いませんか、先輩」

 

 しばらく先輩は動かなかった。

 うーん、やっぱりゾンビみたいでキモいと思ったりしているのだろうか。

 先輩はゆっくりと息を吐く。

「殺人鬼とゾンビというわけね。とっても素敵だわ」


 先輩はマスクを下にずらした。

 赤い唇を割って小さな舌が出てくるとちろりと左右に動かす。

「ああ……ん、最高」

 僕の冷たい血に濡れた手でさらに包丁を押し込むと先輩は僕の唇に濃密な口づけをした。

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