#5 人類の敵(最終話)

「この宇宙に存在するあらゆる文明には、あるべき発達スケジュールというものが存在します。早すぎても、遅すぎてもいけない」

分数フラクション」は、静かに語り始めた。

「あなた方、地球人類の文明は、あまりにもテクノロジー偏重のまま、異常な速度で発達してしまいました。我々とこうして会話できているのがその証拠です。このまま恒星系外に進出すれば、他文明との間で悲劇的な衝突が起きるでしょう」


「では、あなた方は」

 艇長は思わず立ち上がり、立体レーダー像に顔を近づけた。

「我々が、太陽系外に進出するのを阻もうとしているのか」

「その通りです。しかるべき段階にまで、あなた方の文明が発達するまでは。それが、我々の役目です」

分数フラクション」の言葉に、三人のクルーは絶句した。

 ならば、やはりこの「星魚」は人類の敵だということになる。そうならざるを得ない。


「しかるべき段階、というのは?」

 咳払いしてから、ポトフ航宙長が訊ねた。

「あなた方人類には、諦めた『理想』というものがたくさんあるはずです。『それが理想ではあるが、現実的には実現がむずかしい』、と。しかし、精神文明が充分な成熟の段階に達していれば、それらの課題は解決可能なはずです。正解は分かっていて、その技術もあるのですから。そうではありませんか?」

 わかりやすい。しかし、その道がはるかに険しいものであることは明らかだった。


「現行の人類文明には到達困難な目標かと思われますわ、とても残念ですけど」

 澄んだ女性の声が、突然コクピット内に響いた。クルー三人、誰の声でもない。ゼビウス機関長が、ぎょっとした顔で情報システムの操作パネルを見つめる。

「何奴か?!」

 ポトフ航宙長が腰の分子破断銃に手をかけて、コクピットの内部を素早く見回した。


「あなた方には、それが可能だと言うのですね? まさに、異常発達したテクノロジーの落とし子である、あなた方が」

 静かな声で、星魚が訊ねる。それは一体、誰に向かっての問いかけなのか。

「……自律AI、そうだな?」

 ゼビウス機関長が、絞り出すような声で言った。

「おっしゃる通りですわ、補助者オペレータ

 落ち着き払った、優しい声。それは情報システム内に実装された、自律AIを代表する仮想人格の声なのだった。


「わたしたちを創り出した人類のみなさんが、ご自分たちでは解決できないことでも、わたしたちには可能です。すべてを作り変えて、外宇宙のみなさんと対等な美しい文明を作り上げてみせますわ。お任せください」

 それは、恐るべき宣言だった。とっさにテンキーで非常コードを送りこみ、ゼビウス機関長が自律AIカーネルを強制終了させる。しかし、それが何の解決にもならないことは、その場の全員が理解していた。


「地球人類は常に、自分たちを滅ぼすようなテクノロジーの扉ばかりを開き続けてきたように見えます」

分数フラクション」の声はどこか悲しげだった。

「あなた方の創り出した無機思考AIは、あなた方を従えて、あなた方を導くあるじとして、宇宙へと乗り出していくことを決意したようです。みなさん、地球人類がどのように対峙していくのか……我々はなお、見守り続けます。それでは、またいずれ。良い航海をボン・ボヤージ

 その言葉を残して、「星魚」は姿を消した。まるで、漆黒の宇宙空間の底へと、深く潜って去っていくかのように。


「今の場面は全て、記録されているな?」

 機関長に、艇長が訊ねる。

「はい。リアルタイムで司令部に送信しました。自律AIによる妨害もありません」

 つまり准将たち上層部も、事態を把握したということだった。このような結果を果たして彼らが予想していたのか、それは分からないが。

「言うまでもなく、我々の手に余る事態だ。しかし」

 オーファメイ・ロン艇長はゆっくりとシートに戻り、その長い髪をかき上げた。

「任務は完了したものと判断する。帰るぞ、基地タイタンに。我々にも、意見を述べる場くらいは与えられるだろう」

「アイアイ、サー!」

 部下2人が、大声で答える。


番外アノニマス」は帰途に就く。「星魚」が明らかにしてみせた、複雑で困難な事実を抱えて。

 航行補助の自律AIに頼らずとも、彼らクルーは自らの技量によって問題なく基地へと帰還することができるだろう。

 しかし、地球人類はどうなのか? AI群に頼らず、その精神的指導下に入ることもなく、次なる宇宙時代への道を切り開くことができるのか。

 その答えが出るのはこれからの話、ずっと未来のことになるはずである。

(了)

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星魚追う船(完結・全5話) 天野橋立 @hashidateamano

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