彼女の秘密
清水にはパトカーを使う権利がないのか、タクシーを拾った。俺もそれに便乗した。清水が白秀会の場所を告げると運転手は車を出発させた。
「妻の浮気を疑ってたけど、まさか宗教にはまってたとは……」
「苦しい時の神頼みとはいいますが、人の心って、結局スピリチュアルなところに行きつくんでしょうね」
かくして車は白秀会に到着した。ビルの大きさから察するに、教団の規模はさほど大きくもないらしい。入口は開いていた。昼前、いつも嫁が家を留守にする時間帯だ。集会でもやっているのだろうか。
中に入ると、白いガウンを着た優男が会釈して出迎えた。
「こんにちは、白秀会へようこそ」
「あの、中原友紀は来ていますか? 呼んで欲しいんだけど」
「あなたはどのようなご関係ですか?」
「彼女の夫ですよ」
「では、しばらくお待ちください」
と優男がいうやいなや、後頭部に強い電気を感じた。そして俺はその場に倒れ込み、気を失った。
🛐
気がつくと、俺は紫色のカーテンに囲まれた、奇妙な部屋の中にいた。そして手足が縛られた状態で椅子に座らされていた。
「気がつかれましたか」
ふと見ると先ほどの受付の男が目の前に立っていた。そして俺を中心として、同じ白いガウンを着た男女の信者たちが円形に並んでいた。なんとその中には清水や肝川もいた。
「清水さん、肝川さん、あんたたちグルだったのか、俺をここに誘い込むために……」
彼らは氷のように無表情で無言を貫いた。その代わりに受付男がいった。
「お待たせしました、ただいまアミターバ様が参ります」
アミターバ? 教祖か何か? そう思って目の前に現れた人物を見て腰を抜かしそうになった。それはまさしく俺の嫁、中原友紀だった。彼女はまるで邪馬台国の卑弥呼みたいな装束に身を包んでいた。
「友紀、おまえこんなところで何を……」
というと、背後からピシャリと鞭で打たれた。
「ひかえよ、ひかえよ、この方は阿弥陀如来の御化身、アミターバ様にあられるぞ!」
化粧の濃いオバチャン信者が声高に叫ぶ。あほか、この女は俺の嫁以外の何ものでもないわ。そう思っているとオバチャン信者は続ける。
「アミターバ様はこの世に降臨され、人となって人に仕える道をお選びになったのだ。そうして真心を尽くしておまえに仕えていたというのに……おまえはアミターバ様をひどく罵り、苦しめた。その罪、万死に値する」
嫁は無言・無表情でこちらを見つめる。まるで人形のようだ。
「友紀、やめさせてくれ。俺も言い方がキツイところはあったけど、気がついたことをただ教えて上げただけなんだよ。そうだ、真心なんだ、俺に罪はないよな!」
するとオバチャン信者はスッと一枚の写真を取り出した。ギョッとした。そこには俺となつみちゃんがイチャイチャしている姿が写っていた。
「これでも罪がないと申すか。おまえはアミターバ様の慈愛を踏みにじり、他の女とネンゴロになったのだ!」
気まずい思いで嫁の顔色を窺ったが相変わらず無表情。怖え。
「アミターバ様、ご裁定を」
オバチャン信者がいうと、嫁はゆっくりと俺のところに近づいた。右手を高く上げると、わけのわからない呪文を唱え、それが終わると、その手を下ろして俺の左頬に触れた。
そして無表情だった彼女の表情がばあっと明るくなった。それは見たこともない、まるでこの世のものとは思えないほど清らかな笑顔だった。そこには母性的包容と天上の慈愛が表れていた。
「ああ、ああ……」
俺はただうめいた。そしてやっと気づいた。俺はこの方の
「アミターバ様……」
そう口にした時、彼女はやさしくこう宣った。
「彼はもう俗世の者でありません。
そうして彼女は一歩、二歩と彼女は
「……え?」
ゴロゴロと、キャスター付きの寝台が運び込まれ、俺はその上に載せられ、手足を固定された。口には猿ぐつわをかまされた。
「うぐ、うぐ、うぐ!」
清水と肝川が一礼し、俺の寝台を運びだした。他の信者たちはわけのわからない呪文を唱えた。アミターバはあの慈愛の笑顔で俺を見つめ続けた。やがて俺を載せた寝台は、その部屋から出て薄暗い廊下を通っていった。信者たちの呪文の声は徐々に弱まっていったが、アミターバの慈愛の視線は、いつまでも変わらずに感じられた。
おわり
彼女の秘密 緋糸 椎 @wrbs
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